メノアリメナシキかくしてシマイ
メアリは基本的に俺の言う事なんて聞きやしないが、魚心あれば水心。俺が意地を張るのをやめ、素直に要求に応じた事でメアリも素直になった。直視した際の嫌悪感はどうにもならなかったが、それ以外の―――人間を超越した能力の数々は、本当に使わなくなった。俺は彼女の案内を受け、再びあの部屋へと舞い戻る。
そして約束通り、彼女を視る。
何の意味があるかは分からない。周防メアリが不可視の存在なら俺と世界にここまでの影響を与えなていない以上、彼女が肉眼で認識可能である事実に変化はない。それでは一体何のために彼女は俺に視てもらいたいのか。
「と言っても、視てるだけじゃ暇でしょ? お話ししようよ、創太君」
「……話すのは吝かじゃない。けど嘘は吐くなよ」
「人は嘘を吐いて生きる。嘘を吐かないで生きるなんて無理だよ、でも貴方にだけは特別。答えられる範囲で答えてあげる」
「全部は教えないんだな」
「まだ完全に達成出来てないから。終わったら教えるよ」
と言っても、何を聞こうか。彼女にとって答えたくない部分は一切把握出来てないので、完全に手探りで会話をしなければならない。聞きたい事と言えば山程あるのだが、この場合特に聞きたい質問から範囲を絞って、集中的に尋ねた方が効率も良さそうだ。
「お前は何のために成り上がるつもりだ。市長にまでなって、何が狙いなんだ?」
「女の子と二人きりになって最初に聞く事がそれなんだ。でも残念。それは答えられないよ。全部終わったら教えてあげる。一つだけ教えておくと、まだ終わりじゃないよ」
目的関係は全般的に答えてくれない感じがする。では過去はどうだろうか。
「『黙らせた』らしい両親の事は、好きか?」
「大嫌い。そんな言葉でも生温いくらい。だって私がこんな風になったのはあの人……主にお母さんのせいだから」
「父親はどうなんだ?」
「所詮は面食いだよあんなの。良い父親なんて口が裂けても言えやしない。私のお父さんはね、お母さんの美しさに惚れて押しかけて来たんだよ。お母さんも何を思ってあんな男を選んだんだろうね。創太君の方が全然良い男に見えるくらい、駄目な人だったよ」
「それ、遠回しに俺への悪口だよな」
「そう聞こえた? でも私は結構創太君の事は好きだよ。視て欲しいのはまた別の理由だけどさ」
「嬉しくねえよ。…………俺が聞くのも変だけど。俺以外に好きな奴は居るのか?」
「居ないよ。そもそも人付き合いは嫌いなの。創太君以外と話したくないとまでは言わないけど、面倒くさい。誰も私なんて見てないしね」
「……いやいや。全世界がお前を歓迎してる。見てないってのは過小評価が過ぎるし、お前らしくも無いネガティブさだぞ」
「そのらしいって何なんだろうね、創太君。私に本当の友達なんて一人も居ないし、居た事もない。皆が好きなのは私じゃなくて完璧な人。間違わない人。楽でいいよね、責任負わなくて。その癖一度でも間違えたら怒るんだよ。勝手に失望するんだよ。自分勝手も甚だしいよね。自分で選択する勇気も無い癖に口だけは達者なんだ。バカみたい。貴方もそう思うでしょ?」
心なしか、日記に書かれていた口調に近くなっている気がする。人の口調の変化など早々気付くはずも無いが、普段のメアリから一転してかなり口が悪い。今までもそういう瞬間は会ったが、これは露骨だ。ここまで長く、そして維持された時は無かった。
「…………お前に同調したくはないんだがな。でも否定は出来ない。しかし分からないな。お前は生まれた時から完璧だったんだろ? 掌返しを喰らったみたいに言ってるけど、それは違うんじゃないか? 大体この世に完璧な人間が居るとすれば―――俺は断固として認めないが、お前くらいだし」
「そうだね。完璧なのは私くらい。でも同一であるべきじゃない。じゃあ聞くけど、完璧じゃなくなった私は私じゃないの? 完璧なんてあまり良いものじゃないんだよ創太君。この世界の人は責任を誰かに押し付けたくてたまらないの。私はそれを一身に背負ってるだけ。それを友達って言うかな? 脳みそ殺して私に集るハエは大嫌い」
もしこの音声を録音データとして持ち帰ったとして、更にはそれをネットで流したとしても、信者の眼は絶対に覚めない。非人道的行為は何度もしているし、明らかに非常識な行動など数えきれない程やった。
口が悪かろうが良かろうが、周防メアリは絶対に間違えない正義である。脳死したハエなんぞよりよっぽど性質が悪いと俺は思う。
「その嫌いな信者を、どうして殺さないんだ?」
「殺人は犯罪だって知ってる? やっちゃいけないんだよ」
「今まで当たり前の様に殺してきた奴が言うんじゃねえ」
「勝手に死んだだけなのを私のせいにされても困るよ。これでも善良な市民のつもりではあるんだからね」
善良な市民ッ?
こいつがッ?
笑えない冗談だ。どんなつまらない芸人もこれよりは面白いギャグを言えるだろう。素面がまともとは思わなかったが、本当にそう思っているなら一度国語の辞書を引いて勉強し直した方が良い。善良とはお前の為にあるべき言葉ではないと、俺は声高にそう言ってやりたい。
俺とメアリが互いから視線を離さずしてまだ一時間しか経過していない。
「私からも何個か聞いて良い?」
「ああ」
「…………今の創太君が私を嫌いなのは知ってる。どうすれば貴方は私を好きになる?」
「―――好きになって欲しいのか?」
「ううん。そういう意味じゃないよ。そういう…………駄目だよ、好きになっちゃ。絶対駄目。私との約束」
「は?」
「貴方は嫌いなままでいいの。嫌いなまま、ずっと―――ううん、何でもない。忘れて」
忘れるも何も、こいつは何を言っているのだろう。俺がコイツを好きになる事はない。言われなくても嫌いなままだ。この先も永久に、何があっても変わる事はない。
怪訝そうに彼女の表情を窺うと、どういう訳か彼女の瞳は微妙に潤んでいた。ずっと向き合っているからよく分かる。何故潤ませるかは不明だが。
「ところで、彼女さんとはうまく行ってるの?」
「彼女? …………ああ、空花か」
そう言えば勝手に勘違いしていたままなのを思い出した。彼女を守る為にも都合が良いから放置したに過ぎないが、この絵面だとまるで自分に彼女が居たことを忘れているみたいで中々酷い。記憶障害の疑いを持たれかねない。
「まあそこそこだよ。喧嘩とかはしてない」
「エッチな事はした?」
「は?」
「エッチな事はした?」
「質問を聞き返したんじゃねえ! 何聞いてくれてんだお前ッ?」
「だって気になるから。創太君の初めての彼女だし」
今までの流れからして、俺とメアリは平時よりも相当コミュニケーションをとっているのはお分かりいただけるだろう。音声だけなら仲良く喋っているとしか思えないだろうが、その表情はピクリとも動かない。瞳が潤んだ瞬間については表情とは言えないのでノーカウント。
それにしたってそんな真顔で下世話な質問をされる事には慣れていない。思わず聞き返してしまったが、もう一度同じ質問をする辺り相当気になっていると見て良いだろうか。このスケベが。
「してねえよ。そういう関係…………だけどさ! やっぱり雰囲気って大事だしッ」
「そんな事言ってたら逃げられるかもよ。性交渉の少なさは離婚の原因にもなるからね」
「結婚してねえんだけど! え、それとも……え? 結婚する前提なの?」
「だって交際って結婚の前段階でしょ? 結婚するんじゃないの? 別れる前提で付き合ってるなんて酷い話だと思うけどな」
「……一理あるけどな。でも交際して判明する一面もあるし、要するにもっと詳しく知りたいってだけだから、前提は無いにしても別れる事くらいあるだろ」
恋愛した事がないのに恋愛を語る男創太。しかも童貞なので救いようがない。
ニワカの発言が一番信用ならないのだ。なまじ自分が知っている気になっているから正確性の保障はしないし。メアリの発言も全く理解出来ない訳ではない。ただ、発想が年不相応に純粋過ぎる、もしくは幼い。
青春を謳う高校生にあるまじき純粋さだ。
「分からないな。交際って運命の相手とするものじゃないの?」
「一周回って逆に珍しい価値観じゃないか。お前ってそんなロマンチストだったか?」
「夢を見るのは悪い事じゃないよ。文句だけは一人前の現実主義者よりはよっぽどマシだよ。夢っていうのは要するに未来で、現実は未来を見据えなきゃ発展しない。未来を考えようともしないどころか嘲笑う現実主義に何の意味があるの? 死んだ方が畑の肥やしになって農家になりたいって人の夢に役立つんじゃない?」
「えらく肩持つな」
「勿論。夢見がちってのは駄目だよ。頭に花が咲いてる感じのあれ。剣山に突き刺してもちっとも見栄えしないしね。夢は実行しなくちゃ妄想だよ。だから私は世界平和を実行するべく市長になった。これからは……あ、秘密か」
語るに落ちたかと思ったが、惜しい。おかしな所でしっかりしてやがる。
「……なあメアリ。お前、本当の友達なんて一人も居ないって言ったよな」
「うん」
「だけどついさっき、俺に『友達なら助けてよ』って言ってたよな。お前の言葉なんぞ信じちゃいないから、友達ってのが口先だけの言葉なのはまあいいんだが―――」
「友達じゃないなら俺の事はどう思ってるんだ? 少なくとも俺は、脳死してお前に集る虫じゃないぞ」
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