特別なソンザイ



「良く来てくれたね、創太!」


 相変わらずメアリはニコニコしているが、あんな日記を読まされていつもと同じ印象を抱けと言う方が無茶だ。好きになったとまでは言わないが、今までの様に只嫌いとも言えない。全くの偶然には違いないが、かつてのメアリは俺と似た状況に陥っていた。


 味方が居ない状況は辛いだろう。


 莢さんは味方だろうが、日記の中に彼女の存在が一言も言及されていない以上、本人は味方とみなしていなかったのだろう。誰かを受け入れる心の余裕が無かったのかもしれない。敵と味方を区別出来るのは余裕がある証拠だ。自分以外は全て敵だと思った方が楽なのは俺も経験したからよく分かる。識別は面倒なのだ。


「……なあメアリ。もう茶番はやめにしようぜ」


「茶番?」


「お前、俺の『視る力』を使って何がしたいんだ?」



 …………メアリの表情が、凍り付いた。



「それを知って、何がしたいの」


「知りたいのは当然だろう。俺の力を使いたいって言ってんだからさ、使用用途くらい教えてくれたっていいだろ。それとも何か? 教えられない訳があるのか」


「……教えても良いよ。でもそれを知ったら、創太君の事は絶対に逃がさないよ。私にのめり込む覚悟は出来てる?」


「ずいぶん親切だな。意思表示を確認するなんて。でもその条件は不公平だ。何も教えなくたってお前はこの日に俺を縛り続ける。諦めるまでする気じゃないか。絶対逃がさない? 今まで逃がしていたみたいな言い草だな? お前はそんな寛容じゃない。反吐が出る程否定したい事実だが、幼馴染だからな俺達は。それくらい分かる」


 幼馴染と言っても、あちらから強引に絡んできただけだ。俺から絡もうと思った事は一度もない。こいつの顔を見る度に凄まじい嫌悪感に襲われる俺が、どうしてコイツとすすんで付き合いを深めたいと思うだろうか。


「ふーん。じゃあ創太君は何が知りたいの」


「そうだな。お前の力の源について……それと、その力の奪い方について教えてくれよ。全知全能なら分かるだろ? 自分の倒し方くらいさ」


 知らなければ全知全能とは言えない。そして、完璧とは言えない。こいつは元々完璧じゃなかったが、それさえ教えてくれるなら俺も崇める気になるかもしれない。メアリは張り付いた笑顔を維持したまま、瞬き一つも挟まずじっと考え込んでいる。その間、彼女の瞳は全くと言っていい程動きを見せず、暫時は人形とさえ勘違いした。


「力の源……って言うけど、何の事? 少なくとも私は特別な人間じゃない! 今の私が居るのは、皆のお蔭なんだから!」



「常邪美命の力だろ、それ」



「………………ふーん」


 周防メアリは平気で嘘を吐く。故に彼女と素で話し合うには常に真実を保持しなければならない。少しでもこちらの立場が曖昧になれば、途端にシラを切るのがメアリだ。こいつはきっと最初から気付いていた。完璧と崇め奉られる自分が、その実欠点だらけだったという事に。


 言い換えれば、それを俺以外の誰も認識してくれない事実に。


 だから嘘に抵抗が無い。どんな言葉も真実になるから。状況証拠? 目撃証言? 科学的根拠? その全てに勝る説得力を『周防メアリ』は持っている。彼女の言葉こそ、真実の権化に他ならない。


 俺以外には。


「そこまで調べたんだ。ちょっと意外。創太君って勤勉なんだね。褒めてあげるよ」


「そりゃどうも。それはいいから早く質問に答えろ」


「はいはい。力の源はともかく、私から何かを奪いたいなら殺して心臓でも奪えばいいんじゃない? まあ、貴方にそんな真似が出来るとは到底思えないけど」


「俺を舐めてるなら、きっとお前は後悔するぞ」


「そう。なら後悔させてみてよ。どうせ死に時じゃないからさ」


 発言は飽くまでフラットに。周防メアリの発言は悉く感情が腐っていた。およそ人らしき思いが感じられない。機械的に合成された言葉を肉声で読み上げているだけの機械だ。紛れも無い人間に対してこの評価はどうかと思うが、どんな演者でも無機物よりも無機物として振舞う事は出来ない様に、真に心を無くしたものの無機質さは、演技のそれとは一線を画している。


 日記から読み取れる激情家な側面からは想像もつかない。まるっきり正反対だ。


「……ところで、俺は教えろと言った筈だが? それじゃ提案だぞ。ちゃんと方法を明示しろ」


「……殺せばいいよ。これで満足?」


「死に時じゃない奴を殺したらどうなる。生きてたら殺したとは言えないよな」


「だからやれば全て分かるよ。それよりも方法を教えたんだから、今回こそはちゃんと聞いてよね」


「随分『ミられる』事に固執するな。そんなにミられたいか?」


 今までのメアリと日記における愚痴。合わせて考えれば繋がる事もたくさん出てくる。メアリが失敗した所を信者は決して見ようともしないし、逆にメアリが何か成功した時、信者は諸手を挙げて喜ぶ。それこそが性質なのだと思っていたが、あれはもしかするとメアリの願望が反映されていたのかもしれない。


 褒められたいという、神の寵愛を受けた少女には相応しくない欲求が。



 完全の真似をした不完全が、一番歪みを生じさせていると気付かぬまま。



 物事の道理も分からぬ赤子の様に、満たされない欲求を信者達が満たし続けている。或はそう考えられないだろうか。少なくとも俺はそう考え始めた。日記一つと言われたらそれまでだが、メアリのイメージが変わったのは確かだ。確かな事が言えるとすれば、彼女は決して日の光の下に生きる存在ではなかったという事か。


「……もう少しなんだよ、創太君。私の望みはあと少しで叶うの。それにはどうしても貴方の協力が必要なんだよ。友達なら助けてよ」


「俺じゃなきゃダメか?」


「駄目。貴方以外には考えられない。四肢を削ぎ落とされて抵抗出来なくなった私を乱暴に犯し殺しても良いよ。でも協力はして。この一日があると無いとでは、凄く違うの」


「言っとくが、俺はお前みたいに都合の良い力は持ってないぞ。この目は不確かなモノに形を与える目だ! 何を目的にそこまで必死なのかは知らないが、それ以外の効力は一ミリもないぞ」


「それでいいんだって。それでいいから私を視て。お願い」


 一度は不本意ながら俺に頭を下げさせた相手が、こうして頭を下げる様子を見るのはとても心地よい。見返したという気分が癖になりそうだ。その気持ちによって流された訳ではないが、俺は一つ、彼女のお願いを聞いてやろうという気になった。





「良し、分かった。根比べはここまでだ。今回は俺の負けって事でお願いを聞いてやるよ。ただし―――その間は一度も力を使うな。使った瞬間、俺はお前を殺す」


  

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