神を欺け

「おお、随分早かったのう」

「おにーさんに急かされたんだもん、本当はもっと長く入ってたかったなー!」

「む? 入浴中に創太が入ってきたとは性分的に考えられぬのじゃが……実際はどうなんじゃ?」


 ……………………。


「創太!?」

 檜木創太は漫画なら鼻血を出していても不思議ではなかった。相手方からも呆然としている事が見て取れるくらい露骨に気が抜けているのである。幸せな思いは出来たものの、結果的には見るべきではなかった。

 空花の身体は恋愛の『れ』の字も知らぬ高校生には如何せん早すぎたのだ。それもこれも湯帷子が偶然にも開けてしまったのが悪い……または、それを画策した疑いのある空花が全面的に悪い。

 しかし俺は後悔していなかった。大人の階段を一歩上れた気がする。だからと言って次見たら大丈夫という理屈には決してならないが、眼福には違いない。メアリによって散々な目に遭ってきたのだから、これくらいの幸運に恵まれたって文句は言われないだろう。

 どうせ俺は地獄を見る。時間がループするとはいえ、脱出までに何時間メアリに費やすのだろう。考えるだけでも恐ろしい。

「…………の、のう? 創太?」

「―――はい? 何ですか?」

「お、おお戻って来たな。神の目前で放心するとは、らしくないぞ。お主に一体何があったんじゃ」

「言ってもいーよ! おにーさんが無理やり襲って来たってッ」

「大いなる誤解を生むだろうが! 命様違いますよ? 俺がこいつ襲う訳ないでしょ? 信じないで下さいね?」

 命様は変に純粋な側面があるから、念押しは大事だ。今回に限っては杞憂らしく、命様はしきりに頷いていた。

「分かっておる分かっておる。お主を襲うのは妾じゃ」

「あれ、話がかみ合ってないぞ? そもそも襲ってないんですよッ! その……こいつが俺に悪戯を仕掛けてきてですね……」

「おにーさんが怒って襲ってきた!」

「お前は黙ってろ!」

 既成事実をでっちあげるな。

 俺だから良いものの、他の奴なら冗談が通じないだろうから、どうかやめてもらいたい。空花の早熟にも程がある体型は好む人も多いだろう。人によってはでっちあげるまでもなく、本当に襲うかもしれない。

 被害妄想な部分もあるのは認めるが、空花はメアリ的には俺の彼女として認知されており、信者も同様の認識をしているだろう。忘れてはならない事として、信者は俺を苦しませる事に全力だ。精神的に打撃を与えようと画策した時、真っ先に思いつくのは恋人を寝取る事ではないだろうか。家族は既に……実行した訳だし。

 実際には恋人でも何でもないので寝取るも糞も無いが、問題はそこではない。メアリ信者の民度がゴミ以下である事実こそが問題だ。奴等は手段を問わない。メアリという後ろ盾がある限り、どんな法律でも足止めすらままならない。

 困った事に奴等はメアリの力を利用している癖に、本心からそれがメアリの為になると思っているどうしようもない人間だ。例えば俺を苦しませるのは、説得の為だったり。

 大概はメアリの良さを分からせる為の制裁だが。

「……ふむ。先を越されたか」

「え? 先を越されたって何です? 命様もやろうとしていたんですか?」

「然り。お主とは将来契りを交わすのじゃぞ? 今の内に親睦を深めるのも……或いは体の相性を確かめるのも悪くは無かろう。じゃがこれでは二番煎じになってしまうな」

「へっへーん! 私は命ちゃんもおにーさんも大好きなんだよ? 特におにーさんを見てたらついつい悪戯したくなっちゃうッ! ごめんね、おにーさん♪」

 要するに俺を見てると弄りたくなるらしい。目の前でハッキリそう言われると何だか負けた気分だ。女の子のする事にマジになるなと己を抑えていたが、そろそろ本気で悪戯をする時か…………

しかし悪ノリの塊みたいな空花を驚かせようと思うと嘘プロポーズをかますくらいしか思いつかないが、嘘でプロポーズはしたくない。

 口にはあまり出さないが、空花の事は大好きだ。命様同様、異性として見ている。だからこそ愉快犯的にプロポーズはしたくない。嘘のプロポーズは驚かせる以前に、きっと傷つけてしまうから。

「……まあ、いいよ。代わりと言っちゃなんだが空花、神様から力を奪う方法って何か知ってるか?」

「え?」

「妾の方から簡潔に先程までの話を聞かせよう。泣かぬ赤子の話など空花はさっぱりじゃろうからな」

 命様の方が話の要約は上手かった。話自体そんなに進展していなかったのもあるだろうが、空花は直前までのおちゃらけた雰囲気とは裏腹に、目を大きく見開いて相槌を打ちながら聞いていた。この手の話には詳しいのは知っていたが、少し意外な態度だった。

「……そう。命ちゃんの力を奪ったのがメアリさんのお母さんなんだ」

「飽くまで命様の見解だけどな。っていうかお前、不老不死の部分はノータッチか?」

「神様の力を手に入れたら、不老不死になりそうじゃん。おにーさんが聞いた話曰く、その月喰って妖怪を見て『美しい』って言ったんでしょ?」

「実際美しいぞ」

「それはどうでもいいよ。問題は、その発言以降様子がおかしくなったって所。メアリさんのお母さんさ、美しさに執着してたんじゃないの?」

「美しさに執着…………なんで?」

「それは分からないけどさ。私もそうだけど、女性っていつまでも可愛らしくありたいのが大多数なんだよね。年を取ったら外見に何の気遣いもしないのかって言われると、普通に続けてるでしょ? いつまでも若さを追及したい人だっているんだよね。不老不死なんて普通はあり得ないからいつまでも若く、なんて無理だけどさ。その人、命ちゃんの存在を知ってたから、諦められなかったんじゃないの? 神様って年を取らないんでしょ?」

 メアリの言葉が思い起こされる。彼女は自分の母親が昔はこの町一番の美人だったと言っていた。そんな美人であればナルシストになっても不思議はないが、もしナルシストが自分よりも『美しい』と魂から認めてしまう様な存在に出会った場合……確かに狂うかもしれない。

 ん?

「おいおい。メアリの母親が不老不死になったのは五百年以上前だぞ。月祭りで月喰さんを見たのは精々十三年前くらいだ。時系列的に矛盾してるぞ」

「そうじゃなくてさー。命ちゃんの存在を五百年前から知ってて、当時から美しさに執着してたなら、力を奪って不老不死になっても不思議じゃないよねって話だよ。それで実際に不老不死を手に入れて、自分こそが一番美人なんだって信じ続けて来たけど、月喰さんを見た時に自分よりも美しいって認めちゃったからおかしくなったって―――推測が多分に含まれるけど、こんな感じじゃないかな」

 ああ、そういう事か。

 勘違いしていたのは俺の方だった。

 飽くまで考察の取っ掛かりとして月喰を見た反応が取り上げられたのであって、大事なのは元々周防天畧が『美』に執着を持っていたか否か。持っていたと仮定したなら、その後は命様の存在を知っていたせいで不老不死の夢が諦めきれず、力を奪ってしまった。それ以降は町一番の美人として己の美しさに満足していたが、月喰に心から負けを認めてしまった事で狂ってしまったと繋げられる。

 話の脈絡を時系列に当てはめて、勝手に混乱していた様だ。恥ずかしい。

「それで……神様から力を奪う方法だっけ。無いとは言わないけど、無理だと思うよ」

「あるにはあるんだな」

「家に何かあったと思うんだよねー。これ以上は帰らないと分からないんだけどさ。でも半端な手段じゃ無理だよ。神様の力ってきっとこの世界にあっちゃいけないものだからさ。だから命ちゃん以外の神様は全員滅びちゃったんだと思う」

 全面的に同意だ。メアリは確かにこの世に存在してはいけない。アイツの行動はどんな非が見つかっても正義として扱われるが、お蔭で世界がグチャグチャになってしまった。そして俺が住みづらくなった。

 それだけでも、俺はアイツを許せない。

「所でおにーさん。時間に囚われたって話、本当?」

「現に二回目の今日を迎えた。何か名案でもあるのか?」

「名案じゃなくて純粋に気になってるんだけどさ。時間が戻ってる事に気付いてるのって、おにーさんだけ?」

「…………実行犯はともかく、使用人の人は……多分気付いてると思う。でもそれがどうしたんだ? 俺達が気付けてるのはわざとそうしてるってだけだろうよ」

「………………うーん。やっぱおかしいよそれ。だっておにーさんに色々と情報バラしてるのを黙認してるって事になるもん。メアリさんの目的って何だろうね」

「俺が知るかッ!」

「おにーさんを使って何かしたいなら、力ずくですればいいのにね」

 俺もそう思った。あいつにはそれをする力がある。跳ね除ける力は俺には無い。飽くまで屈しないだけ。

 だからより、不気味なのだ。目的が見えないと、どう立ち塞がればいいか分からない

「もしかしたら、自分の意思で動いてる様に思わせたいだけなのかもね」

「は? どういう事だよ」

「その気になれば絶対に知り得ない情報を流してるじゃん? 私にはさ、メアリさんがおにーさんの行動を操作してる様に見えるんだよね…………気のせいだと良いんだけど」

 空花の言葉が真実であったか、はたまた空虚な杞憂に過ぎなかったか。



 その答えが出るのは、随分後の事になりそうだ。

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