全ての起まり

 周防メアリは気分屋だ。

 物理法則を無視する奴が今更時間の流れに縛られるとは思えない。何品作った所で時間が掛かるとは思えないが、曰く『料理はあんまりやった事無い』らしい。それにしては包丁さばきがプロ並みだが、メアリを長年見ていると一々突っ込むのもしんどくなってくる。

「幾らか聞いて良いか?」

「何~」

「両親黙らせたってどういう事だ? 近づかないで欲しいって頼んだのか?」

「文字通りの意味だよ。黙らせたの。一言も喋れない様にしたんだ。動きが煩いって場合もあるから身動きも取れない様にした」

「…………遠回しに殺してるよな」

「殺さないよ。殺す意味ないもん。黙らせただけなんだから深読みは止めてよ。それ以上の事は何もしてないって」

「じゃあ会わせてくれよ」

「後でね」

 メアリの両親、実は気になる。この全知全能と理不尽を同時に体現した少女を生んだ親とは一体どんな人物なのだろう。エイリアンだったとしても驚かない。こんな少女が普通の人間から生まれる筈が無いのだから。

「ツイーターはどうなった?」

「今、一億フォロワーだよ! 創太はフォローしてくれた?」

「アカウント無いって言ってんだろ」

「じゃあ私が作ろうか? 共同の奴」

「それは嫌だ」

 私は満更じゃないんだけど! とメアリ。俺と信者は断固拒否させてもらう……とさり気なく対立構造を作ってみたが、メアリ信者は実に厄介なもので、メアリのお願いを聞かなかった事に対して激怒する癖にお願いを聞いても激怒するのだ。特にこの手の……俺を特別視するお願いは。

 本人はその事実を知っているのか居ないのか。時々俺からチクっていたが、信者に改善の余地は見られなかった。その果てに生まれたのが妹の…………

 ああ、もう忘れない。立ち直った訳じゃないが、あの一件を思い出すだけで俺はメアリを打倒しようという決意を思い出せる。クソ信者共めが。

「もうすぐ出来るよ! お腹大丈夫ッ?」

「そうか。所でお前……こんな広いなら掃除とか大変だろう。自動掃除機があっても時間が掛かるのは目に見えてる。ヘルパーとか使ってないのか?」

「使わないよ。だって部屋汚さないもん。お父さんとお母さんは汚すからお手伝いさん雇ってるけどね」

 ん?

「…………悪い。言ってる意味が分からん。この家はそれこそ共用だろう? 家族の」

「こんなに広いんだから生活を別々に送る事なんて簡単でしょ。二人の所にはお手伝いさんが二人いるけど、それだけかな」

 それは少なすぎる。メイドだろうとボーイだろうとこの際気にしないが、現代にこうもべらぼうに広い屋敷があると誰が信じられる。そしてたった二人しかいない絶望感を当人達はどう感じているのだろう。メアリの両親が雇うくらいだからさぞ優秀な二人なのだろう。とはいえこれは力量だけでは埋め難い広さだ。効率を優先しようとすまいと、相当な時間を要する筈。


 ……って事はメアリの両親はバグ野郎じゃねえんだなあ。


 バグ野郎ならそもそも部屋を汚さない。本人がそう言ってるのだから間違いない。

「でも待て。生活を別々って言うけど、結局出口は玄関しか無いし、リビングはどう考えても共用だし。顔を会わせるくらいはするんだろ? どんな事話すんだ?」

「別に話さないよ。同じ言葉しか言わないんだもん。つまんないし飽きるから、私も話しかけない」

「そりゃお前が信者にしてるだけだろ」

「私だって作りたくて作ってる訳じゃないんだよ? 知ってた? あは」

 大人しく料理を待っていると、鼻孔の方に料理の匂いが運ばれてくる。温かく心地よい匂いは、ここがメアリの家であるという認識を覆し、俺の警戒心を大幅に鈍らせた。


「お待たせ~!」


 机の上に並べられた十品はとてもじゃないがあのキッチンの上で作られたとは思えない豪勢さだ。いつもながらおかしい。最初に作った品から順に冷めていく筈なのに、熱を持った料理はずっと熱を持ったままだ。短時間での調理もあるだろうが、信じられない。

 何故か? それはキッチンの上が全く汚れていないからである。

 果たしてそんな事があり得るのだろうか。まあメアリならやりかねないが。

「どうどう? 私って凄いでしょ~!」

「……お前、料理あんまりやった事ないって嘘だろ」

「嘘じゃないよ! でも創太の為に一生懸命頑張ったんだからもっと褒めてくれてもいいんだよ?」

「別々に考えるべきなのは分かってるが、いっぺん自分がしてきた仕打ちを考えてから物を言え」

「そんな恨まれる様な仕打ちはした覚えが無いんだけど。そんな事より、早く食べてみてッ。料理冷めちゃうよ?」

 何か危ない物が入ってるとは考えられない。まがりなりにも完璧な少女が『料理』という概念にケチの付きそうな料理を出すとは思えないのだ。そう考えると安心出来るのだが、安心してはいけないので、危険だ。

 メアリに心を許せば、きっとその隙に付け込まれる。こいつは悪だ、紛れもない敵だと思わなければ確実に世界を掌握されてしまう。誰だこいつを料理下手にしなかった奴は。何か一つくらい欠点があればそれが美点にもなるだろうに、話にならない。

「あれ、食べないの? もしかして人の作った料理は食べたくないとかそういう考え?」

 メアリは眉間にしわを寄せて嘆く。この表情が演技なのかそうじゃないのかは判別出来ないが、常識的に出された料理は食べなければ失礼だと俺の内部人格が告げている。余程食べられない事情が無い限り、食事は避けられない運命にあるのだと、そう言っている。

 震える手付きで差し当たりサラダを口に運ぶ。野菜に多少の味付けをするだけ(料理ニワカの視点は狭い)の料理にそうそう感動などするまいと思って舐めていたが、それがお膳立てに過ぎなかったと俺は痛感した。同時に己の浅はかさを恥じた。

「………美味え」

 不安そうに俺の表情を窺っていたメアリの様子がぱあッと明るくなった。

「本当! 作った甲斐があった! ね、ね。もっと食べて!」


 正直に言わせてもらうと、これはサラダではない。サラダに似た何か……違う。サラダ以上の何かだ。こんなサラダを食べてしまったら、もう他のサラダでは満足出来ないだろう。俺の発言が理解出来ない奴は一度食べてみればいい。百聞は一見に如かずだ。料理下手は既存の料理を未知の物質に変えるらしいが、これはそれとは似て非なる状態。

 既存の料理に未知の美味さを足しているのだ。

 一度この料理を口にしたが最後、『メアリの料理は既存料理の上位互換』ではなく、既存料理はメアリの料理の下位互換』となる。終着点は同じだが、基準が違う。舌が一気に高級メアリ志向染みてくると言えば分かりやすいだろうか。

 まさか食という方面で洗脳を受けるとは思わなかった。あれだけ警戒していた手付きが嘘の様に、俺は隣にあったハンバーグにかぶりつく。メアリは両肘を突きながら笑みを隠しきれない様子で眺めていた。

「……創太が夢中になってくれてる! 嬉しい…………!」

 汁物も、魚料理も、最早何でも美味すぎる。腹を空かせたとか何とか疑っていたが、もしかしなくても俺は本当に腹が減っていたらしい。もしこの料理に何かとんでもないものが入っていたとしても、それでも構わず俺は食べていただろう。それくらい中毒性がある。

「ウフフ♪ 案外上手く出来るもんだね! 殆どぶっつけ本番みたいな所あったから怖かったんだ。それじゃあ檜木さん。評価は満点って事でよろしいですかな?」

 橋と椀を置いて、俺は舌を打った。

「…………ちッ。満点だよ」

「やったあああああ♪ でも案外素直だねッ。創太なら文句の一つくらい言うかと思ってたよ!」

「言おうと思ったよ。もうそりゃボロックソにこき下ろしてやろうと思ったよ! でもこんなん出されたら無理。不味いとは言えねえし、言ったら恥ずかしいわな。全部食っちまったし」

 そう。製作者本人を差し置いて俺は机の上に並んだ料理を全て平らげてしまったのだ。それを前提にした場合『不味い』という言葉は只の強がりであり、酷評したい負け犬の遠吠えでしかない。恥を掻くのは結局俺だ。

 一本取られた。

「―――全部食ったけど、お前はいいのか?」

「うん、私は気にしないで。創太の食べっぷりを見てたらお腹いっぱいになっちゃった」

 基本的に空腹を満たすには食事するしかなく、メアリのそれは一般的に感覚的なものでしかないのだが……こいつなら、見るだけでも空腹を満たせる気がしてきた。 

 所で、どうして普通にもてなされているのだろう。

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