FILE 07 涜神乖離

怪物の城

 遂にこの日が来た。

 来てほしかったと言えば嘘になる。これが空花ならまだワクワクが止まらなかったが―――気分は既にお通夜だ。

 目の前に聳え立つは西洋のお城も斯くやと思われる豪華な屋敷。こんな豪華な屋敷が近くにあって俺が気付かないとは思えないのだが、実際今の今まで気づかなかった事実は認めるしかない。

「……お嬢様な人とかお坊ちゃまな人とかこの辺に住んでないし、表札も周防だし合ってるよな? 合ってる……合ってる?」

 どんな頑固者も、人の話を理解出来ないひねくれ者も、理解する気のない攻撃的な者でさえもメアリの前では従順な信者。市長という立場とツイーターを抜きにしてもその影響力は絶大であり、俺の記憶が正しければ修学旅行の時点でお偉いさんみたいなお爺さんと会話していた記憶がある。あの人がお金持ちという保障はないものの、法律や手続き等の面倒なものを全てすっ飛ばせるのだ。資金援助を受けるくらい訳無いし、発想がゲスいが昔町一番の人気者だったお母さんがなんやかんやすればメアリが動かなくてもどうにかなるだろう。

 社会に出れば働かなければならないと人は言うが、メアリに関しては何もしなくても生きていけそうだ。俺は…………どうなるのだろう。少なくともメアリの影響力を何とかしないと、まともに社会では生きられなさそうなので、このままいけば命様か月喰さんを頼るしかないが。

「…………良し!」

 意を決してチャイムを鳴らすと、外壁の扉が音もなく崩壊。監視カメラは自らの首を折って地面に落下し、道路はコンクリートが隆起したかと思えば俺の手足を拘束した。一分にも満たない間に様々な事が起こり過ぎて、俺は暫しここが夢の世界ではないかと錯覚した。己でも気が付かぬ内にメアリの家に行く事を拒否した結果、せめて夢の中だけでも言葉通り行こうとした……そうは考えられないだろうか。

「いらっしゃーい!」

 相変わらずの満面の笑みを見て、俺はここが現実であると認識した。メアリと言えども俺の夢の中にまでは出てこない。夢まで侵食されたらもう終わりだ。

「おはよう、創太! 今日はゆっくりしてね!」

 地味にオフのメアリを初めて見た気がする。真っ白いワンピースを着ている所なぞ見た事がない。少し驚いたが、ときめく事は無かった。命様の様な色気がこいつには足りない。が、信者からすれば見るだけで興奮死する代物なのだろう。悪意ある主観(俺の評価)を抜きにすれば絶世の美女には違いない。

「……一応客人の筈だが、この仕打ちは何だ?」

「創太が驚いて逃げるかな~って思ったんだよ。でも逃げないなら良し! だって今日は二人きりだもんねッ」

「二人きり? 幾らお前でも独り暮らしってのは無理が……特にないか。でも親は居るだろ?」

「居るよ~。でもお父さんとお母さんは『黙らせた』から気にしないで! さ、早く上がって上がって。創太は記念すべき私の家の一人目の訪問者なのだ! ちょっと緊張しちゃうなッ」

 メアリの出現と同時に俺の視た現実は空白へと覆る。手足を拘束したコンクリートの感覚も消えぬ内に、彼女が俺の手を掴んだ。しなやかな指先が絡まり、生半な拒絶では離せなくなる。家に入る心の準備などあちらが知る由もなく、されるがままで俺は家の中に引っ張り込まれた。









 






 玄関を通った先は完全に異世界だった。

 俺の部屋を優に超えるシャンデリアが只の照明として使われているくらい玄関が広い。ここまで広いと一種のホールだ。とても民家……しかも高校生が住む民家には見えない。玄関が広いと靴を脱いで上がるのがバカらしくなってくるが、だからと言って脱がない訳じゃない。行儀が悪いのもそうだが、文句を言われて困るのは俺の方だ。『玄関を汚した罰として料金請求』ならまだ易しい。『私と一緒に暮らして』と言われたら、こちらがどう思おうとメアリはこの家に縛り付けようと文字通りありとあらゆる手段を使ってくる。俺も全力で抵抗すればその分彼女も本気で対抗してくるだろう、最悪軍隊が出勤しかねない。

 冗談で物事は言っていない。どんな妄言でもこいつならやりかねないという信用がある。

 普通の高校生が『俺に手を出せば組織が黙っちゃいない』と宣った場合は長引いた厨二病かもしれないが、メアリの場合笑っていられない。彼女が厨二病に掛かった可能性よりは裏の組織が本当に出てくる可能性の方がずっと高い。軍隊にしても裏の組織にしてもそうだが、そこまで物騒な奴等が来られると俺とて為す術もなく制圧される。所詮は一般人故。

 知る限りのマナーもとい一般常識は守っていこう。

「はーい! ここが玄関だよッ! 創太の家より広いね!」

「規模が違い過ぎて嫌味になってねえんだよな。それで、俺を何処に案内する気だ?」

「それは後回しッ。今は創太にこの家の全体を案内しようと思ってるんだ!」

「物件買いに来た訳じゃないんだけどもッ?」

「でも私が言うのもおかしいけど部屋数多いよ。創太がどうしてもって言うなら省くけど絶対迷うと思うな~。一七〇あるもんね」

「は!? …………え? 違法建築?」

「意味分かって言ってる? 大丈夫、今の所文句は言われてないし!」

 言えない、という方が正確だろう。彼女に文句を言えるのは俺だけだし、叱れるのも俺だけだし、ぶん殴れるのも俺だけだし―――ああ不思議だ。これじゃあまるで世話役みたいじゃないか。世間的にはメアリが俺の世話役みたいになっているのも(まともに構ってくる奴がこいつだけなのは事実だ)皮肉が効いていると思う。

「純粋に疑問なんだけど、そんなに部屋って必要か?」

「私には必要なの! 流石に全部の部屋は案内しきれないから、リビングに行こっか!」

 とにかく情報が多すぎる。受け止めるので精一杯な俺をメアリが好き放題に振り回す構図は中々様になって居るかもしれない。大体いつもの日常と言っても差し支えないのだから。それにしても両親が見えないとはいえ、家族数人暮らしでこの部屋の広さは逆に不便な気がする。

「そう言えばお前って兄妹とか居るのか?」

「居ないよ! だから家では遊び相手とか居ないんだ……だから創太が今日遊びに来てくれるって言ってくれて嬉しいの! たっくさん遊ぼうねッ!」

 連れ回されている以上、彼女の後姿しか確認できないが、喜色満面の笑みを浮かべているのだろう。程よく軽やかなステップを見ていると今にも鼻歌を唄い出しそうではないか。つられて俺の気分も上がれば何よりだが、そこまで単純ではなかった。

「―――なあ。そう言えば俺が初めてのお客って言ったけど。お前友達を家に呼んだりしてないのか?」

「友達? 創太の事でしょ?」

「いや、そうじゃなくて……あー信者って言えば分かりやすいか? お前世界中の人間と手を取り合うとかどうとか言ってたじゃん。俺じゃない方の友達だよ、うん」

「あー! でも呼ぶ意味が分からないかな!」

「意味が分からないってのが意味分からないんだけど」



「あんなの呼んで何が楽しいの」



 上機嫌な声音が鎮静する。鼻歌混じりになりそうなステップも一気に重々しくなり、メアリにしては随分普通に歩く様になった。

「私は創太以外を家に上げる気は無いよ。だってつまんないもん。あの人たち呼んだら何か楽しくなるのかな。私はそう思わないけど」

「…………一応友達だろ。まあお前が他人に興味ないのは知ってるけどな。もう少し言い方ってもんがあるだろ」

「うん、友達だよ。だから仲良くしてる。大好きだよ。でもそれだけ」

 こいつが俺以外の家に遊びに行かないのは知っていたが、まさか呼ぶ気もないとは。こんな思いで日々信者達と接しているのなら若干気の毒に思う。家に呼ばれた時、どんなパーティが開かれてもどんな著名人が来ても、彼女はきっとまるで楽しくないのだろうから。

「そんな居もしない人たちの話は終わり! リビングに着いたよ!」

 ……リビング?

 横広の扉を開けると、最高に不便そうなリビングが俺の前に広がった。対になって向き合うソファの距離感は三メートル。テレビは……インチの測り方が分からないが、縦幅が俺の身長よりもあるので、横は言うまでもない。ここまで大きいと3D眼鏡を掛けなくても映像が飛び出して見えるのではないだろうか。電源が点いてないので確かめられない。

 端にはキッチンも設置されているが、冷蔵庫の大きさが銀行の金庫くらいある。ここまで俺の感想に一貫性を持たせるなら、『大きけりゃいいってもんじゃない』に尽きる。まだ玄関とリビングしか見ていないが、明らかに利便性度外視で大きくしているのが丸わかりで、あまり良い家とは言えない。メアリには悪いが、一度来たらそれで十分なタイプの家だ。

 それを抜きにしても俺は二度と行きたくなかったりする。

「あ、そう言えば創太、お腹空かない?」

「は? 空いてる訳…………」


 ぐぅ~。


 腹の音が鳴った。

 それもメアリが尋ねて来た瞬間に。

「なーんだ、空いてるじゃない! じゃあ座っててよ、私がご飯作ったげる!」

「おい待てよ。お前勝手に俺の腹空かせただろ。食べて来たのにッ」

「足りなかったんじゃない? 何が食べたい? 何でも作れるよ!」

「人の話を聞けよ! ごはん三杯も食べたんだぞッ? 自分で炊いたんだから忘れる訳ない! 両親がどっか行ったからな! 俺とお前の二人きりなんだから正直に言えよ、腹空かせただろ!?」

 人の話を聞かないのも、それこそ相変わらずか。背中を押して強引にソファの上へ。噛みつく様に振り向くと、メアリはキッチンの中に移動していた。

「へーんしんッ♪」

 ご丁寧にチェックのエプロンまで着用して。

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