聖域侵犯
行かない理由が見当たらないので、嫌がる妹を強引に引っ張り、俺は無限に続く鳥居をくぐり始めた。連なる鳥居の徹底ぶりは大したもので、横を見ても外の景色が全くと言っていい程見えない。上部が見えるだけ閉塞感は無いのだが、こうしてずっと歩いていると段々トンネルを通っている気分になる。
「そう言えばもう一種類について話していなかったね。教えるのは別に構わないんだが……この鳥居はまだ随分と続く様だ。暇潰しがてらクイズとして出題しよう。何だと思う?」
「……神様と幽霊と怪異……の外側ですよね」
「ああ。少しヒントを出すなら、民間信仰だ」
「民間信仰?」
「教義や組織が存在しない、自覚的入信もない……そうだな。一定地域に存在する教えみたいなものだ。分かりやすい例を言うとするなら祖先崇拝だろう。あれは別にその人が特定の宗教団体に入ってる訳じゃない。でもするだろう? おばあちゃんからそう教えられたとか、父親から教えられたとか、近所の人が……とかね。日常生活の中で作られた宗教、或は教祖様の居ない宗教。それこそが民間信仰だ」
…………さっぱり分からない。祖先は居たとしても幽霊だし、何らかの理由で神様になっていたとしてもそれは神様だし、実際に居た人物が怪異になり果てる事はない。妹にも聞きたかったが、嫌がり続ける彼女を強引に引っ張っている影響で、見るからに言う事を聞いてくれなさそうだ。
「……………………え。他に居ます?」
「不可視とは一言も言っていないよ。可視の存在だ」
「いやそこが問題じゃなくて……居ないじゃないですか。可視の存在って言ったら不可視の三つを除いた全部ですし、それ以外に何かあるって本気で言ってますか? ていうか信仰が始まってるならそれは神様なんじゃ?」
「ある意味ではそうだね。神が正の側面だとするなら、私が言いたい答えは負の側面にあたる。ここまで言えば分かるかな?」
「全然分からないです。清華、分かるか?」
「うるさい! 離して! 行きたくない!」
鳥居はまだまだ連なり続ける。同じ風景が限りなく連続した時ともすれば永遠を感じがちだ。それは単純作業の繰り返しにも似ている。作業が簡単な分時間を感じやすく、辛い人間には長時間の単純作業はとことん辛い。
茜さんとの会話は、事実として気が紛れた。
「元はと言えば表の祭りこと『月祭り』もこの為にある。と言っても昔は名前が違ったんだが」
「ツキバミ祭の事ですか?」
「おや、良く知っているね。あの神様から聞いたのかな。その通り、隠す意味も無いからバラすが、ツキバミとは月を喰らうで『月喰』。ツキバミ祭は当初この月喰を鎮める為のお祭りだったのさ」
「…………やっぱり神様ですよね?」
「違うよ。教義は無いと言っただろう。あの神様は現代までしぶとく生き永らえてしまったが、全盛期にはちゃんと教義があった筈だ……うーん。答えを言いたいのは山々だが、まだまだこの鳥居は続くからね。君達とて黙々と鳥居を潜るのは辛いだろう」
「あー。いや、多分大丈夫なんで、教えてくださいよ。どうせもうすぐ終わりでしょう?」
「―――これは私の体感だが、後三十分は続くだろうね」
「ええええええええ!」
絶望的な時間を聞いていの一番に騒ぎ出したのは清華だ。元々行きたくなかったのを強引に連れてこられ、その時間が三十分も続くというのは彼女にとって地獄だったのだろう。たかが三十分されど三十分。面白みもなければ興味も無い三十分は一八〇〇秒に過ぎない。
……勿論一八〇〇秒とは三十分の言い換えだ。だが秒数を感じてしまう時点で、体感時間は大きく変わってくる。メアリと一緒に参加した月祭りは五時間にも六時間にも感じていたから俺には分かる。楽しくない時間は永遠より長い。
「もうやだ! 鳥居ばっかで頭おかしくなりそう! 兄貴離してよ! それか走ってよお!」
「―――走ったら到着時間って短縮されますか?」
「お、中々鋭いな少年。言外ながらご明察だ。ここは異界だと言っただろう? 物理的な距離感などないから―――大人しく時間が経過するのを待つしかないんだ。或は最初から私達の会話を聞いていて話が終わったら到着するかもしれないが、もしそうだと思うならやはり当ててみせたまえ。神、幽霊、怪異。それらに含まれない最後の一つとは何か」
民間信仰がどうのこうの言われても、想像力の欠落した俺には神様以外のものが浮かんでこない。幽霊に信仰は生まれないし、怪異に信仰は生まれないし、神様以外に信仰………鎮める…………悪神? だが神だ。
「それじゃあもう少しヒントをあげよう。君の大好きな常邪美命が現代に生きる唯一の神である様に、月喰もまた現代に生きる唯一の存在だ」
「それヒントにならないでしょ! 茜さんってヒント出すの下手ですかッ? 結局それって『神様でも幽霊でも怪異でもないよ』って言ってるだけじゃないですか!」
「む、痛い所を突くね。それじゃあ本当に大ヒントだ。かまいたちや蜃気楼など神様の存在しえない人に害を与える現象はその昔何と呼ばれていたかな?」
「だからそれはヒントじゃ―――!」
ヒントじゃ――――――?
神様が正の側面にあたるなら、それは負の側面。
昔から神様とは超自然的な存在であり、現代的な解説をすれば当時解明できなかった現象は殆ど神様として扱われた。俺は無意識の内に全ての現象は神様として扱われていたとひっくるめていたが、そうだ。この国はもう一種類だけ特別な存在が居たではないか。
神様でもあり、怪異でもある。
特別な血筋なしに視る事が出来た存在は、今日まで有名な怪談話として語り継がれている。
「……でも待ってください。そいつはどうして存在するんですか? 命様が―――欺瞞と虚偽の神なら、もしかして月喰も……?」
「厳密に言えば欺瞞の付属品だろう。その存在を確たるものにする為、そして確かな神格を与える為に吐かれた嘘―――常邪美命が神様として確立される為には、敵が必要なんだよ。丁度、我々都市伝説にも対処法が流布されている様にね。少年の受け答えから察するにどうやら解答へ辿り着けた様だ。ヒントが分かり辛くて申し訳なかった。それでは改めて答えを聞こうか。月喰とは―――何者かな?」
「――――――妖怪、ですよね」
ピシシッ!
答え合わせをするかの如く、目前の空間に罅が生じた。それは瞬く間に広がっていくと、奥から零れる光と共に深さを増し―――破壊された。
無限に続くかと思われた鳥居が目の前で終点を告げる。抜けた先にはこの世のものとは思えぬ巨大な木々が枝葉で空を覆い、太い根っこで地を埋め尽くしていた。その中心に座する存在こそ、俺が正体を解き明かした存在に違いない。
「……大正解だ! 坊」
目を見るな! という茜さんの警告は一歩遅かった。中心に居た筈の存在が泥状になったと思えば地面からその泥が飛び出してきて。
どう足掻いても直視を避けられない距離まで接近してきたのだから。
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