可憐なる絶対神

 休憩場所というよりはアイドルの握手会に並ぶファン達の溜まり場。アイドルとは言い換えれば偶像であり、それが誰を意味するか、俺達はよく知っている筈だ。


 そう。周防メアリ。


 俺がこの世で最も憎悪し、嫌悪し、叶う事なら二度と視界に入れたくない少女。しかし残念ながらその願いが叶った事は無い。俺の知る彼女とは違う一面を見せられると若干弱いが(調子が狂う)、基本的には天敵のつもりだ。

「ああ……メアリ様。これからも頑張って下さい! 私は傍で応援しております! メアリ様の為に私は両親を説得し、来月よりこの町で暮らそうと考えております。どうかその際には一つ、私のご両親にお会いしただけないかと……」

「え、そうなんだ! 来月から貴方もこの町を一緒に盛り上げていこうね!」

「メアリ様! 私は貴方様の為に仕事を辞め、妻とも離婚してきました! どうか貴方様に仕えさせては貰えないでしょうか!」

「私より町に貢献して欲しいな! でも有難う、嬉しいよ!」

 メアリ様と神様っぽく呼んでいる所から、きっと彼等は遠くから来たお客様なのだろう。呼び方で信者が外様か否か分かるのは有難いが、控えめに言って気持ち悪い。これじゃあ本当に神様か何かではないか。

 様付けが許されるのは本物の神様くらいなもので、メアリは本物の神ではない。アイツは正真正銘のまやかし―――詐欺師みたいなものだ。それもどんな賢人でさえ見抜けない最上級に性質の悪い詐欺師。

 信者がどれだけ言おうとも、世界がどれだけ彼女の背中を押そうとも、或は彼女自身が本当に偉くなってしまったとしても、俺だけは死んでも認めない。アイツは神様なんかじゃない。人間じゃないかもしれないが、決して神様なんかではない。神様みたいでも神様じゃない。

 神様みたいな怪物という方が適切だ。

 いつもなら俺に気が付いて厄介事を招きそうだが、握手を求める人数が尋常ではなく、流石のメアリも俺には気が付かない様だ。だが遅かれ早かれいつかは気付かれる。信者共が公園で彼女を拘束してくれている内に俺達はトイレの裏側へ回った。

「で、何処から行こうかー」

「そうだな……まあ公園を出て反対側から歩いていく感じで……奥の方はまだ人が少ないみたいだしな。相対的だけど」

「メアリさんに感謝しないとねー!」

 公園にメアリが居た事に関しては暗黙的に無視している。あれは気にしてはいけない。視界の端にちらちらと映る十数体の霊と同じ扱いをさせてもらう。

「……来てないよな、アイツ」

「うむ。大丈夫じゃ」

「よっしゃ。今の内に行きましょう」

 客の七割はメアリに気を取られて、嫌われ者の俺に気が付かない。会場設営時に受けた仕打ちが嘘みたいだ。そこに唯一問題があるとすれば、屋台で物を買う時には必然的に顔を見られるという事か。今まではメアリがべったりくっついていたからその問題は勝手にクリアされていた(知っての通り信者共は教祖様の前だと途端に優しくなる)が、メアリ不在時は……十中八九物を買わせてはくれない。大事にはしないだろうが、それでも店主間で情報を共有して出禁くらいにはしてくるだろう。俺は構わないが、空花や命様に迷惑が掛かる。どうにか避けられないだろうか。

「のう……創太」

「え……うッ! ―――み、命様。その姿でこの距離はちょっと……まずいんですけど!」

「むう? 何故じゃ? 一年とは言わずとも、それなりに長い付き合いであろうに。お主が今更恥ずかしがる必要はあるまい。嬉しかろうッ?」

「嬉しいですけど! その色香みたいな……抑えられないんですか? 実を言うとさっきからずっと眩暈がしてるんですよ!」

 ただし心地よい眩暈だ。聞く人が聞けば頭がおかしくなったのかと言われかねないが、全身を命様に包まれている気分になる。この幻想的な眩暈になら精神を侵されても悔いはないとさえ思っている。

 それはそれとして歩きにくいので、今だけはオフにしてもらいたい。

「それは無理じゃのう。妾は今宵に限り力を取りもどした。本来の妾には程遠いが、女神にょしんには元より魔性の色香が備わっているものじゃ。この程度で参っていては、本来の妾が無事に取り戻された時、お主はどうなるのかのう……?」

「なんか、楽しそうですね」

「創太が妾の虜になってくれるのじゃから、嬉しくない筈がなかろう♪ ……大好きじゃぞ、創太」

「……ちょっとー。私を置いて惚気ないでよー。二人だけじゃないんだからね?」

 やきもちではなく、単なる疎外感だろう。空花は口を尖らせて不満そうに俺を見つめている。

「あ、すまん。ついつい……」

「それはそうと妾、興味深い物を見つけたぞ。あれを買わぬか?」

 命様が指を差した場所はチョコバナナ。彼女が現役だった時にはまず存在しなかった食べ物だ。コンビニでは当然売っていない。

「あーチョコバナナだッ。懐かしいなあ、友達と来た時はよく食べてたんだよねー」

「懐かしむ程前に来たのか?」

「私にとっては一年前も十分昔だよー。だって、いつ死ぬか分からないもんね」

「そうか……でもどうする。俺の顔を見られたら出禁決定だぞ。盗みは良くないしな」

「え、それは私が買って来ればいいだけの話じゃん?」

「―――あ、そうか」 

 空花を頼る、という選択肢が俺の中に無かった。何でもかんでも自分一人かメアリがどうにかしてきた影響で、気を付けないと直ぐに他人の存在を忘れてしまう。

「こういう時くらい頼ってよ。同じ神の信者でしょ? おにーさんと命ちゃんはそこの歩道橋の所で待ってて。私買ってくるから!」

「すまねえな」

 歩道橋まで命様を引っ張り、人目につかない所から俺達は空花の様子を眺める事にした。メアリの影響で影が薄くなったお蔭で、空花は俺の同伴者と見られていない。最後まで見ていたが、普通に購入していた。

「お待たせ~はいこれ!」

「大義であったぞ、空花ッ!」

「おお、悪い……ん。四本?」

 そして分配された結果、俺と命様が一本ずつ。空花が二本。購入者は彼女だから分配結果に文句はつけたくないが、何故四本買ったのだろうか。

「空花。お前、それ二本……」

「あ、これはね。ジャンケンで勝ったからもう一本貰えたんだー! えへへ、良いでしょー」

「むう、それは羨ましいが。正当な報酬として貰ったのであれば妾も諦める他……否、妾もそのじゃんけんとやらに挑戦すれば話は別じゃ! 創太、妾も―――」

「命様は他の人に見えないので出来ませんよ」

「ではお主が―――」

「俺、顔見られたら出禁喰らいそうって言いましたよね?」

 命様は落胆から大きくため息を吐いた。やはり茜さんは必要……いや、彼女も不可視の存在だった。全くややこしい。頼むから人類全員俺と同じ能力をデフォルトで備えてはもらえないだろうか。知り合いは殆ど不可視の存在であり、恐らく参加しているであろうつかささんや幸音さんには流石にお願い出来ない(あの先生と良いムードになれるとは思わないが、それはそれとして幸音さんに申し訳ない)。

「別にそんな悩まなくても、もう一本買って来れば良いんじゃないの?」

「買いに行くのお前なのに随分他人事みたいに言うよな。でもそれだとお得感ゼロだぜ?」

「私はその程度の手間なら何回でもいいけど。今度はおにーさんからお金取るよ。大丈夫? お金払える? 家計苦しくない?」

「お祭りで無一文になる程度のお金しかないなら最初から参加しねえよ!」

 半ばじゃれ合いになりながらも俺達が揉めていると、命様が再び大声を上げた。


「あれは何じゃッ!?」


 俗世を離れて久しい神様は興味の移り変わりが激しい。今度は何を欲しがったのかと思い振り向くと―――


「め、メアリ焼きッ?」


 それはメアリの顔をデフォルメした焼き菓子だった。  

  

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