我が愛おしき神の名は
「神を下ろした?」
「そう。神を下ろした。元々居た神を崇めるのではなく、神をこの町に下ろして崇めた……何故だか分かるかい?」
「いや、全く分からないです」
「この町はその昔、廃村の危機に遭ったんだ。やはり周囲に誇れる程度の物体が無かったのが原因らしくてね。農作物も他の村に比べたら収穫量と質で著しく劣っていて、人口は減る一方だったそうだ。神隠しは日常茶飯事、次第に村を移り住む人達も増えて、本当にどうしようもなかった……と書かれている。廃れてゆくばかりだった村を興す為に村長が考案した起死回生の策というものが、この嘘だ。我々の良く知る黄泉平山に神が下りたという噂を村総出で流した」
「…………え。ちょっと待って下さい。神を下ろしたって、要するにホラ吹いたって事ですかッ? それ………………そんなの、直ぐにバレるでしょ! 幾ら昔だからって!」
「残念ながら―――いや、喜ばしい事にその嘘はバレなかった。本には当時の行動が全て記されているがね。まるでマジックのタネを聞いている気分になったよ。勿論人を騙すなど到底許されない事だが、それくらい当時の村長は村が廃れていく事に我慢ならなかったんだろう。彼等のインチキは実を結び、この月已町には多くの人が訪れる様になった。この嘘のお蔭で廃村の危機は去った様だが、しかし農作物の問題が解決した訳ではない。いつかはバレると思っていたらしいが……奇跡が起きた」
つまりはその奇跡こそ。
嘘から出た真こそ。
「月の満ちたとある日の夜―――見目麗しき女神が舞い降りた」
つかささんは自重する様に笑いながら、淡々と歴史を語る。世の中の因果とは実に不思議だ。例えば神様を信じていない男が、嘘から始まった神の真実を語ったりするのだから。とはいえ、真実に納得出来るかは人に因る。今までの経験から、とてもじゃないが俺は彼の言葉を信じられなかった。
「いや、いやいや! それだと破綻してますよ。命様は偽物の神様じゃありません。だって―――もしつかさ先生の発言が、それとこの本が真実ならおかしいじゃないですか! 嘘から生まれた神様なんて、それじゃ、それじゃ怪異と何が違うんですかッ」
茜さん曰く、怪異とは言霊の上に成立する存在。噂が無ければ成立せず、その存在は言霊によって簡単に塗り替わる。そして神は己自身で己を定義出来ると。ならばつかささんの話はそことすれ違う。己自身で定義出来る、単独で完結した神が噂によって生じるなど、あってはならない事だ。
仮にも崇める神様を偽物と言われたくなくて、俺は彼を論破する事に躍起になっていた。その温度差は誰が見ても明らかであり、きっと落ち着くべきなのは俺の方だ。
「…………違うさ。何もかも違う。確かに最初は嘘から始まったんだろう。だが嘘だとしても、彼等は本気で神様を信仰し奉った。その力があると疑わず、現代に至るまで嘘を見抜かれなかった。神を信仰していたのではなく、信仰から神を生み出したんだ。つまるところ、君の信じる神は創られた本物の神様。その真名を―――常邪美命トコヤミノミコトという」
「常邪美命……? なんか日本神話の神様みたいですね」
「伊邪那岐と伊邪那美の事を言ってるなら、君は実に鋭い。何故ならこの神は伊邪那美を元ネタとする神であり、この山も二人が袂を分かった黄泉比良坂を元ネタにしているんだから。実に笑える話じゃないか。下ろした神が創世神とか、現代じゃ笑い者にされるよ。少なくとも僕は笑うね。大爆笑だ。降霊術でナポレオンを下ろしたと言われた方がまだ信じられるとも」
「何が面白いのか全くわからないんですけど。でも山の方はパクり方が露骨すぎて、現代じゃ簡単に見破られていそうだけど」
「どうやら表向きはあの世とこの世の境目がこの山だったという話もある……という着地点で済ませているみたいだね。それ自体は珍しい話じゃない。他の神話にも良くある事だ。しかし結果論とはいえ自殺の名所になったとは皮肉だねえ。急ごしらえの嘘だったろうに、これも真実味を帯びてしまった」
自殺の名所と言えば、俺は命様の神社までの道中、一度も死体を見た事がない。見たくないから別に良いのだが、何度も繰り返していると、本当にあの山が自殺の名所なのかどうか疑わしくなってくる。だが神社に辿り着けるのが今の所俺だけ(空花は一人じゃ辿り着けない)であるのを考慮すると、自殺の名所という噂自体は嘘じゃない筈。
訳もなく本を見つめていると、当初の目的を思い出した。
「そういえばつかさ先生、『ツキハミ』、または『ツキバミ』についてこの本に何か書かれてませんでしたか?」
「ツキハミ……ツキバミ? ……いや、無かったと思うな。しかし一ページだけ前後の文章が繋がらない所があったから、ひょっとすると抜け落ちたページに書かれているかもしれないな」
結局本を手に入れていたとしても肝心な情報は何も分からなかった様だ。何故か命様の真名やらこの町の歴史やら、知らなくても良い情報を知ってしまった。それと命様の真名をこんな所で知るのは信者としてどうなのだろう。俺は彼女の口から聞きたかった。
間違っても神を毛嫌いするつかさ先生から知りたくはなかった。
「まあその本に書かれていた内容はざっくり話すとこんな所だ。そろそろ幸音君も帰ってきそうだし、君も戻ったらどうかね」
「え、分かるんですか?」
「長い付き合いになると、感覚で分かるのさ。不法侵入については黙っておいてあげるよ。お互い様だしね」
「お互い様?」
「何でもない。早く行くといい」
梧医院から立ち去ってから間もなく、携帯に何らかの通知が入った。またまたメアリから(というより俺とチャットしている奴はほぼメアリだ)であり、今度は正体不明のURLが送られてきていた。それはライブストリーミング配信サイトのURLであり、予約されていた生放送が遂に始まったのだ。
……早くね?
まだ昼だ。月祭りは絶対に始まらない。興味本位で画面を眺めていると、開口一番映ったのはメアリのドアップだった。
「いやっほおおおおおおおおおおお! みんなこんにちはー! 創太も見てるーッ?」
距離にしておよそ三十センチ程度。画面が無いなら互いの吐息が掛かる距離でもある。彼女は画面越しに俺と目線を合わせながら(大いに気のせいだろうが)、僅かに首を傾げてパチリとウィンクをした。
「まだ月祭りは始まりません! ですが、少しでも皆さんにこの町の魅力を伝える為に、雑談放送したいと思いまーす! えへへ……テンションおかしいね私。配信って初めてだから緊張しちゃうな~!」
彼女のフォロワー数は現在八〇〇万。一市長の叩きだせる数字ではない。ここまで来れば一種のアイドルだ。それもかなり性質の悪い。世界のトレンドには当然の様に月祭りが入り、それについて語っている人間の信者ぶりは筋金入りだ。いつものひねくれ者は何処へ行った。ツイーターがメアリへの愛を囁く場所になっている所など誰が見たいのだ。
「あ、こっちの方のコメントは全部読んでるけど、もし私に聞きたい事とか見てもらいたいものがあったらタグに『メアリちゃん○○』ってつけて送ってください~! 全部見るよー、嘘じゃないよー!」
発言の直後から、タグのついた質問が急増。中にはどう考えても日本語じゃない……英語でもない謎の言語(俺は外国語に詳しくない)からも質問が届いたが、メアリは当然の様に言語を切り替えて答えていた。
「…………」
俺は何も言わずに動画を閉じた。こんな配信を何時間もみていたら気が狂ってしまう。月祭りまでまだまだ猶予があるとはいえ、流石に空花も浴衣を購入し終わって、今頃は着ているのではないだろうか。
そろそろ彼女を探そうか。
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