権能振るいし犯人

「奪われた?」


 意味が分からないし、どうして命様の発言を先んじて空花が話すのか、それも分からない。更に言えば空花はそんなキャラじゃないので、混乱が二重に生まれている。


「ちょ、空花? 何でお前がそんな事知ってるんだよ」


「私の家ってちょっと不思議な所だからさ、こういう話なら少しだけ出来るんだー。私の家系でも実際そういう事ってあったから。でも不思議だよねッ、神様の力なんて普通は取れないよー! しかも現代でしょ? 私の家でもそういう事出来るのって碧姉くらいだし……」


「……度々出てくるその碧姉って誰なんだ?」


「私の憧れの人だよ! でも家出しちゃったから今は何処に居るか分からないけどねー。でも碧姉は事情が特殊だから除いた方が良いかな。そうなると現代では一人としてそんな事は出来ない結論になっちゃうね」


「……いや、何も現代である必要はないかもしれないぞ」


「どうして?」


「命様が力を失ったのは昨日今日の話って訳じゃない。何年前から知らないが……人と出会ったのが二百年ぶりなら、二百年前に奪われたんじゃないか?」


 もし命様の力=カリスマ性という前提が成り立つなら、俺の案は正しい。力を奪われたから命様は親交力を失い。今日に至るまで誰一人来ない神社で一人あり続ける事になった。問題は誰が、どういう手段でという空花と全く同じ所で躓いてしまう所だが、一応二百年前なら今程科学信仰は無かったし、可能な人物の一人や二人くらいは居たかもしれない。


 俺達だけで考えを述べても仕方ないので命様に話を振ると、彼女は大層な困り顔で袖から取り出した扇子を掌の上で遊ばせていた。


「うーむ。切っ掛けで言えば創太の方が正しいとは思うがの。しかし妾から奪うにしても手段が分からぬ。全盛期の妾から力を奪うなど生半な術では不可能じゃ。己自身から告げるのも奇妙な話じゃが、神じゃからな」


 そう、神様。現代では滅多にお目に掛かれない神聖な存在だ。視える俺でさえ、命様以外の神様と出会った事はない。人の世が神を必要としなくなった事で消えたのだろうか。いずれにしても、不可視の存在から力=信仰を奪う奴は只者ではない。そんな事が可能な奴が居るとすれば俺の知る限り一人しかいないが、アイツが犯人と仮定した場合俺は自らの立てた前提を否定する事になる。



 そう。犯人がメアリとは考えにくいのだ。



 如何に万能なアイツと言えども、流石に時間には干渉出来ない。少なくともアイツは俺と同い年で、しかも不可視の存在が視えない一般人だ。変事の元凶は大体アイツだが、この件に関しては流石に関与させようがない。


 俺はアイツが嫌いだが、何でもかんでもアイツのせいにすれば良いとは思っていない。


 それはある種の思考停止であり、そんな破綻した人間にはなりたくないのだ。


「…………命様。力を奪われた場合、奪い返す以外の方法って無いんですか?」


「妾の知る限り、無い。当然じゃな、奪われたとは手元に残っていないのじゃから。お金とは訳が違う。お金は元手さえあれば賭博で幾らでも増やせるが、神の権能はその様な俗物的手段では増やせぬし、神自身にさえ生み出せる物ではない。神の力は信仰に宿る。もし奪い返す以外に手段があるとすれば―――それはメアリから根こそぎ信者を鞍替えさせるくらいかのう」


「それーよっぽど考えなくてもさ、無理だよね?」


「まあ無理だろうな」


 全員の意見が珍しく一致した。命様も明言はしていないだけで暗に無理だと言っている。古代であればまだしも、メアリから信者を奪うなど、人間から心臓を奪うに等しい行為だ。まだこの町だけで済んでいるなら良いが、既に隣町にもアイツの影響は及んでいる。俺の知らない内に海外旅行に行っていて、そこでも影響を及ぼしているかもしれない。


 メアリの行動が制御出来ない以上、その解決策の意味する所は全人類に信仰させる事を意味する。他の国はどうだか知らないが、少なくともこの国には信仰の自由というものがある。何もかも上書き出来るメアリはともかく、俺達はその法律に抗えない。


「満月になったら戻るんですよね?」


「うむ。月の光は妾にとって信仰の次に力の源である故な。じゃがあの程度しか戻らぬ。しつこく同じ言葉を繰り返すが、根こそぎ奪われた妾にはそれが限界なのじゃ」


 かなり考えてはみたが、どれもこれも根本的とは言い難い。一番の解決法はそれこそ奪い返すの一点に尽きるのだが、二百年以上前の犯人をどうやって見つけ、奪い返せば良いのだろう。相手が力を奪ったまま死んだなら、早くもこの事件は迷宮入り…………?


「命様。貴方の力を奪ったままそいつが死んだら、その場合はどうなるんですか?」


「その場合は力が拠り所を失う筈じゃ。妾が信者を獲得した時点で戻ってくるじゃろう」


「―――となると」




「「まだ生きているって事?」」



 奇しくも空花と声が被さる。束の間、俺達の間に和やかな雰囲気が流れた。こんな事さえ起きなければ、俺は三人でこういう雰囲気のまま過ごしたかった。しかし、今日はお預けだ。俺の望みが叶う時は力が戻った時……または、命様が本来の力を取り戻す満月の頃くらいか。先はまだ長い。まだ八月の初頭だ。


「…………なあ空花。この手の話に詳しいお前なら、新たな発想とかあるんじゃないか? 俺が考えるとほら、漫画基準になっちゃうからどうしても道理を欠いちゃうかもしれないけどさ」


「気安く言わないでよねー。パパとかに聞いても答えが分からなそうなのに、私一人なんて! そういうおにーさんこそどうなの? 私みたいに詳しい人友達に居ない?」


 俺の友達…………友達と呼べるかは分からないが、頼れる知人はつかささん、茜さんくらいだ。前者は詳しくないだろうし、後者は詳しいかもしれないが怪異だ。神様と同じ括りには入らない。ただ頼るだけで良いならメアリも居るが、あれを友達と呼ぶと俺の中に眠るアレルギー反応が暴走する。却下だ。


「…………一人って数え方はおかしいかもしれないけど、居るぞ。居るけど、居場所がこの町の何処かだから探しようがない」


「む? 何者じゃ?」


「茜さんの事ですよ」


「ああ、あの者か。試しに山を下りて呼んでみたらどうじゃ? 茜は妾と同様お主の事が好きじゃから、飛んでくるやもしれぬぞ?」


「馬鹿言わないで下さいよ。来る訳ないじゃ―――」



『呼ばれて飛び出てなんとやら。やあ少年。お久しぶりとすっとぼけて再会のハグをする事も吝かではないが、幾ら鈍い君と言えども時間感覚は確からしい。そんな悲しい目を向けなくても大丈夫。私だって正常さ。ただ少年とハグがしたかった……それに、何らかの理由を付けたくてね。人間だってそうだろう? 何か理由を付けなくては納得しない。少年が違うなら良いのだが』


『ああ…………ってそんな話をしたくて呼んだんじゃないんですよ!』


『そうかい。しかし呼んでくれたのは嬉しいが、頼りにはならないかもしれないぞ? 勿論、力にはなる。しかしその力をどう扱うかは少年、君次第だ。無駄の生まれない様に、余す所なく私を使ってくれ』



 脳内でふと妄想してみたが、大方こういう流れになるのが既に見えている。茜さんは持って回った言いまわしが好きだ。単に俺と会話したいだけかもしれないが、彼女の言葉を脳内で再現する事ほど簡単な話はない。



『それは褒めているのかい? ―――そう。なら嬉しいよ。また一つ、両想いになったみたいで』



 脳内の茜さんが感謝してきた。


「―――来ますね。多分」


「む? 随分な掌返しじゃな。評価を改める瞬間でもあったのか?」


「いや、単純にそういう人だなって思って。人じゃないですけど。でも茜さんが解決策を知ってるとは限りませんし、今すぐ呼ぶってのは……それって、確実性が無いとお互い無意味じゃないですか」


「それもそうじゃな。しかし妾達だけで知恵を絞ろうともこれ以上の発展は望めそうにないぞ」




「じゃあ今日は遊ぼうよ!」




 話の流れを一変させた空花が、今度は呑気な事を言い出した。


「は?」


 素っ頓狂な声のあがった俺を尻目に、空花は一人で語り倒す。


「今考えても解決出来ないのって、手持ちの情報じゃ足りないからでしょ? 私も定期テストの時はそうしてるよー。だって分からないもんは分からないもん」


「いやいやいや! 定期テストと命様のあれこれを一緒くたにするのは違うだろっ」


「違わないよッ。おにーさんだって知ってるでしょ? ちゃんと勉強しなきゃ定期テストは点を取れない。ちゃんと情報が無かったら命ちゃんの問題も解決出来ない。ほら一緒だ~」


「『ほら一緒だ~』じゃないだろ! そういうのをこじつけって言うんだよ?」


「それにさ、おにーさん一人に私達二人だよ? 遊ばなきゃ損でしょー」



 あ、こいつ裏切りやがった!



 ここに来る前は二人で弄ろうとか言っていた癖に、なんて奴だ。良くない事を吹き込まれた命様は困り顔から一転、俺の方を見、獲物でも見るかのような瞳で口元を歪ませた。


「―――それは名案じゃのう♪」


「ええ! ちょっと、それは無いでしょッ。命様くらいは真面目だと思ってましたよ俺!」


「妾が真面目なものかッ! そんな事も理解出来ずにいたとは信心が足らぬ! 嫌がらずとも良いじゃろう? 女子二人でお主にあれやこれやをするのじゃ。お主も一人の男児なら喜べ」


「そーれーがーだーめーなーんーでーすーうううううう!」


 身を翻し逃げ出そうとした俺だったが、命様に背中からのしかかられ、数秒で取り押さえられた。



「観念せいッ♪」




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