信仰は力に代わる?



 黄泉平山の道を空花は知らない。厳密には俺も適当に上っているだけで知らないのだが、何故か一度も到着に失敗した事が無いので覚えるつもりも無い。現に空花を連れてきた後も問題なく神社前まで来れた。


「空花。お前、気分が悪くなったりしてないか?」


「え、ううん。何で?」


 中学生とは本人の弁だが、心の何処かではそれを信じ切れていない自分が居る。もしかしたら茜さんの様に怪異である可能性が否めなかったので(視える俺にとっては明らかに浮いた格好でもない限り、不可視の存在と可視の存在の区別が付かない)一応尋ねたが、秒で否定されてしまった。やはり本物なのか…………


「ここが命様の神社だ」


「へえ~ここがそうなんだッ。あれ? 信者が私とおにーさんしかいない割にはずいぶん綺麗だね。鳥居は汚いけど」


「俺が頑張って掃除したんだよ。神様は基本的に穢れを嫌うからな。まあ信者の務めだと思ってるから、気にしないでくれ。という訳で階段を上るぞ」


「これ何段あるの?」


「千里の道も一歩からって言うけどな、階段に関しては数えた方が疲れると想うぞ。パッと見だが百段以上あるし」


 他の地方にも階段が無駄に長い神社はあるが、一体何の為にそこまで伸ばしているのだろうか。命様に最初に会った時点で気にするべきだったのかもしれないが、あの時はメアリから逃げたい一心で駆け込んだだけなので、それは結果論に基づく無茶ぶりというものだ。


「う~面倒くさいねー。おにーさんこれいつも上ってるんだ?」


「上り過ぎて慣れたくらいだ。お前も早い内に慣れておかないときついぞ」


 だが、空花は幸運だった。一人で階段を上るのと、誰かと駄弁りながら登るのとではストレスの増加度が違う。気が紛れるかそうでないかの違いだが、たったそれだけでも気持ちは大きく変わる。何度も上っている俺でさえその効果は目に見えて―――否、足で実感した。


「命様ー? 来ましたよー!」


 鳥居を潜り抜けて自らの訪問を知らせる。いつもなら直ぐにでも出てきそうなのに、珍しく反応は無く、彼女の姿は見えない。


「……あれ?」


「どうかしたの?」


「……反応が無いな。急に視えなくなったなんて事も無いだろうし」


 一つ確かなことが言えるとすれば、命様に何かが起きたという至極当然の考察。ここに俺以外の来訪があったとは考えにくいが、かつて来訪者が居た以上は不可能ではない。もしこの世に俺と同じ体質が居るのなら、命様を誘拐する事も十分に可能である。


「…………ちょっと待ってろ」


「あ、待っておにーさん。私も行く! 社の中とか見てみたいッ」


 武器の一つくらい携帯すべきだっただろうか。それとも誰かに武術でも習うか? この現代に武術を教えてくれる老師が果たしているのだろうか。お金を払えば何処かが教えてくれるかもしれないが、俺自身の資産は全て命様の為に使いたい。無料で教えてくれる都合の良い場所、もしくは本人さえ気付かなかった武術の才能を見出してくれる師匠は―――居ない。


「命様ー? もしかして裏ですか?」


 裏で水浴びしていると仮定したなら、諸々の不安は杞憂だ。それならそれで生まれる文句も違ってくるなら、その文句は彼女が無事であってこそなので、今は言うつもりはない。あるかも分からぬ第六感を集中させ、慎重な足取りで社の中へ入っていく。尚、傍から見れば抜き足差し足は不審者の極みだ。


 あけ放たれた扉を超え、ご神体が納められた部屋の襖を開けた次の瞬間。



「創太あああああああああああッ!」



「どわっちッ!」



 横の部屋から壁をすり抜けて命様が飛び込んできた。俺の背後で興味深そうに社の内部を眺めていた空花は、急に吹き飛ばされた俺を見て何を思ったのだろう。


「おにーさん!?」


「空花、ちょっと待て! 今、俺は命様に―――!」


「よよよよよ……よよよよよ…………創太ぁ~! 妾はもう駄目じゃ…………神として在る資格を喪った妾はもう駄目じゃ…………お主が妾の為に身を削って信者を増やそうとも、今の妾には……うううううう!」


「落ち着いてください命様! その泣き方は平安時代ですよッ」


 文字通りよよと泣く女性を初めて見た。首飾り無しの空花には何が何だかさっぱり事態が呑み込めないと思うが、視えている俺でさえ全く分からないのだから無理も無い。この場で事情を説明出来るのは命様だけであり、一先ず泣き止ませない事には二人が只々困惑するだけというシュールな光景が続く。


「落ち着いてください! マジで……もし命様が神様じゃなくなっても、俺は離れたりしませんから!」


「……………ま、真か? 妾に、何の力も無くても、離れない?」


「離れたりしませんよ。俺は貴方の力に惚れて信者になったんじゃありません。俺は貴方が好きです。心の底から……ですから、ね? 信者の目の前で泣いちゃ威厳も糞もないですよ。それこそ神様失格です」


「………………うん」















 



「かはゆい所を見せたのう。もう大丈夫じゃ」


「いや、俺は別に良いんですけど。空花が―――」


「おにーさん、命ちゃん! 私を置き去りにしないでよー!」


「む。そうであったな。ほれ、首飾りじゃ」


 袖から首飾りを無造作に投げつける。軌道も速度も出鱈目で、結果的には俺の方に飛んできた。元々視えている俺が身に付けても仕方がない。突然出現した首飾りに空花は驚いていた。


「ほら、これ付けろ」


「おにーさんは付けてくれないのー?」


「頭から被れるだろ!」


「ふふふふー♪」


 絶えず笑みを零しながら空花は首飾りを装備。周囲を見渡すと、今度は命様を発見出来た。


「あー命ちゃんだー! おはよう!」


「おはよう!?」


 そんな時間はとっくに過ぎているが、この手のボケに一々突っ込んでいたらまた命様が泣きだすかもしれない。俺に泣きついてくるくらいだ、彼女だって一刻も早く誰かに……信者達に話を聞いてもらいたいに違いない。


 多少強引に話を区切ってでも本題に入る。ツッコみ待ちをしていた彼女は不満気に口を尖らせた。


「―――それで命様。急にどうしたんですか? 神様失格~とか言い出して」


「妾が力を失ったのは、信仰心を失ったからじゃ。我々神にとって人々の信仰こそが力の源。それなしには、どの様な大神と言えども―――いや、大神と呼ばれる者は信仰を集めているからこそ、その様に呼ばれている訳じゃが」


 だからこそ現代において神様の名は聞かなくなった。命様も言っていたが、人の世は神を必要としなくなったのだ。この地球において大多数を占めるのは科学信仰を置いて他にはない。科学こそ全てであり、科学で証明出来ないものは何一つとして無く、それ以外はすべてまやかしと考える輩だって少なくはない。それ程極端にせずとも、実りがあるかも分からぬ信仰とは違い、科学は確かに潤いを与える。科学を取り入れたからこそ人々の生活は進歩し、文明は次世代へと繋がったのだ。


 複雑な話ではない。確実に利益が生まれる物を信じるのは人間に限らず生物全てに言える事だ。わざわざ不幸になりたがる奴こそ真の少数派であり、神秘はそういう人間しか救えないのがネックである。


「何が言いたいんですか?」


「お主が信者となっただけで力は戻らなかった。望月の頃は別としてな? しかし今回で空花が信者となってくれた。二人も妾を信仰してくれたのじゃ、多少力が戻っても良かろう。じゃが…………戻らぬのじゃ。僅かな権能すらも、肉体さえも」



 ………………え?



「理由は分からぬが、これで戻らぬのなら何人に増えようとも戻らぬじゃろうな。妾の為に躍起になってくれるお主にこんな事は言いたくなかったが…………恐らく、妾は」







「誰かに力そのものを奪われた…………って事だよね。命ちゃん」


 場違いに明るかった空花の瞳に、一筋の陰が差した。

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