周防メアリは屈したい

 体育館ではキャストも監督も演出もデザインも全てメアリの最上級一人芝居が上映されていた。話の大筋はこうだ。



 ある日、周防メアリが登校すべく外へ出ると、半ば運命的に周防メアリと出会う。メアリはメアリという初めての友達に親近感を覚え、共に通学路を歩く事となったが、二人を待ち受けていたのは学校一番の悪と噂される周防メアリ。メアリは学校で虐められており、他のメアリはメアリに虐められたくないが為にメアリと友達になっていないのだった。メアリがメアリを虐げるその様が一日の始まり。誰もがそれを予感した時、メアリが間に割って入り―――



 俺は何を言っているんだ?



 映画の中に秘密を隠しているのかと思い一時間ばかり真剣に鑑賞したが、時間の無駄だった。キャストがメアリだけなのは無理がある。脳内で文字として書き起こした場合、自分でも果たして何を言っているのかまるで理解出来ない。


 一応整理すると、



 登校したメアリが主人公。


 それと出会ったメアリが便宜上ヒロイン。


 学校一番の不良とされるメアリがサブヒロイン。


 その他のメアリは恐らくモブ。



 という事なのだろうが、如何せんビジュアルが全員同じなので、全く判別がつかない。映画の終盤、メアリとメアリが互いの服を入れ替えて陽動作戦を始める下りなど理解不能だ。服装が唯一の符号みたいなものなのに、それが入れ替わり、あまつさえ同じ顔なのだからそりゃあ陽動作戦は成功するだろう。陽動に引っかかったメアリ少将はメアリ一等兵と共に撤退。メアリ達の町に平和が訪れ、街のメアリ達は口々に―――



 何を言ってるんだ!?



 説明が面倒で、理解するのも面倒で、演技力だけはハリウッドにも通用するが、俺はメアリそのものに欠片の愛着もない。これがメアリの秘密だと? アイツはやはり大ウソつきだ。これが秘密な筈がない。誰がこっそり映画を作っていた事を秘密にしろと言ったのだ。俺が知りたかった秘密とはそういうものではなく、もっと核心的な……アイツの力の正体であるとか、アイツの完璧性であるとか、そういう方向の秘密を知りたかったのだ。


 決して夢中になっているのではなく呆れて物が言えないだけなのだが、信者達は違うらしい。登場人物が一人しかいないのに、小声でひそひそと好きな女優について話しあっていたり、或は号泣していたり、或は拍手していたり。反応は様々だが、一様に肯定的な反応である。


「…………お、おにーさん」


「………………何だ?」


「これ、全然おもし―――」


 すかさず口を塞ぎ、空花を壁際まで押し込む。己の感情に正直なのは結構だが、時と場所を弁えた方が良い。感情をそのまま吐露した瞬間、俺がどんな目に遭ったかを彼女は知っているだろう。あれは俺だから助かったとも言えるし、俺じゃない存在の危機にメアリは絶対に駆け付けない。アイツは俺にだけマッチポンプを仕掛けて、その他大勢には知らんぷりを決め込む真性のクソ野郎なのだから。


「空花。お前死にたいのか? 後ろにも前にも信者が居るんだぞ」


「ご、ごめんッ。でもそのあんまりにもあんまりだから……つい」


 気持ちは分かるし、言わんとしていたであろう感情には全面的同意をする。だが忘れないでもらいたい。外に居る信者達はショーに夢中だから来ないだけ、すり抜けられただけだという事を。ここで信者全員のヘイトを買ったが最後、空花は絢乃さんと同等かそれ以上の酷い目に遭う。言い切ってもいい。


「で、これがメアリさんの秘密なの?」


「んな訳ねえだろアイツ嘘吐きやがったんだよ。真面目に一時間見た俺が愚かだった。まあ合点がいったよ。そりゃあ信者は見に来るぜ。愛しい愛しい教祖様の自主製作映画だからな。しかも誰一人こき下ろせない名作だ。三度の飯より辛口と言う名の悪口が好きな奴もこの映画を前にしちゃあ賞賛しか出来ない。クソだな」


「……? おにーさん。それがどうして名作なの? 批判出来なくてもつまらなかったらそれは名作って言わないと思うんだけど」


「つまらないなんて思ってたら、あんな風に涙流せるか? 話し合えるか? 俺には何か語れる程の内容も見えてこないが、信者には何か感じるものがあるんだ。それと名作ってのは多くの人に認められて初めて名作になり得る。誰一人悪い点を見つけられない、でも褒めるべき点だけは無限に出てくる映画が名作じゃないって言うなら、映画史上に名作映画なんて存在してねえよ」


 敢えてもう一度言う。時間を無駄にした。映画の面白さなどはこの際どうでも良い。せっかく苦労して人の波を抜けてきたのに、得る物がクソ映画と呼ぶのも憚られる究極のゴミ映像な事に俺は怒っている。秘密なんて無かったのだ、こいつには。


 或いは映画全編を視聴すれば分かるのかもしれないが、こんなつまらない映画を信者達と一緒に視聴するなんて正に地獄そのものではないか。映画は変わり映えがしない。いつ見ても変わっていない。変わっているのかもしれないが、登場人物が全員メアリなので分からない。


「帰るぞ、空花」


「う~ん。そうだね。これ以上盛り上がらなそうだし、うん。分かった!」


「……え。何で少し悩んだんだ?」


「おにーさんと一緒に居たらパーティも楽しめるかなあって考え直したりしたんだけどねー。金銭面的問題が解決出来てないからさー。それならおにーさんと外でデートした方が楽しいだろうし、お金も安上がりって思ったんだッ!」


「それは間違いないだろうな」


 デートが楽しいかどうかはさておき、お金が安上がりなのは間違いない。空花の手を引きながら、先程とは逆の過程を経て体育館の入り口前へ。外の観衆達がやけに騒いでいるのを耳にしたので、例によって彼女には目を瞑ってもらい、その矮躯を俺が力いっぱい抱え上げる。



「オラアアアアア! この、この! もおおおおおおおげええええええええええええろおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 観衆達は自力解体に飽きたのか、己の手を汚してでも解体したくなったのか。動物の死骸に群がる虫が如き勢いで男を取り囲み、もう片方の腕をもぎ取ろうとしていた(片腕は自力で切った様だ)。観衆の一人は鑿(工具の一種である)で男の肩を執拗に何度も何度も突いている。またある一人は男の関節を極め、そのままへし折らんと力を込めているし、またある一人は金槌で何度も膝を叩いている。


 男が気絶すればある一人が顔面ストンプをかまし、意識が戻れば再び同じ事の繰り返し。観衆から少し離れた所ではカメラマンと思わしき人間が撮影をしている。


「おにーさんッ」


「何だ? 間違っても目を開けるなよ?」


「開けないけどさ―――凄く、気持ち悪い臭いがする。早く離れて!」


 言われるまでも無い。撮影の邪魔をしようとも責められる筋合いはない。ここで撮影をする方が悪いのだから。


 幾ら空花が軽いとは言っても、人間一人抱えている状況の長期化は必然的に超重量を齎す。にも拘らず、学校を軽やかに駆け下りる俺の身体はその時だけ疲れを知らなかった。



 















「…………はあ。はあ。はあ」


「おにーさん大丈夫? 何か飲み物買ってこようか?」


「俺から離れるな。攫われたらどうするんだ」


「でも人居ないよー?」


 そうか。そうだった。この町の殆どは現在俺の高校に入り浸っている。人が露骨に少なく、ゴーストタウンにも見えるのはそのせいか。これだけがらんとしていると、確かに杞憂かもしれない。


「……んじゃよろしく。我儘は言わないから、何か買ってきてくれ」


「りょーかいッ。心配ならこっち見ててもいいよ? 本当にすぐそこだから」


 元気よく自販機に駆け寄る彼女の背中を見送りつつ、俺は必死にあの映画について考察を重ねていた。あまりのつまらなさに先程は内心激高していたが、彼女が何か意味のない行動をするとは思えない。信者達が映画を見に来たのは真実かもしれないが、それとは全く別に、俺への意図が隠されている気がしてならないのだ。


 しかしどう頭を捻っても出てくる映像はメアリしか映っていない。むしろそちらの方は充実している。し過ぎているくらいだ。メアリのお風呂シーン、着替えシーン、更衣室におけるメアリとメアリの会話…………


 考えれば考えるだけ、意図なんて存在しない気がしてきた。こちらの脳細胞を純粋に破壊しに来た以上に納得の行く理屈が見つからない。もしや本当にそれだけの為に? そこまで悪質な奴だっただろうか。


 悪質には違いないが。


「おまた~せ。はいこれ」


「おう、サンキュ」


 彼女が購入してきたのは炭酸飲料だった。我儘を言うつもりはないと言ったが、お揃いなのが少し気になるが、童貞特有の繊細さには我ながら溜息を吐かざるを得ない。どうせ深い事情などないのだから、気にするだけ無意味だ。


 缶のタブを引き起こし、飲み口を開く。二人ぼっちとは言わずとも、視界の利く限り今は二人きり、それも仲良くベンチに座っている。ドキドキしたいシチュエーションではあるが、それ以上に疲労が邪魔をして、全く緊張出来ない。


「この後どうしよっかー」


「命様の所にでも行くか? そう言えば俺、まだ会いに行ってないんだよな」


「あれ、そうなの? 結構意外だなー。おにーさんなら毎日直ぐにでも会いに行くと思ってたんだけど」


「メアリが市長になったなんて情報信じられる訳無いだろ! 命様に会いたい気持ちが全部吹っ飛んじまったんだよ…………結果だけ言うと、最悪手ばっかりだな。アイツの秘密が何かってのも全然分からなかったし。まあ多分嘘だろうけど。俺の手がアイロンで焼かれただけだ」


 飲料で言葉を区切り、空花を一瞥。改めて彼女の全身を見て、ポツリと呟いた。


「―――まあ、お前の私服が見れたから、イーブンって事で」


「え? そんな事でイーブンなのッ? おにーさんにとって私の服ってそんな大切ッ?」


「そんなつもりはないんだけどな…………まあ、胸触っちゃったし……終わってみればイーブンだったって事で良いじゃないか。落ち込み続けるのもアレだしな」 


 疲労困憊の中、ポジティブに振舞おうとしたのが仇となった。空花は途端に口元を歪ませると、蠱惑的な視線と共に前傾姿勢のまま急接近。炭酸飲料を零しかねない事情も相まって、俺も満足に逃げられない。間もなく二人は密着し、俺は逃げられなくなった。


「あーーーー! そうだッ! おにーさん私の胸触ったよね! あれ? もしかして恥ずかしがってる?」


「そりゃあこんな状態になれば誰だって照れるよ! 悪かったな、恋愛経験ゼロのチョロ甘野郎で!」


「アハハ! おにーさんって可愛いね! ね、もう一回触ってみる? それで感想聞かせてよッ!」


「拷問かっ! 茜さんも命様もメアリもつかさ先生もそうだけど何で全員俺を弄りたがるんだよ! 特別面白い反応とか出来ないし、その誘惑に乗ったら俺は社会的に終わるんだよ!」


 元々社会的に終わっているとツッコむのは禁止だ。


「ん~。それが私にも分からないんだけど。おにーさんにもそういうの分からない? 理屈はつけられないけど、弄ってると楽しい人が居るって」


「それは被害者に加害者の気持ちを理解出来るだろって言う様なもんで―――ああでも、命様を弄るのは面白いかも」


「でしょでしょ! 命ちゃんも純粋だから面白そうだよね! あ、そうだ。今度……ううん。今から命ちゃんの所に行って二人で弄らないッ? 絶対面白くなるよー!」


「お前なあ…………」


 缶の中身を一気に飲み干して、後ろ手でゴミ箱の中へ捨てる。一息の後、俺は目を輝かせて頷いた。



「面白くなるに決まってんだろ!」



 疲労を経た事で、一転して俺はハイになった。今なら空花のテンションの高さにも問題なくついていける。むしろ俺がリード出来るくらいだ。


「おにーさんノリいいねー! じゃあどうやって弄ろっか?」


「それなんだよなあ。どうするか―――空花。近い。ちょっと離れてくれ。俺の社会的倫理観が機能してる内に」


「ダーメ♪ 信者同士仲良くしよーよ! それにおにーさん倫理観がどうこう言ってるけど、十六歳と十四歳じゃ二歳しか違わないんだよ? ほら、健全!」


「何が!?」


「年の差に決まってるじゃんッ!」


 そういう問題ではない気がするが、また一人弄り要員が増えたという事で受け入れるしかなさそうだ。


 こっちはこっちで酷い目に遭っているが、メアリとは違って凄く楽しい。何故だろうか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る