世も(終)末

 多目的室を訪れた俺達を歓迎したのは、耳が腐りそうな歌詞と鼓膜を破りたくなる大音声。開けて数秒で俺は教室の扉を閉めて、空花を制止させた。


「ここじゃない」


「え? ここ多目的室だけど?」


「ここは黒魔術室だ。多目的じゃない。あんな破滅の歌が流れて良い筈がないんだ」



「多目的室だよーーーーーー!」



「うわああああ!」


 後ろ手で扉を閉めていたのに、メアリは容易く扉を開けて元気いっぱいに俺達を歓迎した。両手を挙げて、溢れんばかりの笑顔を俺達に見せる。空花の存在には気が付いている様だが特別な反応は見せない。変わりに俺へ向けて改めて艶笑を浮かべた。



 ……全く色気を感じない。



 そういう色っぽさを俺に見せたかったら命様から勉強してくると良いだろう。この人間もどきがそんな笑みを浮かべても気持ち悪いだけだ。艶笑ではなく歪笑と表現した方がメアリにはぴったりだ。


「創太、いらっしゃい! 本当に来てくれるなんて思わなかったッ。嬉しいな、うふふ!」


 私服の学生しかいない中、メアリだけは制服姿である。普段は気にもならないが、今日ばかりは少し浮いている。容姿端麗という意味では元々浮いていたから誤差に過ぎないが。


「お前記憶喪失か。ん? 俺だって来たくなかったよ出来る事ならなあ」


「私強制して無いよ? 無理やり誰か来させてもその人が楽しめないでしょ?」


「事実上の強制だろうが! お前……何処まで見抜いてんだよ、こっちの動きをよ」


「何の事? とにかく来てくれてありがとねッ。今日は一日中楽しんでよ! ……でも私の就任祝いなのに、皆が楽しむってなんかヘンだよねッ」


「ああ、変だよ。変過ぎて気が狂いそうだから今すぐ終了しろ! そもそも何だこの部屋から聞こえてくる悪魔の雄叫びは!」


「校歌だけど?」


「校歌!?」


 だとしたらセンスの欠片も無い。個人的には元の校歌でさえセンスが無いと思っていたが、とはいえ同じ括りにされるべきではない。元の方には少なからず意味が込められていただろうし、俺の好みではなかっただけで、ひょっとしたら好きな人間も居ただろう。一方でこの歌はどうだ。歌詞に込められているのはメアリへの賛美だけ。一番も二番も三番も方向性は全く一緒だ。心に響くメッセージ性というものは何も無い。強いて言えば賛美。強いて言わなくても賛美。



 賛美、賛美、賛美、賛美、賛美ッ、賛美! 賛美!!



 こいつらには自分達が狂信者という自覚は無いのだろうか。無いのだろう。あったらこんな真似は出来ない。


「何でお前が校歌作ってんだよ!」


「あれ、言ってなかったっけ? 今日から私が校長になったんだ!」


「は? はあッ? おま、在籍してる高校の校長になるって…………はあ!?」


「そんなに驚かないでよ。私だってこんな事になるなんて思ってなかったもん」


 メアリが言うには先生陣から是非にと言われ、仕方なく引き受けたそうだが、真っ赤な嘘だという事がお分かりいただけただろうか。


 信者共は基本的にメアリに対してどんな形でも行動を操作しようとはしない。たとえ提案という形でさえも、彼女からそうしろと言われない限りはしない。アイツ等が自発的に出来るのは全肯定だけだ。もし提案していたら、それは元々メアリにその気があって、信者共がその気持ちを汲み取っただけに過ぎない。


「因みに作詞作曲は?」


「何か偉い人」  


「何かって何だよッ! ちゃんと名前を覚えろ!」


「だって校歌なんて興味ないし。それよりも私はしたい事があるんだよねー」


「……一生体育祭とかするなよ?」


 清華の学校は今も体育祭をしている。明日も、明後日も、明々後日も体育祭を執り行う。清華含めて在学生は卒業もしないし退学もしない。体調を崩しても恐らく欠席はしない。幸音さんは医院に居たが、彼女はもう学校には行っていないのだろう。


 怒るつもりはなく、むしろ賢明だと讃えたい。学び舎の意義を失った学校に行く意味など無いのだ。信者共はメアリを信ずるが故に、その命に従う事にこそ意味を見出しているが、そうでない者に付き合う義理は無い。しかしあの気が弱い彼女にそんな決断が出来るとは考えにくいので、つかささんが行かせない様にしたのか。


「そんな事しないよー。創太は私を何だと思ってるの?」


「とんだクソ野郎」


「酷い事言わないでよ。私がいつそんな事したの? 嫌いだって言うのは勝手だけど、クソってのは少し違わないかな? 私はみんなも楽しめる様にって色々やってるだけだし。ほら、みんなも感謝してる」


「あーはいはいそうですか。で、やりたい事って何だよ。返答によってはお前をぶん殴る」


 仮にもう一度、メアリを泣かせてしまう様な事になったとしても、行動に悔いは無い。イジメられる側にも原因があったからと言ってイジメて良い事にはならないが、メアリの場合は一〇〇パーセントの確率でメアリに問題がある。むしろ一発殴るだけで終わらせる俺に感謝するべきなのだ、彼女は。


「んーとね! 創太は学校好き?」


「嫌いだよ。お前が居るからな」


「そうだよね、学校ってあんまり好きな人いないんだよね。私は好きだけど、個人の感想だもん、押し付けるつもりはない。それでね、アンケート取ったんだけど、学校自体が好きって人は一六パーセントくらいしか居なかったんだ!」


 人の話を聞けよ。


 まあこいつが人の話を聞くくらい融通の利く奴だったらここまで社会は荒らされていないのだが。


「私ずっと言ってると思うけど、世界中のみんなと仲良くなりたいの! みんなが手を取り合って生きていける社会って素敵でしょ?」


「それ自体はな」


「だからまず、この町のみんなで達成したいの! 手を取り合える社会は可能だって、理想論なんかじゃないって! それで最初に考えたのが、学校を楽しい場所にしようって案なんだッ」


「…………楽しい場所? 学校は楽しくないのが基本だろうがよ」


 勉強が好きな人間は稀有だ。理由は様々だろうが、やはり強制されるのは子供にとって嫌われる要素になる。親、先生、社会そのもの。ありとあらゆる方向から勉強しろと強制されるのだから、嫌われるのは道理というか、むしろ好きな人間は強制されなかった、強制されるまでもなく好きだったのだろう。


「でしょ? そう思うでしょ? でも私が校長になったからにはそんな学校とはもうおさらば! みんなが毎日来たくて仕方なくなるような素晴らしい学校を作る! 言い切った!」


 こいつへの嫌悪感はさておき、そんな学校作りは世界平和以上に不可能だと言い切ろう。世の中には様々な人間が居る。メアリに対する認識は統一出来ても、学校に対する認識は統一出来まい。この二文字を利くだけで鳥肌が立つような、或は動悸が止まないような、そんな人だって極少数ながら存在するのだから。


「具体的には?」


「うふふ、創太にだけ特別に教えてあげる! まず授業を廃止するの!」


「待て待て待て待て!」


 初っ端から学び舎を全否定。この時点で学校が成立しないので学校作りは失敗だ。全力で声を張ったつもりだが、多目的室の奥から聞こえる校歌に邪魔されメアリには届かなかった。野球部の奴らが声を出しているのか、張り裂けんばかりの音が非常に耳障りで、鬱陶しい。


「あ、校歌はどうでもいいって言ったけど、ほら、校風って大切でしょ? やっぱり部分的に前のが残ってるってのも変だし。だから校歌を変える事になったんだけどー」


「―――って聞こえてんじゃねえか! お前認めたな? 人の話を聞いてないのばらしたよな? 今までだって何度も俺を無視したよな? なあ認めたよな? 自分の話押し付けて一ミリも話聞いてない事実を認めたよな?」


「それで次はクラス制度も無くそうと思ってる! みんな一緒の教室にするんだ! そしたら全員と仲良くなれるでしょッ」


「…………はあ。因みに先生達は?」


「雑用」


「は?」


「雑用」



 …………。



 教師が雑用?


 何かの聞き間違いか。


「雑用って、具体的には」


「トイレ掃除とか、廊下掃除とか、窓掃除とか、とにかく一日中この校舎を手入れしてもらう予定ッ。やっぱり校舎が綺麗だと来る人も気持ちいいよね! 創太もそう思うでしょ?」


「お前教師って言葉の意味考えてみろ。何で指導しないんだよ、百歩譲って用務員の仕事だろうが」


「だって授業無くすのに、何を教えるって言うの? ちゃんと話を聞いててよッ」


「お前がまず俺の話を聞けよ! そりゃそうだがな、しかしそんなもん生徒に任せればいいだろ。今までだって掃除してきたじゃねえか」


「革新的でしょ!」


「馬鹿丸出しって言うんだよ」


「掃除なんかして楽しいって人少ないし。先生達も快諾してくれたからこれは決定! 校長の私に全ての決定権があるのです!」


 教育委員会などの外部組織に一切触れられないが、校長の権限を遥かに上回る自由を行使するメアリを見ていると、懐柔された事くらい容易に想像が付く。PTAは要するに保護者組織なので論外だ。メアリの前ではどんな保護者も忠犬になり果てる。


「……で?」


「今の所はここまでしか考えてない! いやー校長ってほんとに大変だね! でも安心して、大変なのは私だけで、創太達はこのパーティを楽しんでればいいから! あ、そうだ。第二部も参加する?」


「第二部?」


「深夜帯の事だよ。みんなでカクテルパーティするのッ。今日はみんなで羽目を外そうって話になってねッ」


 未成年飲酒は違法なのだが、もう突っ込む気力さえ起きない。これ以上コイツに関わっていると頭がおかしくなりそうなので、さっさと本題に入ろう。


「なあメアリ。パーティ来たんだからお前の秘密とやらを教えろよ。その為に俺は来たんだ」


「え―――ああ、それね。体育館に行けば分かるよ」


「体育館?」


 あの行列が尋常ではなかった場所に行けというのか。俺が公認の嫌われ者だから楽には行けるだろうが、物理的に避けられないと言う場合は、俺でも通行止めを喰らうしかない。そもそも行列を無視して歩く俺に誰かがキレてリンチに遭うかもしれない。


 今行くのは、得策ではなさそうだ。


 参加するつもりはなかったのだが、暫く時間を潰す目的で、パーティに参加するとしようか。


 空花の手を引いて俺が足早に立ち去ろうとすると、メアリが教室の反対側から飛び出してきた。


「待って!」


「まだ何かあるのか」


「その隣の子―――」










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