冥々祭々

 もう何度言ったか分からない。それでも敢えて言わせてもらう。



 頭がおかしいのか。



 俺の学校で何が起きたのか、忘れたとは言わせない。他ならぬ実行犯が何をとち狂ったらそこをパーティ会場に出来るのだろう。文化祭じゃあるまいし、あって無いような校則と言えども校則は校則だ。一学生が勝手に催しを開くなど普通は考えられない。聞き齧った知識だが、学校には学期ごとに修めなければならない単位があるらしい。だから勝手に平日を休日にしたり授業を潰したりすると、困るのは自分達だ。夏休みや冬休みといった長期休暇の一部を奪われるのだから。


 尤も、メアリには関係ないのだが。


 彼女の意思に従う事はこの世の何事をも上回る最優先事項であり、そこには法律も倫理も介入出来ない。そんな下らないものに従う奴は今となっては俺くらいだ。


「おにーさんッ、お待たせ!」


「おお、来てくれたか。なんか、ゴメンな。本当はお前にも信者勧誘をしてもらいたいんだけど……ていうか、夏休みは命様と一緒に居たかったんだけど!」


「いーよ、気にしないで。友達でしょ?」


 一人で行くのはリスクが高い(アイツが何もしてこないとは考えられない)だろうと思い、震えが収まった後、俺は空花に電話を掛けてデートに誘った。ここだけ切り取れば恋愛経験豊富な高校生、または交友関係の広い男だが、こちらにデートのつもりはない。飽くまで便宜上、そして客観的に見た場合にそうなるだろうという予想だ。主観で言わせてもらうと、どちらかと言えば道連れを用意したつもりだ。


 さて、デートは便宜上なのでこちらは特別お洒落をしなかったが、空花は片側しか肩にかかっていない白のトップス(ワンショルダーというらしい)にデニムのショートパンツと、しっかりお洒落してきた。実に夏らしい格好だが、俺にとっては猛毒だ。耐性、または経験のない人間であれば誰しも俺と同じ感想を抱くであろう。



 中学生がして良い格好ではない。



 年齢詐欺を疑うレベルで発育した胸は、視覚的に見ても一種の凶器だ。その膨らみだけでどれだけの妄想を行えるか知らないのだろう。こちらに駆け寄って来た時の揺れ方。胸を盛っているとしたらあり得ない揺れ方だ(盛るにしても限度があるから流石に本物だと分かっているが)。


 また、生地が片方にしか掛かっていないとは言ったが、もう片方には生地の代わりに紐が掛かっている。しかもその紐、服の内側に伸びている。


 何より彼女の着ているトップスは少し変わっていて、脇腹の部分にレースが掛かっている。だから多少目を凝らせば見えるのだ。この世のものとは思えぬ曲線美が。


「…………な、なあ」


「ん。どったの?」


「お前、本当に年下か?」


「年下だよ~。じゃあ一応確認しよっか? おにーさん何歳?」


「十六歳」


「私十四歳だから―――ほら、年上じゃん? ま、もし年上でも、今更敬語とか使わなくていいからね」


 そういう問題じゃない。年下の癖にこんな煽情的な身体を見せつけてくる事に問題があるのだ。本人の言葉を受けて尚、俺は彼女を年下と理解したくない。理解したら色々と手遅れになってしまう気がする。遥か昔の頃なら成人と呼ぶに相応しい年齢だったろうが、現代では未成年も未成年。本人の能力とか発育とか関係なく、中学生は未成年だ。



 …………大丈夫だよな、俺の理性。



 彼女の水着を見て何もせずに済んだのは、それ以上にメアリが関わってきたからだ。今度は俺の方から関わるのだが、ビーチに行った時とは違い、空花はずっと傍に居るだろう。傍に居てもらわないと守れない。


「そ、それじゃあ行くか」


「うん! デート開始だねッ!」


 …………


「なあ空花」


「何?」


「声高々とデートって言うのやめないか? 何かいけない事してるみたいで」


「そう? 別に恋人同士じゃなきゃデートは駄目って決まりはないんだし、行先はパーティしてるんでしょ? ならデートじゃない!」


「いや、まあうん……ああ、もういいや―――行こうか、デート」


 これ以上デートについて言及するといよいよ彼女の事を意識しているみたいに思われかねない。赤面も程々に俺達はパーティ会場へと向かう事になった。会場が学校であったのは幸いだ。もしこれが学校以外の何処かであったなら、俺は行くに行けなかった。因みに空花を誘った理由は、俺と同じくメアリの影響を受けないからである。


 清華も影響を受けていなかったが、あれはどういう理屈なのか一切説明が出来ない。一方で空花は俺と同じ原理かという所まで遡ると相違点は生まれるものの、数少ない味方で可視の存在だ。どんな方法で選択しようとも、最終的には彼女になってしまうだろう。


 他に理由があるとすれば、信者同士仲良くなりたい。下心が全くないとは言わないが、俺は命様の事が好きだ。普通に仲良くできるとは思う。間違いは起きないと信じたい。


「そういえばメアリさんって市長になったんだって? あっちこっちで特集が組まれてたよー」


「ああ、それか。反メアリ派ってのを鎮圧した成果らしいが、実際どうなんだろうな。成果があっても無くても、アイツがその気になれば市長なんて簡単になれるし……」


「そーなんだ。私メアリさんの事良く知らないけど、市長ってもっと段階とか踏むんじゃないの?」


「……そう言えばお前、メアリの事何も知らないんだったな」


「うん! でも命ちゃんに少しだけ聞いたよ。おにーさんがどんな目に遭ってきたのか、どうして目の敵にしてるのか~って」


 己の正しさを証明する為にも説明を求められれば何度でもする気概であったが、我が神が事前に説明していたらしい。恐らく俺が眠っていた時だろう。手間が省けて本当に助かる。流石は命様だ。メアリよかずっと気配り出来ている。


「それで、どう思った?」


「ん~。難しい事はよく分かんないだけどさ」


 空花は無自覚にか俺の腕を胸に押し当て、莞爾として笑った。それは俺と言う名の宵闇を照らす太陽の様であった。


「元気出してよッ。私もおにーさんの味方だからさ!」


 命様も、茜さんも、空花も、優しすぎる。


 世界のはみだし者に過ぎなかった俺を輪で囲み、君は一人じゃないと慰めてくれる。その優しさに、俺はどれだけ救われているか。生まれた時から視えてはいけないものが視えたせいで、この力を恨んだ事は確かにある。それでも、今は感謝しかない。


 本当に、本当に、本当にそう思う。この力が無ければ俺はメアリに屈していた。間違いない。意地とかそういう問題ではない。生物種としての弱さだ。人はどれだけ強かろうとも孤独には絶えられない。メアリを嫌い、信者を侮蔑する俺が孤独になるのは時間の問題だった。この力はそんな俺に、二度とは恵まれぬ縁を与えてくれたのだ。


 もしも来世があるのなら、きっと不幸になるだろう。何の疑いもなくそう思えるくらいの幸運だ。本来の意味でも、美人ばかりが周りに居るという点でも。


 メアリは人間ではないので除く。


「所でさ、市長の就任パーティって何やるんだろうね。しかも何処かのホールじゃなくて学校なんでしょ?」


「俺も分からんが、アイツは基本パーリーピーポーだからな。文化祭もどきをやってるんじゃないか。市長になった以上はこの町の奴ら全員参加するだろうし、大盛況だろうよ」


 半ばヤケクソ染みた読みは寸分の狂いもなく的中していた。学校へ続く坂道から伸びる膨大な人混み。特別規制は掛けられていないが、だからこそ長蛇の列を作っている。俺も空花も、その人口密度には言葉を失ってしまった。


「え…………えー? こ、この人数って、まさか町内全員なの?」


「全員って訳じゃないだろうがな。まあ家庭の事情とかやむを得ない事情の奴は行ってない筈だ。別にアイツは強制してないしな。だから自主的に来たと考えて…………どう少なく見積もっても九割以上来てるな」


「この町の人口って何人?」


「んな事知るか。何人だったとしても、うちの学校は集団投身自殺があって、まだ血の臭いも抜けてない筈なんだ。それを無視してまで来てるんだから筋金入りの信者だろうな」


「え、集団投身自殺!?」


 ニュースでさえ聞き慣れない単語に空花は絶句した。間抜けに開いてしまう口を咄嗟に手で覆い隠すも、彼女の双眸は驚愕の余韻を残している。それがほんの少しだけおかしくて、俺はついカラカラと笑ってしまった。


「俺はほぼ当事者だ。主犯はメアリ。直接手は出してないけどな……ほんと、イカれてるよ」


「やってる事滅茶苦茶じゃんッ! 警察呼ばないと!」


「この町の警察無能だから呼ばなくていいぞ―――おい、マジで呼ぼうとするな! アイツ等無能通り越して有害だから呼ぶな!」


 即断即決は結構だが、この場においてそれ以上の迷惑は無い。普段から警察を呼んでいるのだろうか、全く無駄のない動きで取り出された携帯を、俺はすぐさま抑えつけて、彼女の手ごと握り込んだ。


「空花。お前が見て来た警察はどうだか知らないが、俺やお前とは訳が違うんだ。呼んだ所で捕まるのは俺達だぞ」


「え、何の罪で?」


「一回捕まった時は公務執行妨害だったかな。その時は警察官数人に警棒でメタクソに叩かれて気絶した」


「…………ええ」


「大分昔の事だけどな。全身八か所を骨折してた気がするぞ」


 要するに平常運転だ。彼女に自制心を植え付ける為に敢えてエピソード仕立てにしているだけ。実際の所はメアリ信者に叩きのめされた回数など一々数えていない。それくらいリンチされているし、酷い時には一日三回はリンチを喰らう。それで本当に死にかけると、本人が登場して収束。


 ……今考えても、やっぱ都合が良すぎるよなあ。


 狙ってなければ奇跡だが、奇跡の無駄遣いなので、どうか予定調和であってほしいものだ。そうであったなら、俺は今まで以上に遠慮なくアイツを憎める。


「……そういえば、どうしようね。こんなに人が居たらメアリさんの所に行けなくない?」」


「あーそれは…………いや、大丈夫だ。多分同級生権限で押し通れる」


「高校生に権限とかある訳?」


「一ミリも無いが、俺に触られたくないと思ってる奴等は案外多いからな。勝手にどいてくれるだろ」


「それ、権限じゃないんですけどー」


 ツッコミをスルーしつつ、俺は後ろから彼女の背中に手を回して、抱え込む様に空花を引っ張った。


「流石に密度が高すぎる。俺から離れたら絶対合流できないからそこは気を付けてくれよ」


「はーいッ」


 彼女の胸が腹部に当たっている。この状態で膠着させるのは危険なので、さっさと入ろう。俺以外の特例を見た時のメアリの反応も気になる。 








 

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