俺が唯一視えないもの
「ま、まさか貴方―――メリーさんですかッ?」
血塗れのコートは着ていないが、赤白い瞳がこの地域に早々居るとも思えない。正体不明の人物は諦めた様にフードを取ると、朱色の髪の毛が露わになる。鮮血を染み込ませた様なその色は、月光を反射して明るく輝いていた。
「メリーさんなんて、『視える』ならそんな事をいうのは止めてくれ。実際、私はもう都市伝説じゃないんだ」
「都市伝説じゃないって……どういう事ですか?」
「君の『視る力』は単に不可視の存在との境界を破る力ではないという事だ。先程私は怪異が言霊を起点に生まれると言ったね。そして存在が不安定であるとも言った。つまりだよ、怪異の姿は千差万別。それが何故かと言われたら、確固たる起点がないからだ。神様には神様の姿がある。幽霊には幽霊の姿がある。しかし怪異には一定の形が無い。全て言霊によって決まる」
「……はあ」
「でも、私の姿が噂と違うって言いたそうだね。しかし君は、聞いた噂が必ずしもそのまま流れ続けると思っているのかな? 少なくとも血塗れのコートなんてものは、思い違いや盛り方次第でどうとでも変わるものさ。つまりはそれくらい不安定なんだよ―――今まではね?」
「……今までは?」
「それがお主の力という事じゃよ、創太ああああああ!」
「命様……話に混ざらなくても大丈夫ですよ」
どうやら我が神は俺の力とやらに最初から心当たりがある様だ。公園のジャングルジムは知らないのに、知識が偏り過ぎではないだろうか。幾ら二百年以上も人が来なかったからって限度が…………
もしかして命様が崇め奉られていた昔にも、同じような人間が居たのか?
どれくらい前かは知らないが、もしかすると俺の前世という可能性も無くはない。
「君の『視る力』は形を与える力。神様は己自身で己を定義出来るが、怪異は君の観測でのみ定義される。私の存在は今まで不安定だった。幾度となく姿が変わっていって、また幾度となく話が変わった。でも君に観測された事で、もう二度とこの姿から変わる事はない。私はメリーさんなどという都市伝説から独立出来たんだ。君のお蔭でね」
そこまで言われて、ようやく納得がいった。都市伝説ではないだの、今までは都市伝説だっただの言っている事が全く分からなかったが、俺が『視る』事で存在が安定したという事なら今までの発言は理解出来る。
具体的な原理はともかく、俺がメリーさんを捉えた事で彼女は怪異でありながら言霊を起点にしなくなったのだ。より正確に言えば、彼女は今まで言霊を起点にしていたが、俺が彼女を『視た』事によって存在の起点が言霊ではなく『俺からみたメリーさん』に映った。だからもう噂によって姿が変わる事はないし、変わらないのなら彼女は最早メリーさんではない。メリーさんだった怪異だ。
……合ってるよね?
「―――所で同一視が危険ってのがやっぱり分からないんですけど。『視る力』の本質がそれなら、神様や幽霊には何の影響もないじゃないですか。何が危険なんです?」
「神様や幽霊には何の影響もない、確かにそうだね。君の言いたい事は分からなくもないとも。ああ、そうさ。影響があるのは私達で、君達生者には何の関係もない。だけどそれこそが問題なのさ」
「ハッキリ言ってもらっていいですか! ただでさえ回ってて酔いそうなのにそんな回りくどく話されたんじゃその内吐きますよ!」
「おっと私の悪い癖だな。ならば率直に言おう。一度君によって『視られた』怪異は二度と消えなくなる。神と同格になってしまうんだ」
それはハッキリと率直に言われるには、あまりにも非現実的というか……これまでの宗教に喧嘩を売るような話だった。
言霊から簡単に生まれてしまうような存在が、俺の力一つで命様と同格になるなんて、信者の視点からしても信じられない。だがメリーさんがこの状況で嘘を吐くメリットは考えられない。お互い初対面で、信用もクソもないだろうし。
「言霊から生まれる様な奴は大概碌でもない奴等ばかりだ。君の観測によって存在を保障された怪異が神様を殺してみろ。もれなく邪神の誕生だ。何故邪神になるか分かるかい? 分からない筈がないね。君はこの世が悪意に満ちている事を知っているんだから」
まるで俺の事を見透かしている様に微笑むメリーさん。だがその発言は一概に間違いとも言い切れず、苦々しい表情を浮かべる事しか出来なかった。まさしくその通りだ。この世は悪意に満ちている。多数派が正義であり、少数派は悪。メアリを嫌っているというだけで、俺はこの世の悪を背負ったが如く罵られ、嫌われ、つま弾きにされてきた。
都市伝説に限った話ではないが、恐怖とは即ち不安。ネガティブな感情から成立する。それをもたらす言霊が悪意に満ちてなくて何に満ちているというのだろう。それを起点にする怪異に悪意があっても、何ら不思議ではない。
「おおおおおおおおッ! おおおおおおッ?」
命様は俺の進言通りジャングルジムを楽しんでくれている。神様としての威厳は愛くるしさに移ってしまったが、それでも神様は神様だ。命様を怪異に殺されたら―――俺は――――――
「―――メリーさん。まさか貴方、命様を殺す気ですか?」
「ハハハ。それこそまさかだよ。私にその意図はない。もしそのつもりならこんな親切はしないし、そもそも手を出す神がねえ……」
メリーさんの視線が命様に移る。その表情はかなり渋く、まるで命様を危険物か何かと勘違いしているみたいだった。まあ可愛すぎるという意味で危険物ならば正論だが、もし言葉通りの意味なら、的外れも良い所だ。命様程無害な神様も中々居ない。主観抜きにしても、信者が一人しかいない神様の力などたかが知れている。
「……命様ほど、警戒心が薄くて無防備そうな神様っていないと思うんですけど」
「ともかく手を出そうなんてつもりは毛頭ないから安心して欲しいな。私は君に感謝しに来ただけなんだから」
「感謝?」
「そう。感謝。都市伝説として人に振り回される事にはそろそろ嫌気が差してたんだ。私を観測してくれてどうもありがとう。これからは静かに過ごすとするよ。もう二度と会う事は無いと思うが、どうか息災で」
メリーさんがジャングルジムから手を放す。凄まじい勢いで回転していた遊具は力が掛からなくなった事により、その回転を徐々に弱める事となった。そうなっては流石に命様も夢中になるのをやめて、こちらのやり取りに意識を向けた。
「む、話は終わったのか?」
「あお、終わったとも、█████████。すまなかったね、時間を取ってしまって。大丈夫、これ以上時間は使わせないとも。では」
……今、何て言った?
俺の前では急に姿を消すという芸当が出来ないので、至って普通に身を翻し、公園から出ていく。
「もし次に出会う機会に恵まれたなら、私の事は茜と呼んでくれたまえよ」
ジャングルジムの回転が止まる。同時に満足した、と命様も遊具を下りた。どうしてわざわざ人名じみた名前で呼ばせたいのか分からないが、呼べというなら呼ぶとしよう。それなりに田舎と言ってもこの町は広いので、二回も遭遇する事になるとは思わないが。
「うむ。次はどの遊具で遊ぼうかのッ」
「まだ遊ぶんですか……町案内は?」
「それも大事じゃが、妾は遊びたいッ!」
メリーさん…………茜さんが公園の出口に差し掛かった時。または命様が平常運転を続けようとした時、それは起こった。
「あれ? 創太じゃんッ!」
丁度茜さんとすれ違う形で、周防メアリが俺の下に近づいてきた。先程の位置と公園とでは随分な距離があるが、何しにここへ来たのだろう。
「やっほー創太。何で公園に居るの?」
「……別にどうでもいいだろ。お前は何しにここへ来た」
「メリーさんを探してるんだッ! でも何処にも居なくてさ、皆で手分けして探そうって事になったの。でもこれが全然見つからなくてさ……何処に居るんだろ、メリーさん」
さっきすれ違ったぞ。
「創太って確かそういうの見えたよね。協力してくれない?」
「断る。これから家に帰る所だ。誰が好きこのんで怪異を探さなきゃならないんだ。お前がお金でも積んでくれるならまだ考えなくもないけどな」
「え、いくら?」
「十万」
「うん、分かった。ちょっと待ってね、今財布出すから―――」
は―――?
え? え? え? え? え? え? え? は?
こいつ、マジで出す気なのかよ。
まさかと思い、静観を決め込んだのは悪手だった。宣言通りメアリは財布を取り出すと、躊躇なく十万円を中から引き抜き、俺に渡してきた」
「はいこれ、十万円」
「………………お前には、お金の大切さが分からないのか?」
「失礼な言い方しないでよッ。私だってお金は大事なんだって分かってる。でも一度くらい幽霊って見てみたいじゃん! 創太が居れば幽霊が見える気がするし、そう考えたら十万円くらいなんて事ないよ!」
はい、と改めて突きつけられる。どうにも説得できる気がしなくて、俺は黙って彼女の手ごと十万円を押し退けた。
「あれ、要らないの?」
「よく考えたらお金に困ってないし、積まれても困る」
「え。じゃあ何でさっき用意すればなんて言ったの?」
「うっせえ! 嫌なもんは嫌なんだよ、探したくねえんだよ。分かったらさっさとどっかいけッ、ここメリーさんの出現場所じゃねえんだから!」
命様が遊ぶ気満々なので、俺はこの場をどうしても移動出来ない。だから嫌悪感丸出しに、露骨に敵意を見せて追い払おうとしてるのに、メアリは全くその場から動こうとしなかった。
「ねえ、前から思ってたんだけど、創太って時々機嫌悪いよね」
「は? お前喧嘩売ってんの? お前と一緒に居るから機嫌が悪いんだよ」
「うーん。私は創太と一緒に居ると楽しいよ」
「お前とそんな長い時間一緒に居た事あったか?」
「あれ、無かったっけ? あはははは! 勘違いしてたかな。でも創太と一緒に居ると楽しいのはほんとだよ」
「こんなつまらない男に楽しさを見出すなんてお前も随分物好きな奴だな」
「有難うッ!」
「褒めてねえんだよ!」
こいつ腹立つ。
根本的に会話が通じないというか、俺の真意をどうにか汲み取ってくれないだろうか。汲み取った上でこの反応をしているなら嫌がらせだ。俺は嫌だって言ってるのに、どうしてその言葉を聞き入れてくれないのか。どうして自分の意見ばかり採用するのか。自分が間違わないとでも思っているのか、この完璧超人め。だから俺はお前が嫌いなんだ。
「…………待てよ?」
「何?」
「お前もしかして、それ皆に言ってないか? 俺と一緒に居て楽しい筈ないし。どう見てもお世辞じゃねえか」
「あー確かに皆に言ってるかな? でもそれも本当だし、創太と一緒に居ると楽しいのも本当。だから私、クラスの皆と仲良くして欲しいんだけど!」
「アイツ等が俺の事どう思ってるか知ってるか?」
「え、大切なクラスメイトでしょ?」
大切なクラスメイト……ねえ。思ってない奴が居ないとは言わないが、だとしたら今まで俺が遭ってきた仕打ちは、愛情表現だったのだろうか。俺のクラスメイトにはサディストしか居ないのか。そして仕打ちを受ける俺はマゾヒストなのか。
何もかも嘘だ。俺はマゾじゃないし、クラスメイトはサディストではないし、愛情表現でもない。何から何まで、メアリの認識は現実とズレている。
「礼子なんか創太と付き合いたいって言ってたし」
付き合いたい? それは嘘か、もしくは(刃物で)突き合いたいという遠回しの果たし状だろう。というか礼子って誰だ。俺は知らないぞ。
……………………。
ふと目線を逸らすと、命様がとことこと俺に近寄ってきた。
「妾はお主と一緒に居ると楽しいぞ?」
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