私は誰?
「…………あの野郎。本当に心霊話が好きだな」
「む、何の事じゃ?」
「いや、何でもありませんけど……そこの角を曲がった所ですかね、命様、丁度良い機会ですので、この町を支配するメアリをお見せしましょう」
「むむ。先程の声か。夜中に似つかわしくもない大声じゃったが、あの声の主が」
「ええ。周防メアリ。俺がこの世で最も嫌う人間ですよ。出来る事なら口も聞きたくないくらいだ」
「……ふむ。では神の眼をもって鑑定してやろう。妾も少し興味がある。お主がそれ程に嫌う女子にはな」
命様とのデートを邪魔されたという事実もあって、俺は普段の四倍くらい怒っている。怖いモノ好きなのは知っていたが、どうしてこんな所に居るのか。さっきの発言で大体分かったが、一応確認するつもりで、俺は壁に張り付いた。
「で、で。貝沼君は何処からメリーさんを見たのッ?」
「そっちの煙草屋を曲がった時だったかなあ。メリーさんが携帯鳴らしてたんだよ~。それでね、言ってたんだよなあ。『もしもし私メリーさん。今、貴方の近くに居るの』って」
「へえ、丁度誰かに電話してた時だったんだ! ビデオとかはないのッ?」
「いやー驚いてその場から直ぐ逃げたしー。まあでも、メアリが一緒に居てくれたら出会えるかも……」
「え、ほんと? それなら今度一緒に探そうよ! 私お化けって見た事ないから出会えたらいいな~!」
『視る力』を持つ俺に言わせれば、脳みそが腐っているとしか思えない狂気の発言だが、それはいいとしよう。これは俺だけの力だ。メアリなんかに持たせてたまるか。
「メリーさんとは何じゃ?」
「昔からこの町で有名な都市伝説ですよ。血塗れのコートと赤白い目が特徴って言われてる存在で、一節にはレイプで死んだ少女の霊がどうとかこうとか言われてますが、まあ存在そのものが嘘かどうかはともかく、貝沼って奴が嘘を言ってるのは間違いないですね」
「何故じゃ?」
「本当に霊が見える奴はコミュニケーション手段として霊なんか使いませんし、大体の奴は関わろうとしませんから」
霊は自由に消えたり現れたり出来るが、俺の『視る力』にそれは通用しない。見ようとしていないから気にしないだけで、今この瞬間も、幽霊は不定形の存在として漂っているのだ。もし貝沼とやらがメリーさんを本当に見たなら、見た時点でメリーさんは標的を彼に変えている、つまりは近くに立っている筈だ。
なのに、何処にもいない。つまり彼は、心霊好きなメアリを嘘で釣って、仲良くなろうとしているのだ。
「まあそんな事はいいです。命様はメアリを見て何か感じますか? どうぞ大っぴらに見てくれても構いませんよ。アイツには霊感とか『視る力』とか一切ないので」
「気遣い無用じゃ。ここからでも十分に分かる…………」
命様は暫く黙ったまま、嬉しそうに話を聞くメアリの横顔を窺っていた。こちらの方を見遣れば神様が居るのに、彼女には全くその姿が見えない。見えやしない。こんな可愛くて、素敵な神様なのに。
「………………成程のう。お主があやつを嫌う理由が分かった気がするわい」
「え、何か分かったんですか?」
「分かったと言えば分かった、が…………一体どんな仕組みなんじゃろうな。妾的にはそっちの方が興味深いが、うむ。一応満足したぞッ」
「本音は?」
「今は創太が一緒に居てくれるだけで良いッ」
聞いておいて何だが、予想外の返しに、俺は一言も返せず、照れる事しか出来なかった。一杯食わせる事が出来て、命様はとても満足そうに笑った。
「クククク! そう何度も引っかかる妾だと思うたか? 甘いわ!」
「……ひ、ひ、卑怯ですよ!」
「それにしても、お主の照れた顔は可愛いのう。ククククククク!」
まあ本音ではあるのじゃが、と命様。
―――え、本音だったの?
「それにしても、此度の人間は物好きじゃのう。不可視の存在が見たいのであれば素直に妾でも信仰しておれば良かろうに」
「まあ、神も怪異も不可視の存在という意味では同じですし、ぶっちゃけ俺も違いが分かってない節が―――」
「やれやれ。神様が俗世に降りてきたから何事かと思えば、また随分ともの知らずな人間と一緒とはね。驚いて損をした気分だよ」
声音、喋り方、位置。
あらゆる要素を考慮した結果、メアリでもなければ命様でもない。しかも声の主は、命様の事が見えているらしかった。驚いて振り返ると、そこには灰色のコートを着た人物が立っていた。声は女性だが、この夜中にフードを被られては、どんな顔なのか全く見えない。
「勘弁してもらいたいものだよ。神様と怪異を一括りにするなんて愚かな判断だ。二つの存在は同じ様でいて、しかしその本質は全く違うというのに。なあ少年?」
「…………命様が、見えるんですか?」
「おやおや、私の名前を聞くかと思えば気にするのはそちらなのか。ああ見えているとも。だが『視えている』訳じゃない。少年と違って、私にその力はないからな」
やけにくどい言い回しで話すので、何が言いたいのかさっぱり伝わってこない。だが敵意は感じないし、命様も目を点にして前方の人物を眺めているので、特別危険人物という訳ではなさそうだ。
「しかし少年。改めて言わせてもらうが、神と怪異では大いなる隔たりがある。これも何かの縁だ、少し聞いていかないか?」
…………初対面の筈だが、何だろうこの馴れ馴れしさは。普段なら無視して通り過ぎる所だが、ついさっき俺は不敬をしている。
そう。神と怪異の同一視だ。
命様は特に何も突っ込んでいないが、今更になって俺も不味い発言をしたと後悔している。
神と怪異は確かに違う。違うが……具体的にどう違うと言われても、俺には納得させられる説明が出来ない。だって、どちらも俺にとっては『視える存在』だ。強いて言えば神様は不定形ではなく形を持っている事くらいだが、それが果たして違いと言えるのだろうか。可愛いのは命様に限った話だろうし。
「…………じゃあ、お願いします」
「賢明な判断だ。では早速話したい所だが、如何せん場所が悪いな―――いやあすまない。少し歩こうか。その『力』がある限りどんな不可視の存在も一括りになるのは無理もない事だが、とはいえその同一視は危険極まりない認識だ。何処か落ち着いて話せる場所が……ああ、公園が良いね。公園へ行こう」
知ってか知らずか、正体不明の人物はメアリたちが居る方向とは反対の方向に歩き出してくれた。命様への現世案内も兼ねて、俺は彼女の手を引きながら、後をついていった。
「ほおおおおおおおおおお! ここが公園かッ! 設置されておるものは何じゃ? 芸術作品か?」
「遊具ですね。ブランコに、滑り台に、回転ジャングルジムですか。俺はこの人と話してますから、命様は一人で―――」
「良ければ、私が回そうか?」
願っても無い発言に、命様が目を輝かせながら食い気味に尋ねる。
「真かッ!?」
「ああ。どうにも神様は退屈しているみたいだからね。時間を取らせてしまったお詫びだ。少年、君も乗ると良いよ」
「は? へ……いや、もう子供じゃないですし、あれ割と怖いから乗りたくな―――」
「創太! 乗るぞ!」
「ええ、正気ですか……?」
「妾は正気じゃ! 遊具とやらは複数人でも遊べるのじゃろうッ? ならお主と一緒に遊びたいぞ!」
「だってさ。どうする?」
只の厚意なら丁重にお断り申し上げた所だが、命様がそうまでして遊びたいというのなら、信者である俺が止める理由はない。実は回転ジャングルジムは酔うから苦手なのだが、命様の笑顔と好感度を引き換えに得られる事を考えたら、取るに足らないデメリットだ。
「分かりましたッ。乗りましょうッ!」
「そう来なくてはのう! ククク……では―――頼んだぞ!」
命様は外側に張り付き、俺は内側に。そしてよく分からないけど急に出てきた人が、位置についた(命様は下駄も脱がず巫女服そのままではりついているが、大丈夫なのだろうか)。
「回すよ」
その人が重々しい一歩を踏みしめると共にジャングルジムが回転。最初はゆっくり動いていたジャングルジムも、勢いがついてくると景色が流水の如く流れ、まともな光景として認識出来なくなっていく。
「おおおおおおおおおおお! おおおおおおお!? こ、これは中々…………!」
初めて体験するジャングルジムに興奮冷めやらぬ神様を差し置いて、俺は酔いとの駆け引きを繰り広げながら、改めて謎の人物と話をした。
「それで、神様と怪異の違いについてですけど」
「ああ。しかしそれを説明するには幽霊についても説明しなければならない」
「幽霊?」
「幽霊と怪異は違うし、幽霊と神様も違う。不可視の存在には幾つもの種類があるのさ。その三種の違いは、ずばり存在するかしないかだ」
「存在するかしないか? でも全員見えませんよね。普通は」
「見えてなくても存在している。君はそれを良く知っている筈だ。いや、私も良く知っているがね。何せたった今ジャングルジムで一番楽しんでいるんだから」
「おおおおおおおおおッ!? 妾、風になったッ! 風になっちゃったよ妾!」
「要するに起源なんだよ。怪異は人の噂話―――即ち言霊を起点に生まれる。それ故に形はハッキリしているが、その存在は不安定極まりない。つまり不可視という括りにおいて限りなく存在しない、言い換えれば無形なんだ」
言葉というものは感覚的なものではなく、秩序的で理性的だ。出鱈目な単語を羅列しても人に何かは伝わらない。単語はルールに則って並べる事で初めて言葉になるから、言霊を起点に生まれる怪異の形がハッキリしているのは、当然と言えば当然だ。
残念ながら怪異を見た事がないので、道理としてしか納得出来ないが。
「幽霊は人の魂を起点に生まれる。だが人の魂というものは言葉よりも遥かに不透明で、不定形で、そして絶え間なく変化している。だからこそ幽霊の形は曖昧で、何者にもなれるんだ。だが怪異と違って存在はハッキリしている。怪異よりも遥かに目撃されている理由も、そういう事だね」
「早いぞおッ! 早すぎて癖になってしまいそうじゃ! おお創太、文明の進歩著しい様で妾は嬉しいぞ! 神が居なくとも、人の営みは続くのじゃなあッ!?」
「じゃあ、神様は?」
「神は全くの未知さ。或いは神自身を起点にしていると言ってもいいだろう。神の御魂はこのうえなく綺麗で透き通っている。他ならぬ神自身が、己を定義していると言っても良い。だから形もはっきりしているし、その存在はおよそあらゆる存在よりも遥かに安定しているから―――普通にジャングルジムも楽しめる。不可視の者の中では最上位に位置すると言ってもいいだろうさ」
つまるところ、存在の安定感が違うと言いたいのだろう。不可視の存在である事に変わりはないので、多くの人々―――可視の存在にとっては一切の違いが無いが。
ん?
そうなると気になる事がある。俺の『視る力』は不可視の存在を確認する力だ。だから命様ともこうしてコミュニケーションが取れているし、酔いそうになっている今も、流れる景色に幽霊が居るのを認識している。
多くの人々にとって違いが無いのは、見えない事に変わりがないからだ。だが俺は、俺だけは見えない存在を『視る』事が出来る。だがつい先程、あの失言が出た時点で俺に区別がついていない事は明らかだ。
俺の目には、神も幽霊も怪異も同じなのだ。
命様がもしその辺の浮遊霊と一緒に浮いていたら、恐らく同じだと思っていただろう(霊に干渉されたくないので、基本的に直視はしない)。
………………。
「同一視の何が危険なんですか?」
「危険だとも。君は自分の『力』を正確に把握していないらしいからね。一つ言っておくと―――」
それが言い終わる前に、回転力で吹き飛ばされそうになった命様の足が正体不明の人物に直撃。フードがずれ、俺達はそれの正体を理解する。
「あ、すまぬ―――! っと、ん? お主は…………」
赤白い瞳が、月光の下に晒された。
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