我が神はここにありけり



「なんでついてくるんだよ!」


 どうしても移動しようとしなかったので、俺は仕方なく命様の手を引いて公園から離れた。メアリの立つ所に人は集まる。あそこで粘っていても、また大勢から口撃を喰らうだけだ。メアリの悪口なんて言ったら取り巻き共は絶対許さないし、何なら本人以上に怒るだろう。これは合理的判断でもあり、相手への配慮も兼ねた最善策だ。


 なのに、



 メアリがついてきたせいで全てが台無しである。



「お前他の奴らと一緒なんだろ? そっちへ行けよ」


「手分けして探してるって言ったじゃん」


「俺についてくるのは単独行動とはまた違うだろ! ついてくるな、疫病神!」


「いやね、ふと考えたんだ。創太って私の事嫌いらしいじゃん。どうすれば好きになってくれるのかなって。私何かしたかな?」


「してないし、する筈もない。完璧なお前の事だ。お前が白と言えば白、黒と言えば黒。お前は絶対に間違えないもんな―――そういう所が苦手なんだよ、俺は。主人公みたいなお前が大嫌いなんだよ! 何一つ失敗しないで、完全無欠のスペックで多くの人望を集めて、異性同性問わず好かれて、なんだ挙句の果てには……お前を嫌いな事がおかしいだって? ふざけんなよ! 誰かを嫌うのは俺の勝手だ! 何で規制されなきゃならない。嫌う事くらい勝手にさせてくれよ!」


 もう我慢の限界だ。こんな頭空っぽで、思考停止で好き好き言ってくる奴には付き合ってられないし、配慮してられない。他の奴等はコイツの何処に魅力を感じているんだ。俺はむしろ、こいつを見ていると不安になる。理由は分からないが、幽霊を目撃した時よりもずっと怖い。


 嫌いだ、やっぱり。


「…………それで?」


「は?」


「私を嫌いな理由は分かったけど、どうすれば好きになってくれるの?」



 …………こいつ、頭おかしいのか?



 頭がおかしいのだろう。頭がおかしくなってなきゃ完全無欠の超人になんてなれない。


「お前、話聞いてたか?」


「聞いてたよッ。でも私は信じてるんだ。人と人は必ず分かり合えるって! だから―――」


「もういい、もういい。喋るな。それ以上言葉を使うな。その『人類総友達』理論は聞き飽きた。もうちょっとマシな事言ったらどうなんだメアリ」


「どうなんだって。話さなきゃ伝わらない事だってあるでしょッ? そんなだから創太は家族とも仲が悪くなっちゃうんだよ! もっと相手に期待してさ、必ず分かり合えるって思って腹を割って話し合えば―――!」



「てめえの狂信者と理解出来る部分何か何一つとして存在しねえんだよ!」



 クラスメイトからメアリ、メアリ。


 家族からメアリ、メアリ。


 町の人からメアリ、メアリ。


 俺から何もかも奪いやがった癖に、関係のない人物を装う辺りコイツの性根は黒さを通り越して虚無だ。こいつを崇拝している奴等も頭が虚無だ。治療個所など無いもんだから最初から手遅れだ。虚無信仰ともなればニヒリストに近い物を想像するかもしれないが、あれは全くの別物だ。こいつらは正真正銘頭のおかしな奴等、単純にヤバい奴らなのだ。


 教祖たるメアリも含めて。


「……そう思う事が間違いだと思うよ。創太は何が切っ掛けでそうなっちゃったの? 私で良ければ相談に乗るよッ!」


「お前のせいだって言ってるんだけど………………! ああ、もうとにかく来るな! 俺はもう寝るから! じゃあな!」


「あ、また明日学校でね!」


「明日は休んで一日中部屋に引き籠ってやるよ! 何が何でもお前と顔会わせたくないからな!」




「「「「「「何て事言うんだ檜木! メアリに謝れ!」」」」」」




 夜中にも拘らず、耳をつんざく怒号。近隣の住民の迷惑などお構いなしに、メアリの反対側―――つまり俺が逃げようとした側から、先程見たメンツが姿を現した。全員の名前など憶えている筈もないので、俺の中では『メリーさん捜索隊』と名付けた。たった今。


「メアリちゃん、大丈夫っ?」


「あ、うん。でも皆、どうして?」


「メアリが遠くに行っちゃったから探しに来たんだよ! それよりもお前、今の発言謝れよ!」


 何かよく分からない信徒一名が、俺の胸倉を掴み、近くの壁に押し付けた。


「メアリは皆と仲良くなりたいだけなんだぞ。それをお前、人が落ち込むような事をずけずけいいやがって……謝れ!」


「誰が謝るか!」



 パチンッ!



 横から女性の信徒がビンタをお見舞いしてきた。


「そんなんだから彼女も出来ないし、友達も出来ないのよ最低ヤロー! 何、あれなの? 好きになった子は虐めたいってタイプなの? マジきもいんですけど。デブみたいなブタの礼子だってアンタと付き合うのだけは御免って言ってたわよ?」


「…………そうかよ。俺もメアリを好きな奴とは仲良くなりたくねえし、ヤりたくもねえ。それでいいじゃねえか、そのままにしてくれていいじゃねえか、何で構うんだよ」


「お前がメアリの素晴らしさを認めようとしないからだろ! お前高校生にもなって恥ずかしくないのかよ! 下らない嫉妬で……一生の友人を傷つけようとしてるんだぞッ? お前がメアリと比べたら圧倒的に劣ってるのは誰でも知ってる。でもな、それでも嫉妬は駄目だ。俺は大切なクラスメイトとして…………お前を本気で心配してるから、こんな事を言ってるんだぞッ」


 涙を漏らしながら信徒が言う。心意気は伝わってくるが、本気で心配される程仲良くなった記憶はないし、そもそも名前を知らない。誰だよお前は。ほぼ見ず知らずの他人を本気で心配する事をどんなふうに言うか知ってるか?


 余計なお世話って言うんだよ。


「私もそうよ。昔のアンタはもっと優しかったし理解があった。なのに変わった。メアリちゃんに下らない嫉妬を抱いたせいでね!」


「…………俺の事を理解しようなんて思った事、一度もねえくせに良く言うぜ。偽善者共が」


「てめええええええええ!」



「ちょっと待ってよ皆! 創太は何も悪くないよ。だからやめて!」



 それは正に鶴の一声だった。メアリがそう叫んだ瞬間、全員がぴたりと動きを止めて、俺から距離を取った。


「メアリ、でも……」


「こいつがメアリちゃんの事嫌いっていうから…………」


「うんうん。皆の気持ちは分かってる。でも人と人とが分かり合うには時間が必要なんだよ。私はたまたま早く皆と仲良くなれただけ。それだけなんだよ。創太は時間が掛かるだけでいつか分かってくれる。それに彼、もう寝るらしいからさ。ね? 私達に付き合わせる訳にはいかないよ、学校で反省文かかされるの創太なんだからさ。行こ」


 分かり合えないって言ってるのに、一方的な価値観と論理を押し付けてくるこいつの主張には正当性の欠片も無い。にも拘らず信徒共もとい民衆は、恍惚とした表情で聞き入っていた。



「―――流石メアリだ! 俺達も悪かった、な?」


「少し熱くなり過ぎた」


「ま、私は分かってたから何も言わなかったんだけどね」


「……メアリに気付かされたわ。そうね、そうよね。檜木は小学校の頃からそういう奴だったわよね。逆張りが大好きで、気が短くて、その癖頑固で融通が利かなくて、誰に対してもつんけんした態度取ってた。メアリの素晴らしさに気が付くのに時間が掛かるのは当然ね」



「分かってくれて良かったッ! じゃあね創太。また明日」



 壁に体重を預け、ずるずると下に座り込む。 


 まるで嵐の様にメアリとその取り巻き共はメリーさんを探すべく過ぎ去っていった。実際取り巻き共の勢力はかなりのものなので、実際に嵐と呼んでも差し支えないのではないだろうか。


「…………妾にもっと力があれば、末代まで呪ってやったものを」


 今の今まで一言も喋らなかった命様が遂に口を開いたと同時に、彼女はその場に跪いて、力強く俺を抱きしめた。


「―――――み、命様ッ?」


「何も言うな、創太。お主の嫌われ様、そしてあやつの不自然なまでの好かれよう、全て見届けさせてもらった。すまんのう、妾はお主以外には触れぬ……手出ししようにも、出来なかった」


「…………いいんですよ、命様。今日に限った話じゃない。こんな事は何度もありましたから。心配をおかけして申し訳ございません。もう大丈夫ですから」



「……本音は、どうじゃ」



 命様の腕の中で、俺は目を見開いた。その返しは―――俺が幾度となく彼女に仕掛けてきた問いではないか。直ぐに気付いたので回避しようと思えば回避出来る………


「………………泣きたいです。本当は誰にも悪口なんて言いたくないのに、一緒に居ると気分が悪くなって……それでも離れてくれなくて、俺は………………」


「ならば泣くが良い、人の子よ。神は人の後悔を聞きたもうぞ。罰は人ではなく神が下す。これ即ち天罰じゃが…………己が弱さを見せたくらいで、罰は当たらぬぞ?」


 慰めてもらいたくなかったと言えば嘘かもしれない。それでも、こうして命様に抱きしめられていると、何だかとても暖かい気持ちになって―――段々、自分に素直になってきて。


「…………ひく…………ぐずッ……み、こと……さま…………ひっく…………ぐふぅッひ…………ううう…………ううううううう」


「良いのじゃよ創太。お主はそのままで良い。そのままのお主が妾は好きじゃ。気が短いなんて事は無い。あの神社を一人で掃除しきるには根気が必要じゃ。頑固などという事はない。茜とやらの説明を聞いてすんなり受け入れたではないか。妾の我儘も聞いてくれるではないか。お主が慈愛に満ちた子であるとは知っておる。お主を変えているのは環境じゃ。お主には一切の落ち度がない」


 巫女服の上からでは分からなかった命様の柔らかさ、そして温かさ。長年放置されてきた古傷にしみいる様で、とても痛い。とても辛い。とても苦しい。しかしとても―――嬉しい。耐えに耐え、忍びに忍んできた影響か、一度決壊した涙は留まる所を知らなかった。


「……うううううう…………うぐうううううううう……うううううううううう…………ッ」


「お―よしよし。今まで辛かったのう。これからは妾が居るぞ。次に合うかは分からぬが、茜もおる。お主に感謝する存在が二人も居るのじゃ、だから安心せい。お主は決して一人ではない―――他でもない神様は、お主の味方じゃ! 天運よりも遥かに嬉しいじゃろう?」


 たまりにたまった涙が抜けきるまで十五分。命様は膝をついたまま、俺の背中を優しく撫で続けた―――



 

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