第9話 ヒナは親鳥についていく
「まいったな……」
画面に表示されていたのは、若い子向けの服やファッション小物を販売しているオンラインショップのサイトだ。オンラインショップなら確かに数え切れないくらいの候補から選ぶことができるけれど、逆に候補が多すぎて選ぶのに苦労してしまうことがよくある。憐人になった元インコは女の子だというから、きっと彼女のための服を探しているのだろう。
――泊木さんに服を選んでもらえるなんて、ずるい。
そんな嫉妬にまみれた想いが頭をよぎってしまう。いいや、今は嫉妬なんかしている場合じゃない。服選びで困っている泊木さんのお手伝いをしなきゃ。
でも、いきなり声をかけたらスマホを覗き見していたことがバレてしまう。もし泊木さんに嫌われてしまったなら、私はもう生きていける自信がない。そうこうして声をかけそびれている間に昼休みが終わってしまっていた。
「じゃあ、お疲れさま。
終業時間になり、泊木さんが帰っていくのを見送った。私は泊木さんの後に退勤することが多い。部下が上司より先に帰るなんてけしからん、なんて風潮はこのホワイトな職場には存在しない。それでも私は泊木さんよりも先に帰るわけにはいかないのだ。
――だって、私は泊木さんに『ついていく』という大切な使命があるのだから。
泊木さんが退勤してから少し後、私も彼を追いかけるように会社を後にした。居場所を見失う心配はない。彼が会社を出てどんなルートを通るかなんてことは、もうとっくに把握しているから。
最寄り駅へと向かう泊木さんを見つけ、少し距離をとりながらついていく。もしかしたらストーカーじみた行為かもしれないけど、そんなことはない。こうして泊木さんを常に視界に収めていれば、もし彼に何か困ったことがあってもすぐに駆け付けられる。泊木さんの役に立つことが生き甲斐の私にとって、これは当たり前のことだから。
ふと、泊木さんがいつもと違うルートを歩き始めた。真っすぐ帰宅するのではなく、駅と繋がっているショッピングセンターへと入っていく。彼が足を止めたのは、若い女性向けの服やファッション雑貨を売っている店だ。男ひとりでは中に入りづらいのか、すぐには店内へと入ろうとはしなかった。
彼に声をかけるなら今しかない。だって、今なら帰宅途中で「偶然」出会ったと言えば不自然じゃないから。
「あ、あの……先輩、お買い物ですか」
いきなり話しかけられたのに驚いたのか、泊木さんは勢いよくこちらに振り返った。
「烏丸さんか。まあ、ちょっとね。探し物をしてて」
女性ものの服を探していた、とは言いづらかったのだろう。少し困った顔で彼はぽりぽりと頭をかいていた。
「もしかして、その……探しているのは、憐人になった子の服ですか?」
「そうなんだよ。こういう店、普段あんまり入ることがないから。男がひとりで入っていくのはちょっと勇気がいるよね」
「あ……あ、あの! じゃあ私にお手伝いさせてください」
「助かるけど、いいの? 仕事終わりで疲れてるでしょ」
泊木さんの役に立てる。そう思うと私は天にも昇りそうな気持ちになってしまう。
「大丈夫です! 先輩のお力になれるなら、私なんでもしますからっ」
「ははっ、張り切りすぎだよ。でもせっかくだからお願いしようかな」
ふんす、と気合を入れて私は服屋さんの中に入っていく。本当はファッションなんてあまり詳しくないけれど、泊木さんのためにしっかり予習しておいたのだ。
「まだまだ成長期の女の子なら、少し大きめのオーバーサイズの服がいいかもしれません。大きめの服でゆるっとした雰囲気を出すんです。ちょっとくらいは身長が伸びても着続けられますから、おすすめですよ」
「なるほど、参考になるよ。ちなみにうちの子は髪の毛がイエローなんだけど、どんな色が良いかな」
「黄色と合わせるなら、ホワイトやブラウンが合うと思いますよ。ネイビーも合いますけど、それはどちらかというと大人向けかもしれませんね」
「すごいな……恐れ入ったよ。烏丸さんがいてくれてよかった」
泊木さんに褒められたのが嬉しくて、かあっと顔が熱くなってしまう。泊木さんのために前もって調べておいてよかった。
「と、泊木さん……お店によっては、こんなサービスもやってますから、ぜひお店選びの参考にしてみてください」
私は『すそ上げ・しっぽ穴加工はお申し付けください』と書かれた張り紙を指さした。ペットから憐人になった子は、人間と同じ服をそのまま着ることができない場合もある。特にしっぽがある子は、お尻のあたりにしっぽを通す穴を作らないといけないからだ。『しっぽ穴加工』をしてくれるお店であれば、きっとしっぽの特徴に合わせた加工をしてくれるはずだから、そういったお店で服を買えばまず大丈夫だろう。
「これにしようかな。きっと、キイにも似合うと思うから」
私のアドバイスを取り入れながら、先輩が選んだのは白いセーターと、チョコレート色のゆったりしたスカート。たしかに、きっとイエローの髪色が映えるチョイスだと思う。でも選んだ服を手に満足げな先輩を見ていると、私の胸の中にはどす黒い感情が湧き出てしまう。
――だって、彼が手にした服は私のためではないのだから。
それから私は先輩と、他にも女の子が必要になりそうなものを買うお手伝いをした。先輩の役に立てるのは、何よりも嬉しいことだったはずなのに。先輩とふたりで買い物をする時間は、デートと思えるくらい幸せな時間だったはずなのに。どうしても、やがて彼の隣に並び立つだろうイエローの髪色の少女を思い浮かべてしまう。
憐人になった子さえいなければ、泊木さんの隣にいるのは私だったはずなのに。そんなどす黒い感情が一瞬だけ頭をよぎってしまい、私はひどく自己嫌悪した。
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