第7話 赤羽玲という女

――泊木とまりぎさんは“あの人”の生まれ変わりなの。あの人が泊木さんの体を借りて、もう一度私に会いに来てくれたんだよ。


 赤羽玲あかばれいは市役所で泊木と出会ってから、そんな想いを抱くようになっていた。“あの人”とはかつて赤羽玲がヨウムから憐人りんじんになる前、まだペットとして飼われていた頃の飼い主。もちろん、泊木とは別の男である。彼女の飼い主もまた、泊木と同じように一人暮らしの若い男だった。

 優しい性格だった彼は、まだヨウムである彼女をとても可愛がってくれて。だから自分も彼の愛情に応えたいといつしか思うようになり、神様に願うようになっていた。


――どうか彼を愛させてください。どうか彼と愛させてください。

 その想いが神様に届いたのか。ある日突然、ヨウムだった私は憐人として人間の肉体をたまわった。憐人となったばかりの頃はまだ少女の体だったけれど、彼とともに数年の時を過ごすうちにようやく体が成熟してきた頃。彼と私は、結婚しようと誓った。

 嬉しさのあまり抱き着いた、彼の体の温もり。その温もりを私は今も忘れることはできずにいる。だって幸せな日々は、いつか死がふたりを分かつまでずっと続くと思っていたのだから。


――優しかったあの人が、交通事故で死んでしまうなんて。

 突き付けられた現実を受け入れることができず、失意のどん底に落された私は何もかも失ってしまった。住んでいたマンションは彼の名前で契約していたから、まだ入籍する前の私は相続人とは言えない。家賃を払えるあてもなかった。しかも飼い主だった彼の両親はどちらかと言えば憐人をあまりよく思わない方の人だったから、援助なんて期待することもできなくて。元はペットだった私に誰も頼れる人なんているはずもなく、結局ほとんど着の身着のままで彼のマンションを出ていくしかなかった。

 愛する人と安らげる住処すみかを失ったのは、雪の降る寒い日だったのを今でも覚えている。どこに行けばいいのかわからず駆け込んだ市役所で、憐人係の窓口業務の仕事を紹介してもらえたのは本当に幸運だった。でなければどこかで野垂れ死んでいたか、ろくでもない連中に拾われていかがわしいことをされていただろうから。

 運よく新しい仕事につけて、衣食住に困るようなことはなくなったけれど。ひとりぼっちで過ごす日々は、私の心にぽっかりと空いた穴を少しずつ広げていた。そのせいで、私は心の穴を埋める“何か”を無意識のうちに探し求めていたのかもしれない。

 セキセイインコの憐人を連れて窓口を訪れた、泊木という名の男性の優しそうな声。キイと名付けた子を気づかう仕草。それらが全部、私をかつて愛してくれた人とどうしても似ているように思えてしまうのだ。本当に似ていたかどうかは、今となってはもうはっきりとわからなくなってしまったけれど。


――ああ、彼はきっと私の飼い主さんの生まれ変わりなんだ。

 姿を変え名前を変えて、私にもう一度会いに来てくれたんだ。冷静に考えればそんなことあり得ないってわかっているはずなのに。いつしか芽生えたそんな歪んだ想いは、じわじわと私の心の中に根を広げてしまっていた。


 泊木さんの手続きを終えた日。申請書類に書いてもらった泊木さんの住所を、私は頭の中にしっかりと記憶していた。家に帰ってすぐにタブレットでそのマンション名を検索する。


『お部屋探しならおまかせ! 日本最大級の住宅情報サイト』

 表示された検索結果の一覧から、大手の不動産会社が運営しているらしい賃貸物件の情報サイトを開いた。彼が住んでいるマンションには空室があるようで、入居者を募集している物件の家賃や間取りが表示されている。12畳ほどのワンルームはバストイレ別らしい。でも間取りなんか正直どうでもよかった。確か彼の部屋番号は501号室。サイトに載っている空き部屋の部屋番号がどこかに表示されていないか必死に探す。


「あった……!」

 502号室。開いていた部屋は彼の隣の部屋だ。なんという偶然――いや、これはきっと運命に違いない。すぐにでも入居したいと不動産会社にメールで連絡する。すぐに引っ越し業者もタブレットで検索して手配した。

 もうすぐ、もうすぐで“あの人”に会える。優しくて、私のことを愛してくれる人。温かくて、すっかり冷え切った私を癒してくれる人。

 引っ越したらすぐ彼に挨拶に行かなきゃ。だって、第一印象は大事だもの。


――待っててください。いま、会いに行きますから。

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