第2話 邂逅
冴子はいつもの苦しくて光の見えない学校生活を終えると、その足で駅の近くにある図書館に向かった。
彼女はそうやって寄り道をしながら家に帰るのが日課になっていた。
今日の授業の復習をして、明日の授業の予習をする。その後で時間が余っていたら自分の好きな小説を読む。そんな生活をかれこれ1ヶ月程度送っている。もう少しだけ頑張れば、きっと勉強にもついていけるようになる筈なのだから。そうやって冴子は自分を鼓舞していた。
家に帰れば、入院していたせいで勉強できていなかった部分の教科書を必死に読み込む作業が待っている。だから、この寄り道をして自分の好きな本を読むという行為は彼女の小さな憩いの時間なのだ。
そうしてやはり、この行為も冴子を生かしてくれる小さな喜びの一種なのである。
今日は古典の勉強に手こずってしまい、壁に掛けてある時計を見てみれば、既に好きな小説を読む時間は無くなってしまっていた。
「最悪」
机の上の教科書をぼんやりと、それでいて恨めしそうに眺めた冴子は自分の読みたかった小説のある棚を
電車の吊り革を掴みながら、沈んでいく太陽を眺める。まだ1ヶ月くらいは日が沈む時間が遅くなっているから、もう少し図書館にいるのも良いかも知れない。でも、ただでさえ今も遅い時間に帰っているから母親が許さないだろうな。
冴子は今考えてみた妄想を、妄想の母親にぶつけてみた。
却下。常識的に考えてそういうだろう。
そんなことを考えていれば、次の停車駅は冴子の降りるべき駅となっていた。
いつものように、駅に降り立った頃には既に辺りは真っ暗になっていた。駅の周りには住宅しかないので、辺りから聞こえてくる音といえば犬の鳴き声くらいしかしない。
冴子はその暗闇とその静寂があまり好きではなかった。だから、家に早く帰りたいという気持ちは確かに持ち合わせていたし、いつものように家路を急いでいた。
しかし、いくら近道だからといって裏道を通るような真似はしてこなかった筈なのに、何故か今日は早く家に帰らなければならないという気持ちを抑えることが出来なかった。
予算の削減なのか、それとも通る人があまりにもいないからなのか冴子には分からなかったが、明らかに光源が足りていないという事実は紛れもない真実となって冴子に降りかかっている。
ちょうど街灯と街灯の間をサラリーマンらしい人がふらふらと歩いているのだ。酔っぱらいが出る時間にしては早い。どちらにしても絡まれてしまったら厄介なことになるだろう。
横をすぐに抜けてしまえば良いか。そう考えた冴子はいつもの慎重さは何処かに無くしてしまったかのように、足早にサラリーマンの横を通り抜ける決意を固めていた。
「ギチ、ギチギチ」
何かがきしむような音が、すれ違いざまに冴子の耳へと入ってきた。その音に聞き覚えのあった冴子は、すぐさま走り出しサラリーマンらしき人物から距離をとった。
もう片方の街灯まで走り終えると、冴子はその姿を確認するために振り返る。
街灯の明かりにだんだんと近づいて来る。そうして近づいて来るにつれて、先ほどまでは闇に紛れてよく確認できていなかった姿が露わになっていく。
「どうして……
その姿は確かに人間によく似ていた。その頭部を除いて。本来、人の頭部があるべき部分には昆虫の蟻の頭部があるのだ。
冴子たちが魔法少女となって、初めて戦った敵だった。彼女達はその姿を見て、安直に蟻人間と呼称していた。
ギチギチと顎を鳴らしながら、蟻人間が近づいて来る。
「やっぱり、私の妄想なんかじゃなかったんだ」
冴子はそう呟くと、小さく笑った。
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