第9話 伝説の勇者と田舎3
「・・・・・・」
聞きたい事は山のようにあるのに、言葉が出てこない。
一体どこから聞けば良いのやらも分からなければ、今まで同姓と思い共に寝食を共にしてきた友人が異性だった事に急に気まずさを覚える。
浴室での衝撃の出来事の後、とりあえず柊弥は慌てて脱衣所を出て、その場に居合わせていた「女性」に着替えたら自分の部屋に来るように伝えた。
そして約束通りその女性は自分の部屋にやってきて、目の前で正座をして座ってくれている。
「あの…」
「すまなかった。」
やっとの思いで柊弥が口を開いたと同時に相手から謝罪の言葉が紡がれた。
「隠すつもりは無かった。…ただ、打ち明けると気を使われるのではないかと思い、どうにも切り出せなかったんだ。」
続けて話しかけてくれている目の前の女性、勇者トーマだが柊弥は全く言葉が頭に入ってこない。今まで一緒に住んでいた人物がまさか女の子だったとは。確かに中性的な顔立ちをしているので言われてみれば女性の様な顔だった。化粧をしているわけでもなく、髪も女性にしては短め、更に最初見た時は鎧を装着していたので体型など分かるはずも無かったので、完全に男だと思っていたが、女の子だったとは…。
今までの生活を思い出し、いわゆる同棲生活をしてしまっていた事に柊弥は思い出せば思い出す程顔を赤くさせていく。28歳のいい歳の大人が、まるで思春期の男の子の様な反応をしてしまっている。
「いや、いいんだ。別にトーマが悪いわけじゃないんだ…。」
何とか言葉を返す柊弥。しかしまだトーマの顔が見れない。
「そうか。それは良かった。私としては、気にせず今まで通り接してもらえるとありがたい。」
いや、そのつもりなんだけど…。うまく言葉が返せない。
今まで励ましてくれたこと、事あるごとに驚き、喜んでくれたこと。自分の案内を楽しんでくれたこと。それは紛れもない事実であり、柊弥自身それらには感謝の気持ちしかないので、これまで通りの関係は柊弥の方こそ望んでいるくらいなのだが。
(この前の観光旅行とか、今日の散策とか、これって、いわゆるデートってやつだったんだよなあ…)
柊弥は28歳だが真面目な性格もあり、学生時代はもちろん、多忙な会社員となった今もまともな女性経験が無かった。そんな柊弥の目の前に今女性がいる。しかもとびきりの美人で、スタイルも抜群だ。聞いたところ胸は動くとき邪魔になるので普段包帯で巻いて動きやすくしているらしいのだが、そんな事を聞けば余計に意識してしまう。
「ま、まあ。性別とか別に関係ないし、俺は気にしてないからさ。これからもよろしく頼むよ」
全くのウソである。今も心臓は激しく動き、声も震えている。完全に意識をしていまっている状態だ。
「ありがとう!さすがは柊弥だ!これならばもっと早く打ち明ければ良かったな!」
笑顔で柊弥の右手を両手で握り安心するトーマ。
女性に手を握られる事で更に柊弥は緊張し身体を固くする。しかも現在トーマは胸に包帯を巻いていない。つまり何もTシャツの下は何もカバーされていない胸が露わになっている。正体を現した本来の胸は、グラビアアイドルまでとは言わずとも、こんなの包帯で隠したらむしろ苦しかったんじゃないのかと思う程度に大きい。トーマが動くことで自由になったそれが揺れてしまうので、動くたびに柊弥を刺激してしまう。
「そ、そうだね。ただ母さんにも話さないといけないし、もうすぐ父さんも帰ってくるし、
女の子ならその恰好は無防備だからとりあえずまた包帯は巻いておこうか。」
母親はまだしも、ノーブラの女の子を実家に連れてきたなど真面目な父親に見られたらそれこそ話がややこしくなる。本音は少し寂しいが、柊弥は今はこれまで通りの姿でいる様トーマに促し、トーマはそれを了承した。
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「でも、よく考えたら姫もトーマが女の子ってことは知ってるのか?」
胸を包帯で隠し、今まで通りの姿になったトーマを見て少しずつ落ち着きを取り戻した柊弥は勇者に尋ねる。
「ああ、もちろん。だから城の夜通しの警備で寝る時は別室にしてくれる等、色々気を回して頂いたよ。表向きは勇者だから特権ということにしてくれていた。」
「え?そうなの?」
元々ゲーマーでは無い柊弥はRPGゲームはこのゲームしかしていなかったのだが、プレイしている時はエンディング後、勇者と姫は結婚するものだと思い込んでいた。
だが実際は同性で、それであれば結ばれる事などまず無いので思い描いていたストーリーと違う内容に柊弥は驚いた。
「ああ。ただ私が女と知っているのは姫…ソニア姫と、王様ぐらいだな。大臣や他の兵士達は知らないはずだ。女が勇者だと色々都合が悪いようなのでな。」
そんな裏設定があったとは…。今日取扱説明書を見返した時は確かに勇者の性別に関する記載は無かったし、よく考えればエンディングで結ばれるものだろうと思ってはいたがそれらしい描写はイベント中も、エンディングを終えても一切なかった。
もしや公式設定だったのか。これ。
数十年の時を経て知らされた真実に特に設定されていなかったのでそういう解釈をされてしまったのか、それともゲーム開発陣の趣味だったのか分からないが複雑な心境となった柊弥。
それであればトーマなんて男みたいな名前じゃなくて、違う名前にしたのに…。
「ただ、私は別に女だろうと、男だろうと関係ないと思っている。人を想う気持ちと平和を願う気持ち、それを叶える勇気に性別は無いからな。」
確かにその通りだ。柊弥も既にこの勇者に心救われている。
当の本人が気にしていないと言うのであれば、自分も極力気にしない様にすることが勇者の為であると考えた柊弥だった。
ただ、かなり努力が必要ではあるが。
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