第8話 伝説の勇者と田舎2

「美味い!流石は柊弥の母上の料理だ!」




勇者は目を輝かせながら母親の手料理にがっつく。


相変わらずこちらの食欲をそそる食べっぷりである。




勇者がこの世界に来た原因であろうゲームの起動を試みるも失敗に終わり、他の案を考えるも何も思い浮かばず。唯一の収穫と言えば、ゲームの説明書に書いてある設定が勇者の認識と一致していたため、やはりこのゲームの世界の住人であることが確定したくらいだ。


そんなこんなで気付けば時間も昼となっており母親の食事が出来たという一言で一旦探索は中止し昼食を取ることにした柊弥と勇者。




昼食は肉じゃがに切り干し大根、みそ汁にサラダ。


野菜はどれも地産地消の物が使われているせいか、新鮮さを感じる。




「トーマちゃんは嬉しい事ばかり言ってくれるわねえ。おかわりもあるからたくさん食べてね。」




「ありがとうございます!お言葉に甘えます!」




食べ物に関しては遠慮が無い勇者。確かにこの前の観光旅行でも飯の時は遠慮が無く気になるものを悉く注文し、平らげていた。おかげで予想以上の出費にはなってしまったのだが、あまりの喜びっぷりに嫌な感情は浮かばなかった。今の母親も同じ気分だろう。




結局ご飯3膳を平らげ、満足した表情で食後のお茶を嗜む勇者。


エネルギッシュなだけあって、かなりの大食いである。




「そういえば、最近お風呂の調子が悪いのよ。修理を頼んでるけど来週になるみたいでね。


 シャワーは使えるから普段はそれで耐えてるんだけど、折角来たんだし、駅前の銭湯に行ってみたら?」




どうやら給湯器が壊れているらしく、湯はりが出来なくなっているという母親。


駅前の銭湯は子供の頃からたまに行く老舗の店で、柊弥としては家を出た切り10年近く行っていない場所だった。大浴場が一つあるだけで露天風呂も無い、外観も決して綺麗とは言えないこじんまりとした場所だった記憶はあるが、懐かしさを感じた柊弥は折角勇者もいるので母親からの提案に前向きだった。




「懐かしいなあ。トーマ、折角だし行ってみないか?銭湯。まあいわゆる温泉みたいなとこだよ。」




戦闘ではないぞとお決まりのボケを事前に回避すべく、温泉と注釈を入れる柊弥。


この前の観光旅行から異文化を楽しんでいる勇者なので、この提案も受け入れてくれるだろうと思っていたが、反応は意外にも薄かった。




「温泉…というと、男女が分かれて人がたくさん入る湯の事か?」




温泉のルールは把握していた勇者。どうやら向こうにも温泉はあるらしい。




「そうそう。こっちは俺が住んでいるとこと違ってこの時期夜は冷えるからシャワーだけじゃ


 寒いかもしれないからさ。それに俺が昔よく行ってた場所だから、久々に一緒に入りたいなって」




「…気持ちはありがたいが、それは遠慮しておこう。シャワーが使えるのであれば、入浴はそちらを使わせて頂きたい。」




いつもであれば好奇心旺盛に興味を持つ勇者であるが、予想外の反応に驚く柊弥。


理由を聞こうと思ったが、顔を曇らせている勇者の様子に何か事情があるのだろうと察して


深くは掘り下げない事にした。




「そっか。なら今日はシャワーで済ませよう。母さん、そういうことだから。」




母親も突然暗い表情を見せた勇者に不思議そうな顔をしていたが、空気を読んで笑顔で頷いてくれた。




******************






昼からは特にやることもなくなったので、勇者に家の周りを案内した。


この地域唯一の郵便局や、自家栽培している人達が集まって野菜や果物を置いている無人販売所、子供の頃よく蝉取りをしていた公園、通っていた小中一貫の学校等。




銭湯の話を持ち出した時には複雑な表情をしていた時とは一転、いつものように太陽のような笑顔で興味深く見て、話を聞いてくれる勇者。




「そうか。これが柊弥が住んでいた場所なのだな。良いところだ。」




地元を褒めてくれるのは嬉しい。会社では同僚の山田を除いて皆卑屈で否定ばかり耳にすることが多かったので、こうして肯定してくれる存在は柊弥の心をとても晴らしてくれた。




「ありがとう。俺もこうやって自分の住んでたところをトーマに案内出来て嬉しいよ。」




そもそも勇者自体が熱中していたゲームという子供の頃の大切な思い出の一つでもあり、それも含めて自身の幼少時代を振り返れる事に楽しさを感じる。まさかその思い出の一つと共有することが出来るとは夢にも思ってなかったが。




「柊弥はこの場所が好きな様だな。あちらに住んでいる時より表情が明るい。」




「え?」




笑いながらではあるが、鋭い勇者の一言に柊弥は聞き返す。




「そうかな、好きなのかな。」




洞察力に優れた勇者は表情で相手の心情を読み取ってくる時がある。それは、時には自分自身が気付いていない事だったりすることもある。




「私はそのように感じる。ここに戻ってきたいと思った事は無いのか?」




確かに、この地元は嫌いでは無い。自然豊かで開放感があり、空気は美味い。


だが友人たちは皆就職を機にここを離れているので、今や知人は昔から住んでいる老人くらいで交友の深い人物はいない。




それに、家には父親がいる。父親はこの地域のいわゆる町役場で勤めている公務員で、土曜日は本来休日なのだが、勤勉な父親は毎週土曜日も仕事をしているので今日はまだ会ってはいないのだが。悪い人間では無いとは分かっているが、真面目な父親が会う度口にするのは仕事の事ばかり。出世はしたかとか、給料は上がったのかとか。




そんな父親と話すのが億劫になり家を出てから帰省をしていなかったのだが、それでもここに帰りたいという表情が出ていたという事なのだろうか。




「…思わないよ。仕事を辞めて戻ってきたと知ったら父さんに何言われるか分からないし。」




正直なところ今の仕事が嫌でも辞められない理由は父親の存在もある。


ただでさえ仕事の事ばかり聞いてくる父親なのだ。辞めて帰ろうものならどんな嫌味を言われるか分かったものではない。




「…そうか。」




勇者は何かを察したようで、それ以降はこの話を切り出してこなかった。




*******************




「おかえり。もう少しで晩御飯出来るから、先にシャワーでも浴びてなさい。」






一通り案内も終わり、日も暮れてきたので帰宅した柊弥と勇者。


勇者は晩御飯という言葉に再び目を輝かせる。本当にこの世界の食べ物が口に合っている様である。


どうやら父親はまだ職場から戻ってきていない様である。




「歩いて汗もかいたし、母さんの言う通り先にシャワー浴びようか。


 先に入る?」




柊弥は汗ばんだTシャツを少しでも乾かそうと手で掴んで空気をいれる動きをしながら


勇者を風呂に促す。




「いや、柊弥の方が汗をかいているだろうから、柊弥が先に入ってくれ。


 それに、柊弥の方が風呂の時間は短いしな。待たせるわけにいかない。」




確かに、勇者は長風呂である。柊弥の家で入浴していた時も予想を超える入浴時間に何度も寝落ちした。そんなに長く入浴するくらい風呂が好きなら、やはり大浴場のある銭湯に行った方が良かった様な気もしたが、これは何か事情がありそうな様子だったので敢えて口には出さず柊弥は言われた通り先にシャワーを浴びる事にした。




「…ふう。さっぱりした。おーいトーマ。あがったよ。」




入浴を終えた柊弥はリビングでテレビを眺めていた勇者に次の入浴を促す。


勇者は興味深そうにテレビから流れてくるバラエティー番組を見ている。


この液晶画面から遠く離れた映像が映る事が不思議で面白いらしく、聞けば柊弥が仕事で不在の間はずっとこのテレビを見ていたそうだ。内容は全く分からないらしいので、本当に楽しかったのかは不明だが。




勇者が風呂場に行き、柊弥はリビングでくつろいでいた。


やはり実家は落ち着く。今まで考えた事も無かったが、勇者の言う通り、


あんな嫌な仕事はさっさと辞めてこっちに帰ってくるのも良いのではないかと思える。




だが、事はそう簡単ではない。


帰ってきたとして、仕事はどうするか。田舎で就職するというのは都会に比べかなり困難を極める。仮に就職できたとしても、その職場は昔から働いている同じく地元の人間が大半を占め、完全アウェーの可能性が高い。更に地元なので素性を知られているかもしれないので誘い等も断りづらい。断って嫌われようものなら私生活にも影響があるからだ。田舎は限られた就職先に、こういった公私混同もあるから働きづらいのである。




そして、何より父親が何というかである。戻ってきて暮らすにしても、父親に嫌味を言われながら過ごすのはまっぴらごめんである。それならばまだ都会の狭いワンルームアパート暮らしの方がましである。仕事を除けばだが…。




そうこう考えているうちに、柊弥は入浴している勇者のバスタオルを用意していない事を思い出した。いつも浴室前の部屋に置かれている棚に畳んで複数枚置いてあるのだが、確か柊弥が使ったタオルが最後の一枚だった。普段2人しかいないのでそこまで出していないのだろう。そして母親は料理中で勇者が入浴している事に気づいてない。




柊弥は腰を上げ、母親にバスタオルの置き場所を聞いた後に取り出し風呂場へと向かっていった。




******************




浴室前の部屋である脱衣所の扉をノックする。


返事は無い。




いつもながら丁寧に扉を閉めておく男ある。


柊弥は客室が来ても浴室の扉はもちろん閉めるが、男だけの空間の場合は脱衣所の扉は閉めていない事が多い。勇者だけあって礼儀やマナーは徹底されているということだろうか。




返事が無いので、勝手に開ける事にした。


脱衣所には誰もおらず、浴室に人影が見える。どうやら間に合ったようだ。




柊弥は脱衣所に入りバスタオルを浴室付近に置いた上で声をかけようとしたところ、


勇者の脱いである衣類に目を取られた。




床に置かれているものは、Tシャツに春物のジャケット。そして無地のチノパン。


柊弥の持っていた服ではサイズ感がやはり微妙に合っていなかったので、勇者の為に通販サイトで柊弥が購入したものだ。いや、それは別にいい。それよりも気になったのは、同じく床に置かれていた包帯だ。




どこかケガをしていたのだろうか。


ただ血は付いていないようである。だとすれば、痛みがある箇所があるのだろうか。


もしそうだったとすれば、勇者は無理をしてこの前の観光や今日の散策に付き合ってくれたということなのだろうか。柊弥が考えている内に、入浴を終えたのであろう勇者が浴室の扉を開けた。




扉の先から出てきた勇者の姿に柊弥は思わず目を疑った。


出てきた勇者は、間違いなく勇者トーマである。


顔が今まで見てきたそれと一緒なのだ。間違えようが無い。だが問題はその顔から下にあった。




勇者の顔から下の身体の部分には、まず母性を感じさせる柔らかそうな胸の膨らみがあった。


さらに引き締まったウエストにはくびれがあり、太腿は筋肉質な物ではなく、適度な脂肪を持った形をしていた。そして何より、男に付いていなければならないものが付いていなかった。






柊弥は思ってもいなかった光景に身体が固まり、言葉が出てこなかった。




勇者トーマは、まさかの女の子だったのだ。

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