第7話 伝説の勇者と田舎1
「お~い、柊弥!次はこの道を進めば良いのか?」
元気いっぱいの勇者に対し、息を切らせながらなんとか付いていく柊弥。
やはり伝説の勇者は伊達ではない。体力は化け物並みの様だ。
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初の有給休暇をした観光旅行の後、それから週末までは仕事に赴いた柊弥。
勇者も観光したことにより満足してくれたのか、それからは何も言わず軟禁生活に務めてくれた。
そして迎えた土曜日。柊弥と勇者は予定通り勇者のこの世界にやってきた原因であろうゲームが置かれている実家に向かっていた。
観光の時に乗っていた地下鉄と違い、実家のある田舎へ向かう電車は普通地上電車の為、目まぐるしく変わっていく電車の窓から見える景色に勇者は目を輝かせていた。それに席に座るまでとはいかずとも、あの満員電車の様な人ゴミとは違ってきちんと立てるスペースがあったことも要因かもしれないが。
そして実家の最寄り駅に到着後、今は歩いて実家へ向かっている最中だ。
至る所に田園が広がり、周りは山々に囲まれている。初夏の季節という事もあり景色はほぼ緑だ。まさに大自然と表現するにふさわしい田舎っぷりなのだが、勇者はなぜかその景色に喜んでいた。確かにゲームの世界もどちらかと言えば中世ヨーロッパを舞台にしているだけあって城を除けば、他の町や村は自然が多かった気がする。
見慣れた光景ということもあったのか、勇者のテンションは高く、無意識に足取りが速くなっていた。最初は合わせることが出来ていたのだが、いくら進んでもペースが変わらない勇者の体力に付いていくことが出来なくなり、道半ばにして柊弥は限界を迎えてしまっていた。
「ああ、すまない。つい嬉しくなってしまって。少し休憩しようか?」
勇者は体力の限界で道端で座り込んでしまった柊弥に近づき、しゃがみ込んで声掛ける。
通常柊弥が20分かけて歩く距離を半分以下の時間で進んできた。これだけハイペースで進んできたのに息一つ切らしていないのは同じ男として癪に障る。
「いや、いい。あと10分も歩けば到着するからこのまま進もう。こっちだ。」
柊弥は意地で立ち上がり、勇者を差し置いて足を進めていく。
勇者は優しい笑みを浮かべ、今度は柊弥を追い抜かない程度のペースに合わせて後をついていく。
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「あら、柊弥おかえり。早かったねえ」
実家の門を開けると、庭で干し竿に洗濯物をかけていた母親がいた。
確かに早い。時刻は午前7時。家から実家までは電車を乗り継ぎ2時間はかかるので、要は始発時間から出てきたのだ。家にいても特にすることは無いし、勇者が外に出たくてうずうずしていた且つ満員電車を苦痛に感じていたので、結果的に早朝に出る事になった。
田舎ということもあり、家の庭はかなり広い。家のある敷地だけでも100坪は軽く超えており、更に隣に更地までが柊弥の家の敷地内だ。元々死んだ親父の祖父の家を引き取り、柊弥が生まれる前から住んでいた。ただ、この地域ではこの面積の敷地は別に特別でもない。隣の家まで100m以上離れているくらい土地が余っている人口の少ない地域なだけであり、決して柊弥の家が裕福であるわけでは無い。
「ああ、特にすることも無かったからね。あ、電話で言ったけど、今日は友達も連れてきてるから。」
勇者とは町で知り合った友人という設定で母親には伝えておいた。
昔やったゲームから突然出てきたなんて言ったところで信じて貰えるはずもないし、何なら病院へ連れていかれると思ったからだ。
もちろん勇者にも自分の素性は隠すように伝えている。
「貴方が柊弥の母君か。はじめまして、私はトーマ。勇者だ。」
「は?勇者?」
って全く分かってねえ!
柊弥は勇者を手で遮りもう喋らせない様に前へ乗り出す。
「いや、オンラインゲームでの職業なんだよ。ゲームの中で知り合ったんだ。」
苦しいフォローだが、ゲームに疎く、元々信じやすい性格である母親にはこれで十分突き通せた。
「ああ、そういうことね。まあ、ゆっくりしていってね。
とりあえず中に入ってて。洗濯物干したらお茶の用意するから。」
そう言って笑顔を見せた後、再び洗濯物を干し始める母親。勇者が軽く会釈を交わしたあと、
家の中へ入った。
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「まあ、さっきは遠くから見たから分からなかったけど、トーマ君はすごいキレイな顔をしてるのね!」
とりあえずリビングで休憩していたところ、いつの間にか戻ってきていた母親。
お茶とお茶菓子を渡しながら、勇者の顔をまじまじと見て目を輝かせる母親。
「ありがとうございます。ですが、私は自分の容姿にはさほど気にしていません。
それよりも、人の気持ちを明るくさせられる心の強さを磨くことを大事にしています。」
「あらまあ!性格も良いなんて、こりゃ女の子が放っておかないね!」
ますます嬉しそうにする母親。
普通ならこんなクサいセリフを吐く人間はカッコつけたいけ好かない奴だ、冷めた目で見てしまうのだが、実際にこの前女性に声を掛けられたのを目撃していた事と、この言葉が行動にも伴っており自分自身影響を受けてしまっている部分もある為、素直に同意出来た。
「ありがとうございます。しかし、立派な家ですね。城以外でこの広さの家はあまり見たことがありません。」
「城?あはは、そうね。そりゃ城に叶う家なんてどこにもないだろうねえ」
とことどころRPGワードを出してくる勇者に再び柊弥の顔は険しくなる。あまり喋らせすぎるといつかボロが出そうと感じた柊弥は話題を変える事にした。
「そういえば、トーマの家ってどんななの?」
ゲームでは城で王様から魔王の話を聞く部分からスタートしてたから勇者の出で立ちってどんななのだろうと前々から気になっていた事を聞いてみる。
「家は、無かったな。幼い頃に両親が死に、行く当てがない所を姫に救ってもらった。
そこからは城の兵士となり鍛錬を積み、気付けば勇者と呼ばれる様になっていたな。」
淡々と話す勇者。いや、そんな軽い話じゃ無いと思うけどと数十年の時を経て知った重いエピソードと、っていうかまた姫とか勇者とか出しやがったという焦りと、あんな子供向けのゲームになに暗い設定乗せてんだよ当時のゲーム開発陣に柊弥は心の中で色々とツッコミを入れた。
「まあ、それは可哀そうに…。ここを家だと思って、気にせずくつろいでいってね。」
勇者の重い出で立ちに母親は涙目になりながら慰める。
タブーワードを連発していたのでヒヤヒヤしていたが、そこは気にしていなかった様だ。単純な人間で良かった。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせて頂きます。」
笑顔で返す勇者。
イケメンの笑顔に少し乙女な顔になる母親。母親のキュンは正直見たくないものである。
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「これが柊弥の部屋か。しかし柊弥の家は本当に広いな。この部屋以外にもいくつも部屋がある。」
リビングでお茶と茶菓子を堪能した後、勇者を柊弥の部屋へ招く。
その間に一通り家の中を案内し、部屋の多さに勇者はただ驚いていた。
1階にはリビング以外にも大広間が1部屋。仏間が1部屋。父親と母親の寝室があり、
更にそこから2階に上がれば使っていない物置部屋と、柊弥の部屋がある。
一般家庭だと田舎だからこそ建てれる家である。
「まあ、あまりじろじろ見ないでくれよ。恥ずかしいからさ。」
家を出るときに粗方処分はしたはずだが、まだどこからか出てくるかもしれないエロ本を発見されないかとヒヤヒヤする柊弥。
「ああ、すまない。それで、これが柊弥が言っていた私がこの世界に来た原因というものか。」
勇者はテレビ台の下に置かれた旧型ゲーム機に目を向ける。
ゲーム機には、同じく年季の入ったPRGゲームのカセットが装着されている。
「そうだよ。早速、それじゃ、電源を入れてみようか。」
自分が先週このゲームを久々にプレイしたことでこの様な怪奇現象が起きたと考えている柊弥。
その為、このゲームにまた電源を入れれば、何かが起きるのではないかと考えた。
何かが起きる。もしかすると元に戻って勇者はこの世界からまたいなくなるかもしれない。
…もしいなくなったとしたら、俺はそれで良いのだろうか。
最初突然現れて驚きはしたものの、常に優しく、励ましてくれ、奮い立たせてもくれた。
勇者がこの世界に来なければ俺はずっと怯えながら会社の言いなりの社畜のままだった。
そんな勇者がいなくなるかもしれない。それで良いのだろうか…。
「柊弥?どうした?」
ゲームの電源スイッチに手を置いたまま固まっていた柊弥を勇者は怪訝な表情で見てくる。
そうだ、俺がどうとかじゃない。勇者は元の世界に戻りたいんだ。勝手にこの世界に留まらせる
わけにはいかない。
意を決してゲームの電源スイッチを入れる。
ゲームは起動しなかった。
「あれ…?」
接触が悪かったのかと思い、カセットを何度も抜き差ししながら、電源を入りする。
だが、一向にゲームは起動しない。
電源ランプは点灯しているので、電気は通っているはずのなのに。
「何も起きないな。」
柊弥の行動を見ながら、変わらない状況に勇者は呟く。
何故、動かない。確かに数十年も経っているので寿命は近いかもしれないが、それでも先週は
何も問題なく動いたのだ。あれで寿命が尽きたとでもいうのか。
「…ダメだ。やっぱり動かない。」
思いつく手は打ったが、それでも起動はしなかった。
万策尽きたと柊弥は天井を見上げる。
このゲームさえ動けば何かが分かると思ったのに、とんだ気苦労である。
「そうか。まあ、動かないのであれば仕方が無いな。」
特に残念そうな素振りも見せない勇者。
「悪いな。トーマは早く元の世界に戻りたかったんだろうけど。」
「柊弥が悪いわけでは無いんだ。何も気にする必要はない。」
励ましてはくれたが、戻りたいという事には否定はしない勇者。
そりゃそうだよな。こんな見知らぬ世界に突然来たのだから、本心は早く戻りたいと思うのが普通だよな。と、改めて勇者を元の世界に戻すために考えようと誓う柊弥だった。
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