第4話 勇者との生活
本日の仕事も終了し、会社から出て自宅へ向かう柊弥。
既に時間は22時を回ろうとしている。これでも今日はまだ早い帰宅である。
見渡せば他の会社員が居酒屋で楽しんでいる姿が見える。自分の状況との違いに羨望しながら
家路に付く。
そう言えば、あの勇者も酒を飲んだりするんだろうか。好きな食べ物とかあったりするんだろうか。
やり込んだゲームのキャラクターとはいえ、昔のゲームであるがゆえ、キャラクターの細かい設定が定められていなかった為、姿や簡単な性格くらいしか分かる部分が無いのである。
それが逆に想像を膨らませる要因にもなり、楽しみの一つでもあったのだが、こと実在してしまっている現状は、今のゲームの様に好きなものや軽いエピソードの様な細かな人物像が描かれていればある程度行動パターン等も読めて助かったのにと改めて現在のゲームの親切設計の有難さを思い知らされた柊弥だった。
帰宅して食事を作る気力も無いので、自宅から最寄りのコンビニに立ち寄り自分の分と勇者の分の弁当を購入する。好物は分からないので、勇者には適当に無難なのり弁当を購入した。
そのままコンビニから自宅まで向かい、玄関のドアを開ける。
そのまま部屋に向かい、電気を点けると、部屋の中央で座禅を組み瞑想に耽る勇者様の姿があった。
「…なにやってんの?」
「ん?おお、帰ってきたか!日が暮れて部屋が暗くなってしまい身動きが取れなくなってしまったので、精神修行をしていたんだ。」
声をかけられるなり目を開き、こちらに顔を向ける勇者。そういえば、電気の点灯方法は教えていなかったな。
「すまん、そう言えば電気の場所は教えてなかった。それより、腹減っただろ。
弁当買ってきたから食べよう。」
手に持っていたビニール袋をこたつ机に置き、中身の弁当2つを出す。
「おお!それが今回の食事か!」
予想外に勇者のテンションが上がっていた。
「朝のパンは甘みがありとても美味かった。昼の、よく分からない食べ物もスパイスが利いていてとても美味かった。この世界の食べ物は美味いものが多いようで、楽しみにしていたんだ!」
この世界の味は勇者の口にも合っていた様で、楽しんでくれている事に心なしか柊弥も嬉しくなる。
「そりゃ良かったよ。ちなみに、そっちの世界ではどんな物を食べていたんだ?」
「ん?そうだな、こちらもパンはあったが、この世界まで甘くは無いな。あとはサラダやスープ…旅に出ている時は保存が効く物が必要だったので干し肉を食べていたりもしたな。」
どうやら中世ヨーロッパさながらな食事だったようだ。
まああのゲームの世界観がその設定だったのだろうから、納得だ。
ちなみに、勇者が食べた甘いパンとはクリームパンの事だ。
「なるほど。まあ口に合ってよかったよ。この弁当も口に合えば良いんけど。」
取り出した弁当をキッチンに備え付けてある電子レンジに入れ、加熱する。
当然家電製品など初めて見るであろう勇者は電子レンジで温められている様子を興味深そうに眺めていた。朝も冷凍食品を解凍するために使用したのだが、その時は現状把握を優先して勇者は見ていなかったので、今回初めて加熱する光景を見る事になる。
チン、という音と共に加熱が完了し、弁当を取り出す。
温められた弁当からは、湯気が出ている。
「ほお、この箱に入れれば熱が加えられるのか。不思議な箱だな。魔法みたいだ。」
一つ一つの挙動に感心してくれる勇者の様子に柊弥は少し得意気になり、もっと驚いて
欲しいと続けて冷蔵庫を開く。
「こいつは逆に食品を冷やしてくれる機械なんだ。これのおかげで食料の保存も効く。」
ほぉ~、と感嘆の声を上げる勇者。期待通りのリアクションに柊弥はますます嬉しくなる。
「そういえば、トーマは酒は飲めるのか?これがこの世界の酒なんだけど。」
上機嫌になった柊弥は冷蔵庫から冷えたビール缶を2本取り出し、1本を勇者に手渡す。
「酒か?あまり嗜む事はないが…いや、折角だし頂くとしよう。なにせこの世界のものは美味いからな!」
「よし、それじゃ乾杯しよう!ちなみに、ビールはこうやって開けるんだ。」
柊弥は自分の手に持ったビール缶のタブに指をかけ、力を入れる。
プシュッという音と共に、飲み口が開く。
「なるほど、こうやるのか?」
勇者も同じく缶タブに力を入れ、飲み口を開ける。
「うん、完璧。それじゃ、乾杯!」
「ああ、乾杯!」
それぞれの手に持ったビール缶を重ねる。カツンという軽い音を奏でた後、各々がビールを口に入れる。
「ぷはー!あ~、やっぱ仕事終わりのビールは美味い!」
爽快な炭酸の快感に柊弥は声を上げる。
「…ぶはっ!!」
一方勇者はビールを口に入れた直後、慣れない口当たりに思わずビールを噴き出した。
「うわっ!大丈夫か!?」
「あ、ああ、すまない。今までに無い感覚だったのでつい…。この国の酒は飲んだら口の中が
痺れるんだな…。」
そうか、勇者の世界には炭酸飲料が無いのか。そりゃ初めての刺激物だから驚きもするよな。
「ははは!ごめんごめん、そういえばこの感触は初めてだったな。」
「そうだな、私の国では酒と言えばワインだったからな…。」
顔を下ろし咳ばらいを続ける勇者。初めて見た勇者の困惑した姿に思わず笑いが出てしまった。
こんなに心から笑ったのはいつぶりだろうか。柊弥は久々に解放された気持ちになった。
そして、笑顔になった柊弥を見てまだ違和感が残る喉に手を抑えつつも、勇者も優しい笑みをこぼす。
晩飯も終え、風呂支度を始める柊弥。
いつもは面倒なのでシャワーで済ませているのだが、買ってきた海苔弁当も喜んで食べてくれた勇者の姿にますます嬉しくなった柊弥はもっと喜んで欲しいと、浴槽を掃除して湯を張ることにした。
「うん、これで良いかな。おーい、トーマ。お湯が沸いたから先入って良いよ。」
浴室から戻り、部屋で座っていた勇者に声をかける。
「いや、柊弥は任務で疲れているんだろうから、先に入ってくれ。」
「え?」
自分を気遣ってくれる勇者の優しさに心が癒されたが、それよりも勇者の言葉に違和感があった。
「なんで俺の名前を知ってる?まだ名乗ってもいないはずだったけど。」
「ああ、そこにある社員証?とやらに書いてあったのを読んだんだ。」
帰宅した後部屋の壁掛けに吊るした会社で身に着ける社員証。そこに書かれていた氏名を見て名前を知ったと言う勇者。
「え?字、読めんの?」
そもそも言葉を交わせる事自体も不思議ではあったが、それに加えて日本語まで読めるというのは、ファンタジー感溢れるこの勇者の姿からは想像がつかなかった。
「そうだな。私の世界と同じ字だったのでそのまま読んだが、そういえばこちらの世界でも字や言葉は同じの様だな。」
不思議な感覚ではあるが、なんにせよ字が読めるというのは助かる。いざという時文字は教えるのが大変だからだ。
「まあ、別に不都合は無いから良いか。というかまだ自己紹介もしてなかったね。
改めて、俺は高山柊弥。よろしく、トーマ」
「ああ、改めて、よろしくだ。」
「ふぅ~…やっぱりお湯に浸かった方が疲れが取れるな。」
浴槽に浸かり、身体を休める柊弥。
この間帰省した際にも湯に浸かったが、自宅で風呂に入るのはかれこれ住んで5年以上となるが、数える程度だ。
「しかし、トーマは何でこの世界にやってきたんだろうか…。」
今日一日だけでも楽しませてくれたため、全く以て嫌では無いのだが、単純に転移してきた事に疑問を持つ。それ以外にも、何故言葉が通じるのか、何故字が読めるのか、いつか戻ってしまうのか、これからどうしていけば良いのか…
考える事が次から次へと湧き出るが、いずれも答えなど出ない。
ただ、唯一言えるのは、子供の頃憧れた正義感溢れる心優しい勇者そのものである為、
いてくれて嬉しいという事だ。
「まあ、考えても無駄だし…いつかいなくなるのかもしれないから、今のうちにこの状況を楽しむのが正解か。」
結論を出し、柊弥は浴槽から立ち上がる。
「トーマ、お待たせ。次入って良いよ。」
部屋着に着替え、濡れた髪をタオルで拭きながら部屋に戻ってきた柊弥は勇者に
入浴を促す。
「ああ、悪いな。それでは失礼するよ。」
トーマは立ち上がり、浴室へ向かった後、浴室の戸を閉める。
「あ、そういえばトーマも部屋着がいるよな。それにシャワーも使い方教えないと。」
帰ってきた時には既に身に着けていたライトアーマーは脱いでいたので、幾分身軽な恰好はしていたが、それでも寝るときはもっとゆったりした格好の方が良いだろうと思い、柊弥は持っていたタオルを適当にその場に投げ、タンスからトーマにあてがう為に自分の部屋着を取り出す。
「少し大きいかもしれないけど、まあ部屋着だし良いか。」
柊弥の身長は175cm。平均より少し高い背丈だ。対する勇者は意外にも柊弥より少し小さく、恐らく170cm前後といったところだ。他に気になることがありすぎて今まで意識はしてなかったが、よく考えれば伝説の勇者なのでゲームをプレイしていた時はもう少し大柄なイメージを持っていた。それに身長だけではなく、身体付きも思ったより華奢だったな。まあ、それでも自分よりは断然強いんだろうが。
「トーマ、部屋着置いときたいから開けるよー」
「!ああ、ありがとう。ちょっと待っててくれないか。」
浴室の戸をノックし、すぐに返事があった。まだ浴室にいたみたいだ。
「すまない。もう大丈夫だ。」
了解の返事を聞いた後、柊弥は戸を開ける。
「突然悪いね、俺のだけど、良かったらこの部屋着使ってよ。あと、シャワーの使い方も教えとくね。」
柊弥は勇者に部屋着を渡し、浴室でシャワーの使用法を教える。
勇者はすぐに理解し、感謝の意を述べる。
「よし、これで大丈夫だな。」
一通り役目を終えた柊弥は部屋に戻り、勇者はそのまま浴室で入浴を始める。
シャワーは食事の時とは違い、特に驚く様子を見せなかった勇者。
本音を言えば、驚いてくれることを期待した柊弥だが、もしかしたらシャワーはあっちの
世界でもあったのかもしれないと気には留めなかった。
「ふぅ、柊弥。ありがとう。良いお湯だったよ。」
勇者は浴室から部屋に戻り、柊弥に感謝を伝える。
が、柊弥は既に力尽き、中央に置かれたこたつ机に伏せた状態で眠りについていた。
「ふふ、そうだな。疲れているんだもんな。」
勇者は部屋の隅に置かれてあった毛布を柊弥の背中にかける。
「ありがとう柊弥。おやすみ。」
既に夢の中にいた柊弥だが、勇者の優しい声が届いたのか、その言葉に柊弥は目を瞑ったまま薄く笑みを浮かべた。
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