第2話 社畜社員と伝説の勇者

…どうやらまだ夢から覚めていない様だ。


柊弥は思いきり自分の頬を抓り、この理解不能な夢から覚めようと試みる。




普通に痛い。夢から醒めた感覚も無い。もしや現実なのか。いや、だとすれば眼前にあるこの不自然な存在は一体何なのか。




寝起きのぼやけた頭をフル回転させ、この理解不能な状況を打破しようと思考を巡らせるが、一向に答えは見つからない。




右手を額に添えながら考え続けている内に、沈黙に耐えられなかったのかその不自然な存在が口を開く。




「ああ、驚かせてしまったみたいだね。すまない。ただ、私も驚いているんだ。何故自分がここにいるのか。」




俺の方こそ聞きたいわ…。という表情を見せる柊弥。


ここは現代社会の都心部から少し離れた郊外にある、築40年以上経過したしがない6畳一間の賃貸アパート。こんな現実感しかない空間にいきなり目が覚めたらファンタジー全開な人間が目の前にいるのだ。確かに近年はコスプレをして街中を散策する人がいたりするのであり得ないわけではないが、問題はそこではない。そんな姿をした突然見知らぬ人間が部屋にいる事がおかしいのだ。




「先程までルーデンブルグ城で剣の修行をしていたのだが…突然意識を失い気付けばここにいた。魔王軍は全て征伐したと思っていたのだが、残党が仕出かした罠なのだろうか…。」




経緯を話してくれているが、何もかもが非現実すぎてさっぱり頭に入ってこない。


だが、そんな意味不明な話の中で、何故か聞き覚えのある言葉があった。




「…もしかして、あんたの名前はトーマだったりするか?」




「!!私を知っているのか!青年!」




やはり。このファンタジー男は見知らぬはずの人間のはずだが、かなり昔に見た事のある姿だった。子供の頃一番やり込んだRPGゲーム。この男の姿はそのゲームの主人公そのものだった。




ちなみにルーデンブルグ城とはそのゲームで勇者が最初に訪れる城である。確かそこの姫に魔王の存在を知らされ、魔王を倒す旅に出るという流れだったはず。




子供の頃、説明書に描かれていた勇者の姿をボロボロになるまで何度も見返し、憧れ、真似をしていたのだ。数十年経った今でも、その姿は覚えていた。




「知っているというか…昔あんたに憧れていたな。」




昔憧れていた事は紛れもない事実であり、実際にその姿を見れた事に少しだけ嬉しさもあったため、無意識に感想を述べた。




「そうか。どこで見てくれていたのかは分からないが、それは光栄だ。私を知っているということは、私の故郷でもある城の場所もきっと知っているんだろう?出会ったばかりですまないが、城までの道を案内してくれないか。」




「…教えてやりたいのは山々なんだが、俺が知っているのはゲームの中でのルーデンブルグ城だ。この世界のどこに存在するのかなんて知らない。というか、無いんじゃないか。」




ゲームの中というワードに勇者は首を傾げた。気持ちはわかる。俺だって自分が何を言っているのかが分からない。ただ、何も言わないよりは、知っている事を全て話せば何か分かるかもしれないと思い、勇者に自分はゲームのキャラクターであること、トーマという名前は自分がプレイした時に名付けた名前であること、そのゲームを全てクリアするまでやり込んだ事、全て伝えた。




「…にわかには信じ難いが、私の名前を知っている上に君が話してくれた街や魔王の話は全て私の知っているそれと一致している。ゲームとやらが何者なのかは分からないが、ここは君の話を信じるとしよう。」




俺がプレイしてきた内容は全てその勇者が経験してきた事と一致しているらしく、信用を得られる事は出来た。やはり俺の家にあるゲームが何か関係していそうだ。昨日久々に起動させプレイはした時には特に何もおかしいことなどは無かったのだが。




「信じてくれてどうも。どうやら俺の家にあるゲームが影響しているのかもしれないから、実家に戻って確かめてみようと思う。」




俺の提案に勇者は頷き了解の意を示す。




「賛成だ。ここでじっとしていても何も変化は無さそうだからな。早速そこに向かいたいのだが、どうやって行けば良い?」




「そうだな…本当はすぐにでも行きたいんだが…」




よりによって今日は休日明けの月曜日。柊弥の会社は土日休みなので次の休日まで5日間も間がある。有給休暇を取得してでも行きたいところなのだが、周りの社員は誰一人として取得をしない環境の為、躊躇してしまっていた。




「何か問題でもあるのか?」




柊社の煮え切らない様子を見て、勇者は不思議そうな顔を向ける。




「…仕事があるんだ。まあ、そちらの世界で言う任務というやつだ。」




「なんと!そういうことか!それであれば仕方がないな。自らの都合で任務を放棄して他の民を困らせるのは忍びない。もちろん、そちらを優先してくれ。」




流石は勇者。現代社会では絶滅危惧種に近いのではないかという自己犠牲精神を持ち合わせている。その誠実な対応に柊弥は思わず胸が熱くなった。




「しかし、任務があるとは、君も戦士だったのだな!それにしては少し体が頼りなさそうに見えるが、大丈夫か?」




まあ、サラリーマンなので、ある意味戦士である。


勇者が想定している様なモンスターとの物理的な戦闘はせず、モンスターの様な客と心理的な戦闘はするが。というかお前を鍛えたのは俺なんだぞ。感謝しろコノヤロー。


寸前のところまで口から言葉が出かかっていたが、言ったところで理解はされないので何とか口を閉ざす柊弥。




「まあ、そういうわけなんで、悪いが休日まではここで適当に過ごしてくれ。」




「うーむ、有難い話だが、世話になるのに何も礼が出来ないのは忍びない。


 そうだ!君の任務を手伝わせてくれ!腕には自信があるんだ!」




任務を物理的戦闘と解釈している。完全な戦闘脳だ。いや、それよりもこんな現実世界に不適切な容姿をした人間を外に出したら間違いなく面倒な騒ぎになる!




柊弥は何とかあの手この手の話で勇者を説得し、渋々ながらも1人でこの部屋から勝手に外に出ない旨の了承を取り付けた。




「うーむ、果たして本当に良いのだろうか。一宿一飯の恩義も碌に返さないというのは…」




「いいから!憧れの勇者にせっかく会えたってことで俺が勝手にもてなしたいだけだから!」






そうか…。とやはり腑に落ちない様子を見せてはいたが、了承は得られたのでまあ大丈夫だろう。




一息ついてふと時計に目を向けると、時刻は7時を回っていた。柊弥の顔が一気に青ざめていく。




「ん、どうした青年。顔色が悪いぞ。」




柊弥の会社は8:30が業務開始時刻。ギリギリの出社は注意を受けるので、柊弥はいつも8時には会社に到着している。郊外住まいという事もあり通勤に約50分かかる為、余裕を見ていつも7時過ぎには家を出ていた。つまり、もう家から出なければならない時刻となっていたのだ。




「やばい…悪いが俺はもう家を出なきゃいけない!」




急いで身支度を済ませる。髪も適当にセット。そして勇者に朝飯用にパンを渡し、昼飯用に


冷凍庫から冷凍食品のチャーハンを温め皿に移し、スプーンを乗せた状態で手渡す。




「それで朝と昼は食いつないでくれ!それじゃあ、俺は出るから!」




そう言い放ち柊弥は急いで家を出た。

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