社畜と伝説の勇者の田舎暮らし

とんがりんぐ

第1話 社畜社員の帰省

なにも楽しい事が無い。


BGM代わりに点けているTVから映されるワイドショーを眺めながら、大きくため息をつく。


もちろん内容など頭に入ってはいない。




男の名前は高山柊弥たかやましゅうや。28歳会社員。


商社勤めで営業職に就き、成績は可もなく不可もなく。


ようやく一人で仕事をこなせる様にはなってきたが、元々特別夢があったわけではなく、今の仕事も安定してそうだからという理由で入社したくらいで思い入れはない。


それにも関わらず仕事は常に激務を極め、深夜付近の退社も日常茶飯事。人間関係もハラスメントの話が絶えない。典型的なブラック企業務めだ。




そんなしがないサラリーマンの土曜日。これといった趣味もなく、学生時代の友人も皆所帯を持った為遊びに誘う事も出来ず、独身で彼女もいない柊弥は暇を持て余していた。




「俺は一体何の為に生きているんだろうなあ…」




学生時代から勉学、身体共に特に突出した能力もなく、加えて飽き症な正確なため部活も中学自体にモテたいという理由でテニスを始めてみたが体育会系な環境に馴染めずすぐに退部。そのまま高校、大学と進学はしたが帰宅部で打ち込んだ事は何も無く、流れに身を任せてたまたま採用された中小企業に入社。




まったく以て面白いエピソードの無い、そんな人生だ。




学生自体から就職したての頃はまだそれでも同じ様な境遇の友人が数人おり、暇があれば集まって気を紛らわす事が出来てはいたが、それも今や叶わない。柊弥はいつしか興味の無い仕事がある平日は当然の事、休日すら憂鬱な日々を過ごすはめになっていた。




「…そういえば、来週は母さんの誕生日か。…しばらく帰ってないし、たまには顔出そうかな。」




大学進学を機に上京した柊弥は同じ地域の会社に就職したため、大学生時代から現在に至るまで、実家へ顔を出す事がほぼ無かった。仲が悪いという訳ではないのだが、単純に遠いからという理由と、今までは友人と遊ぶことを優先していた事で結果として帰省する機会を失っていたのだ。




連絡が相手側から定期的に来ることもあったのでそれで安心して他の予定を優先してしまっていたという事も事実だが。




思い立ったが吉日という言葉もあるので、これも何かの切欠だと思い、柊弥は母親へ来週の週末に帰省する旨の連絡を取る。長く顔を会わせていたこともあり気恥ずさしさもあるので電話ではなく、メールでシンプルに「来週帰るよ。」の一文だけの文章で送信。




時間も置かず返信はあり、「帰ってくるんね!柊弥の好きなハンバーグ作って待っとるよ!」といった内容に、柊弥は自分の好物を覚えてくれていた事と、今まで顔を出さなかった事罪悪感で嬉しいような、申し訳ないような複雑な気持ちになった。












翌週の週末、約束通り柊弥は帰省する為荷造りを終え、家を出た。


会社からはタイミング悪く休日出勤の要請が出ていたが、そもそも興味の無い仕事の為適当な理由をつけ断った。出世レースに参加しているわけでもなく、居心地も決して良いわけでもないので、何かあれば辞めてやろうという考えだった為、そこに対しての罪悪感は不思議と無かった。




駅まで行き、お土産を購入したあと新幹線のチケットを購入し、目的地に向け乗車する。


新幹線の中で久々の再開の為、まず何から話そうか思考を巡らせるが良い文言も思いつかないので途中で思考を放棄し、目的地まで仮眠を取りつつゲームをしながら適当に過ごした。




そして目的地へ到着。自慢ではないが、俺の地元はかなりの田舎だ。


最寄り駅は無人駅だし、そもそもその駅から実家まで歩けば少なくとも30分は時間を要する。


駅の周りを見渡せばすぐそばには田んぼが広がり、コンビニなんて一駅跨がなければ見つからない。




良くも悪くも変わらないその光景に懐かしさを覚えながら、実家に向け足を進める。


ああ、ここは昔仲の良かった友達の家だな、ここはよく友達と買い物に行った駄菓子屋だな、今は流石にやっていないんだな、と思い出を振り返りながら周りの光景を堪能している内に、目的地である実家へたどり着いた。




身内どころか実家なのでそのまま入っても問題は無いだろうとは思ったが、高校卒業から10年帰省をしてこなかったこともあり緊張を覚えた為、インターホンを押すことにした。




「はいはい…あれ!柊弥ね!」




聞き覚えのある懐かしい声。玄関を開け姿を見せた母親の姿に思わず涙が出そうになったが必死に我慢し、なんとか平然を装う。




「おう、元気だった?」




姿を見た瞬間、後悔を覚えた。家を出る前はまだ元気があり快活だった母親も、白髪が増え顔には皺が


くっきりと表れ、身体は小さくなっている。見るからに老いが進んでいる姿だった。




…そうだよな、いつまでも元気なわけではないんだよな。




それでも久々の再会に変わらず笑顔を見せてくれる母親に心配してる姿は見せまいと平然を装い続け、


家の中に入った。










久々の家族との食事。食卓には俺の好物が並べられていた。


ハンバーグにオムレツにトンカツ。確かに俺が子供の頃好物だった品々だ。流石にこの歳になっては胃が持たない上に、食べきれない量ではあったが、折角の好意を無駄にするわけにはいかないと限界まで口に入れた。




「それはそうと、柊弥は仕事はどうなんだ?役職は付いたのか?」




子供の頃を思い出しながら、おふくろの味にいそしんでいた中、その光悦を破壊する言葉が耳に入った。そう、俺は昔から親父とは性格が合わなかった。親父は根っからの仕事人間で、学歴、出世等ステータスで物を考える人間だった為、子供心につまらない人間だと距離を置いていたのだ。正直言うとこれが今まで帰省をしなかった理由の一つでもあるのだが。




「…まだ役職は無いよ。仕事もようやく一人でこなせるようになってきたところだ。」




「そうか。父さんはお前の歳の頃には既に主任になっていたぞ。もっと頑張りなさい。」




折角懐かしさを堪能し、子供の頃を楽しんでいた最中だったが、それをぶち壊す現実的な話に心底嫌気がさした。もう少し無理をしてでもおふくろの味を楽しみたかったが、食欲が一気に失せたので適当な返事をしてその場を離れた。




嫌な気分になりながらも落ち着くために一人の時間が欲しいという理由で自分の部屋だった場所に入ったが、その瞬間にまた懐かしさで予想以上に一気にその気分は和らいだ。




「そのままにしてくれてるんだな…。」




部屋の中身は自分が家を出た時と何も変わっていなかった。


ほとんど使わなかったが買ってくれた勉強机に、最後の方は足がはみ出しそうになったベッド、当時流行っていた漫画が詰まった本棚。掃除はしてくれていたみたいで小綺麗にはなっているが、間違いなくその時俺が過ごしていた部屋そのものだ。




至る所に散りばめられた今も変わらぬ母親の愛情を感じて抑えていた涙が少し流れた。


正直言うと、本当はつまらない今の仕事、環境を辞めて、ここに戻ってきたかった。


ただ、現実主義な父親に何を言われるか分からないので我慢を気持ちを殺して過ごしていた。




さっきの口ぶりだと、やはり仕事を辞めてここに帰ってきたとしても父親の態度を見る限り居心地は悪いだろう。だから、せめて今だけはこの昔を思い出し精一杯楽しもうと思った。




「あ、これもまだあったんだな。」




涙を拭った先に見つけた一つのゲーム機。小さなTVの下に置かれていた今の子供達は絶対に遊んだことが無いだろう年季の入った旧型機種だ。




「せっかくだし、久々に遊んでみるか。」




TVと電源を点け、旧型ゲーム機にカセットを指し、電源を点ける。


まだ起動はするみたいで、瞬く間にTV画面にはゲーム映像が流れ始めた。




カセットは、子供の頃一番やり込んだRPGゲーム。


OP映像を堪能しながら思い出に浸る。




「マジか、まだデータ残ってんだな。」




ただでさえ現代では化石に等しいROMカセットは時間が経過すれば電池切れでデータが消える為、保存がされているとは思ってもいなかった。折角なので残っていたデータ「トーマ Lv.99」のデータを起動させる。




ゲームの中身はうろ覚えだったが、復元データで適当に戦闘をしている内に、徐々に思い出してきた。


ストーリーは普通の村に住んでいた青年が実は勇者の血筋を引いておりモンスターに村が襲われた際に才能が開花、青年はモンスターを討伐したが村は壊滅。青年は行くあてもなく近くの城を尋ねたところそこでモンスターを放ったのは魔王の仕業という事を知り、魔王を倒しに行くという、今だとありきたりなストーリーだ。




データ自体はクリア済みのデータでかなりやり込んでいた為、難なく敵も倒せ何一つやりがいのない物になってしまっていたが、それでも子供の頃一番好きだったゲームなので、思い出の詰まったデータで遊べた事で満足感にあふれた。




とはいえ、旧型機種のゲームでシンプルな戦闘をするだけではすぐに飽きがきてしまい、10分程度で満足してしまい、ゲームの電源を消した。




「そうだったな、俺、昔このゲームでかなり遊んだよなあ。でも、なんでこの主人公の名前トーマにしてたんだっけな。」




自分の名前はシュウヤなのに、主人公の名前をトーマと名付けた事に疑問を覚えたが、思い出せず、


まあ深い意味は無いだろうと特に深堀りもせず年季の入ったベッドに横たわり眠りについた。












翌日も母親の手料理に舌鼓を打ちながら、家の周りをふらつき一通り思い出に浸りある程度満足したので、帰宅をすることにした。


母親は寂しそうな表情を見せたが、これからは定期的に帰ってくる旨を伝えると元気を取り戻してくれた。父親とは結局昨晩の会話以降、まともに口を利かないまま帰りの挨拶だけ済ませ、帰路についた。








はぁ~…また明日から仕事かあ。






新幹線の中で明日からまた始まる連勤に憂鬱になりながら、何とかポジティブになろうとスマホで様々な情報を検索しながら気を紛らわせる。とりあえず直近の楽しみとしては手土産に貰った母親の晩御飯があるので、これを楽しみに明日からも何とか乗り切ろう…。




そうこう考えている内に自宅へたどり着いた。


部屋に入るや適当に風呂と洗濯を済ませ、母親の手土産を頂戴した後に楽しみが無くなったので再度憂鬱になりかけるも、考えても時間の無駄なだけだったのでさっさと寝る事にした。






…結局帰ってきても何も変わらない。俺はこれからどうなるんだろうか。




敷布団の中で目を閉じながら変化の無い自分を憂いもしたが、まあ何とかなるだろうという結論でそこまで時間も要せず眠りについた。














「起きてくれ、おい、起きるんだ青年!」








…ん、声が聞こえる。夢か…








「頼む!困っているんだ。起きてくれないか!」








…いや、確かに聞こえる。でも俺は自分の部屋で寝ているはず。そんなはずは無い。








「仕方ない。実力行使だ。許せ、青年!」






なんか物騒な事言い始めたぞ。夢とは言え怖いだろうが!




「すまないが許してくれ!秘技!トライアスク…」


「だああ!朝っぱらからうるせえ!」




勢いよく布団から起き上がると、目の前には明らかにこの現代社会には不自然な人間が存在した。




「おお!起きてくれたか!ありがとう!早速だが、ここはどこなのか教えてくれないか?」




目の前で大声で話しかけてくる青年は金髪で端正な顔立ちに鎧を身に着けマントを羽織り、腰には剣を携えている。




あれ、これ勇者様じゃん。














え、いや、勇者様じゃん…。


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