サイアイ【2】
「ドウケツエビの夫婦って、喧嘩したら地獄だね」
そのあとすぐ、ずっと一緒にいられるのは嬉しいけどね、と言い足した彼のことが心の底から好きだと思った。
「ほんとですね。同じ空間にいるのも気まずいけど、かといって迂闊に外にも出られないし」
「海の底は危険がいっぱいだもんねえ。出た瞬間に待ち構えてた外敵にガブッとやられておしまいってところかな。夫婦喧嘩で敵に食われる……? なんて、笑えないね」
「あれ? 彼ら、成長することで物理的に出られなくなるんじゃないでしたか? 入った時点では幼生だったのが、だんだん大きくなって……身を守るために、閉じ込められざるを得なくなるように進化を遂げたのかもですけど」
「ああ! そうだったかも。なら、なおさら逃げ場がないなあ。死を覚悟して外に出る選択肢もないんだもんね……まあ、喧嘩するかどうかも知らないけどさ」
体勢を変えるたびにそれに合わせて程よく体が沈み込むベッドは、息を吸うたび真新しい匂いがした。
「ずっと仲良くいるって、難しそうに思いますけどね。私が人間だからかなあ。でも、トータルで見て仲良しって言えるなら、すごく幸せだと思います」
視界いっぱいに広がる網目を数えながら、このひとと喧嘩をしたことはあっただろうか、とぼんやり考える。
覚えている限りでは一度もなかったが、それだけ一緒にいられた時間が短いということかもしれない。
「うん、俺もそう思うよ。……話の続きなんだけどさ」
「はい」
「もし彼らが喧嘩すると仮定したら、どうやって仲直りするのかと思って。君はどう思う?」
「そうですね……私たちは知り得ない方法でコミュニケーションを取るんじゃないでしょうか。それが私たちでいうところの会話にあたるのか、ボディランゲージのようにそれに代わるものかはわかりませんが」
そのとき、カーテンが大きく靡いた。平年より気温の低い今秋の風は、より冷たく衣類をくぐり抜けてくる。
絡めた指を解いて、彼の腕に縋り付いた。
「なんらかの伝達手段はあるだろうね。相手に伝わるかどうかも大事だけど、受け取った相手がどう感じるかも重要だろうし……俺はずっと、言葉をうまく扱えないままだなあ」
体温を分けるように少しこちらへ身を寄せてくる彼に、ますます愛しさが募る。
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