エッセイ集
鈴木ユウスケ
第1話 衰えゆくものと向き合って
高校3年、5月の日曜日。模擬試験の日の朝。
同居していた祖母が亡くなったと、母から知らされた。
肺癌で入院していた。
模試が終わると、担任の先生に
「今朝、おばあちゃんが死んだから、明日と明後日、学校を休む」
と伝えた。
悲しみの欠片もなく言えた。
実際、その時はいつもと同じような精神状態で模試を受けた。
朝、「今日の模試どうしようか」と母に相談した時、母は「今日は、別にあなたがやることはないから、模試は受けておいで」と言われて、家を出た。
僕が登校する時点で、祖母は、まだ病院から自宅へ戻って来ていなかったので、僕は祖母の死顔を見ていなかった。死を実感できていなかった。そのため、いつもと同じような精神状態だったのだろう。
祖母の死期が近いことは、以前から聞いていた。
体力的に手術をすることは不可能で、当時話題になっていた丸山ワクチンも治癒するところまでは効果がなかった。放射線治療をしたのかどうかは、両親から聞いていなかった。
高校から、家へ帰ってくるまでの間、何を考えていたのか記憶がない。おそらく、模試で解けなかった問題のことやクラスメイトと答えが違った問題について考えていたと同時に、これから行われる面倒な儀式のことを想像していたのだろう。
祖父が死んだのは、僕が小学校3年の秋だった。「雨の日で、葬式の時間が長かった」ということぐらいしか、その時の記憶はなかった。
今回祖母が亡くなって、どのような準備と本番の儀式が行われるのか、当時僕には分からなかった。
家に着くと、祖母は帰ってきていた。仏間で着物を掛け布団代わりにかけられていた。やせ細って、小さくなったであろう顔が、白布に隠されていた。見るのが怖かった。
祖母が入院していた病院は、僕の通っていた高校の近くだった。通学路といってもよい場所にあった。
まだ祖母が比較的、元気があった頃、僕は学校帰りにたびたび入院している祖母を見舞った。来る途中で買ったアイスクリームを持って。
祖母は、僕が渡したアイスクリームを美味しそうに食べた。その姿を見て、僕も嬉しかった。治らない病であることは、両親から聞いていたので、祖母が喜んでくれるのが、僕にとっては救いだった。
しかし、次第にやせ細り、衰えていく姿を見ることに、僕の方が耐えられなくなって、いつしか見舞いに行かなくなった。
祖母は、僕がそれまで見舞いに行っていた時刻になると、今日は来るかと、窓の外を眺めながら待っていたらしい。
「受験勉強が忙しいから、なかなか来れないんだよ」と説明していたと、母から聞いた。
それを聞いても、僕は行けなかった。悲しい、怖い思いをしたくなかったからだ。
結局、亡くなるまでに、僕が学校帰りに見舞うことはなかった。休日に親のどちらかと、一緒に行っただけだ。
母から、祖母が待っていると聞いたあと、1回ぐらい行ってあげればよかったと後悔した。
しかし、1回行くと、祖母は次を期待する。時間がたつほどに、祖母は衰えていく。次の期待に応えようとすると、より衰えた祖母の姿を見なければならなくなる。それは、僕の心により強い悲しみと恐怖をもたらす。
やはり、行かなくてよかったのかもしれない。
逆に、祖母の気持ちはどうだったのだろう。
いつまでたっても回復する様子がなく、次第にやせ細り、体力が落ちていく自分の姿を孫に見られることを恥ずかしいと思ったのではないだろうか。
もしかしたら、僕が思う以上に、祖母の方が、自分のおかれた状況について悲しんでいたのではないだろうか。いつまでも治らない自分を情けなく思ってやしなかっただろうか。
若いころはそんなふうに考えていた。
今、孫はいないが、自分が子供を持ち、50歳代になって考えてみると、祖母の気持ちについての僕の想像は外れていたと思われる。今は、こんなふうに考えている。
病気が回復しないことに苛立つことは、あったかもしれない。しかし、自分のどんな姿をさらそうとも、孫に会いたかったに違いない。先が長くない自分への羞恥心などなく、生活を共にしてきた家族、特に子、孫に対する愛情のみを抱いていたはずだ。
エッセイ集 鈴木ユウスケ @yhappys
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