第32話レティ誘拐①

 新しいルミナス村の活気に油断していたのか、人が増えればそういったこともあるのだと、もう少し慎重に考えるべきだったのかもしれない。


 スライムからレティが誘拐されたと聞かされたのは僕が教会を出てすぐのことだった。カールさんの所に届けるモロッコの実が大量だったのでレティもピースを手伝ってくれたらしいのだがその配達中を狙われてしまった。


 まさかルミナス村の中で日中堂々と誘拐事件が起きるとは……。


「それで、レティは無事なのか?」


「無事だよー。連れていかれたのは森の方」

「村から離れたからみんなで攻撃しようと思ったんだけど……」

「犯人がね、勇者も連れて来てるの」


 人目につく場所でスライムを戦わせるわけにはいかない。ルミナス村でスライムは畑のお世話をしたり、出荷の手伝いをしてくれる便利なテイムモンスターでなければならない。


「あとピースも一緒に捕まってるー」

「どうする? 倒しちゃう?」


 村の人には見られていないので騒ぎにはなっていないのは幸いだ。こういう犯罪は観光地ではマイナスイメージになる。


 問題は勇者アシュレイとピースだ。ピースはしょうがないとしても、何で勇者を連れてくるのか。ひょっとしてこれはレティに会えない勇者が、家を出たタイミングを狙っての犯行ではないだろうな。


「勇者がね、何か凄く怒ってる。レティさんを離せって叫んでるよ」

「ピースはね、僕は? 僕は無視ですか? って泣きながら叫んでるのー」


 勇者の犯行ではないのか。


 だとしたら、子供を狙って奴隷商人へ売り渡そうとでも考える輩の仕業か。


 そうだとしてもわざわざ勇者を連れてくる意味がわからない。戦力だけみたら一番敵に回しちゃダメなやつだろう。


「僕が辿り着くまでレティを守れ。場合によってはレティ以外の全員を殺してもいい」


 勇者に助けてもらおうとかは考えない。レティのことは僕が守る。ただ、スライムが戦えるとわかってしまったら残念ながら勇者とピースの口を封じる必要がでてくる。


 スライムが勇者を倒せるかといったらさすがに難しいだろうし、今の僕が一緒に戦ったところで勝ち目はないだろう。


 ではレティを救い出して勇者やピースに口止めをお願いする? 何と言って口止めをするのか。お前のその力は一体何なのだと怪しまれるだけだ。戦えるほどに強いスライムを村の中で使役して、人が扱わない暗黒魔法を繰り出す。これでは言い訳が出来ない。普通に考えて人の皮を被った魔族だと疑われるだけだ。


 レティはどう思うだろう。


 血の繋がった唯一の兄が化物だったと知ったら……。酷く悲しむに違いない。両親のことも殆ど覚えていない上に、兄と慕っていた者が知らない魔族と入れ替わっていたのだから……。


 それでも優先すべきはレティの命。僕にとってはかけがえのない妹であることは間違いない。それはレンの心に刻まれているからとかではなく、僕がレティと生きてきて感じていること。レティを守るためならば僕は正体を隠さない。


 それがもう一緒に暮らすことが出来ないことになろうともだ。


「ダークネスブースト!」


 スライムのいる場所がレティを誘拐した奴らの位置。そこまで距離も離れていない。


 森に入ってすぐの場所、そこには勇者アシュレイと誘拐犯たちが向かい合っていた。


 すぐさま気配を消して盛りに紛れるように枝の上で様子を窺う。


「ダークネスインビジブル」



「レティさんを離せ! 僕が勇者アシュレイと知っていての犯行か?」


「へへっ、お前がロリコン勇者かよ。聞いたぜ、こんな小さい村娘に惚れてるんだってなぁ、へへっ」

「まあ、身綺麗な子供だし売ればそれなりに儲けられそうだが……」

「残念ながら、こいつはここで死んでもらう」


「ふ、ふざけるなぁ!」


 勇者と対峙しているのは三人組の男。言葉の悪い小刀使い、炎系の魔法使いと思われる黒ローブの者、それからレティを殺すと言ったリーダー格と思われる二刀流の剣士。


 この二刀流の剣士はなかなか強い。剣だけの勝負なら勇者とも渡り合えるのではないだろうか。


「何でレティさんを攫ったんだ。僕に用があるのなら話は聞く。だから、レティさんを巻き込むなっ!」


「そうだなぁ。態度次第では検討してやらなくもない。とりあえずお前は今から的だ。俺が投げる小刀を絶対に避けるなよ。もしも避けたら次は間違ってこの子供に投げちまうかもしれねぇからよ。へへっ」


「下衆がっ!」


「リンドル、勇者の足を重点的に潰せ。こいつにはたいした回復魔法はないらしいからな」


「セプター、何なら詠唱出来ないように喉を炎で潰しておくか」


 魔法使いがリーダー格の男セプターにそう話し掛ける。


 レティを人質にとられていることで身動きがとれない勇者アシュレイ。その額からは汗が流れ落ちている。立場が悪いことは十分に理解しているのだろう。


「確かに僕は簡単な回復魔法しか使えない。でもね、それは僕に必要なかったからだよ。勇者と呼ばれる者の防御力、耐久値を甘く見ないほうがいい。それにパーティメンバーには回復魔法のスペシャリストがいたからね。だから僕は攻撃に専念することが求められてきた」


「へへっ、でも今はその聖女スペシャリストはここにいねぇだろ。いくら耐久値が高いといっても全くダメージを受けないわけじゃねぇんだ。へへっ」


「そうだね。この場に聖女はいない。でもこの近くにミルフィーヌがいることは確かなことなんだ! 怒れ雷よ、空より降れ……」


「ちっ、リンドル、ラグルス、勇者に詠唱をさせるな! アシュレイ、止めねぇとこいつの命は……」


「この野郎っ! 詠唱を止めやがれ」

「ま、間に合わぬ」


「光と共に触れる者を切り裂き、かの敵へ届けたまえ、雷属性魔法ライトニングボルト!」


 暗雲が現れるとすぐに雷撃が激しい音とともに地面に落ちた。魔法のスピードと村の方まで響く大きな音を優先させた感じか。


 一方、リンドルの投げた小刀は二つとも勇者の右太腿、左脇腹に刺さっている。普通なら避けられるはずだがあえて攻撃を受けている。


「ぐっ……、す、すまないね、別にお前達に危害を加えるつもりはないし、手は出さないという約束は守っているつもりだよ」


「ふ、ふざけるなぁ! てめぇ、聖女を呼びやがったな」

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