第33話レティ誘拐②
人質をとられていることでどこか安心していたのだろう。まさか、勇者がこの場所を聖女に知らせるように動くとは想定していなかったらしい。
「どうするんだよセプター?」
「へへっ、神殿に見つかるのはまずいだろ」
「慌てるな。聖女が来るまでまだ時間はある。俺たちは言われたことをやればいいんだよ」
勇者は聖女が来るのを信じてどんな攻撃も耐え続けるつもりだ。この場所を聖女ミルフィーヌに伝えることができれば、何とかなると思っているのだろう。ここからは時間稼ぎ中心になる。
おそらくだが、聖女にはかなり深い傷であっても完治させるような魔法があるのだろう。それはきっと勇者をすぐに治してしまう。
そして、レティが多少の傷を受けてでもこの三人組をすぐに沈黙させるといったところか。聖女が来ればその傷もすぐに癒せると。
「僕が回復魔法を苦手としているという情報はかなりの極秘事項のはずなんだ。そんな情報を知っているのは王宮か神殿の上層部だけだよ」
「へぇー、そうかよ」
「まあ、待ってよ。さっき言ってたよね。神殿に見つかるのはまずいって」
「ちっ、リンドル、もう余計なことを喋るなっ!」
「す、すまねぇ、セプター」
「つまりこの件は神殿関係者が知らないという意味だよね? そうなると自ずと誰がこんな指示したのかが見えてくる」
指示をしたのは王宮で間違いない。しかしながら、何でこんなことをするのか。王宮は勇者の後ろ盾であって敵ではないはず。
「さてね、誰が指示したとかどうでもいいんですよ。リンドル、ラグルス急ぎますよ! 闇ギルドの威信にも掛けて聖女が来る前に終わらせます」
「へへっ、殺さないようにするのも大変だぜ、へへっ」
「猛ける灼熱の炎よ、螺旋となりて敵を滅ぼせ、炎魔法スパイラルファイア!」
勇者を殺すつもりがない三人組。そして、レティを人質にとって勇者をわざわざ呼び出す。
これを王宮が指示しているというのなら、奴らの目的は勇者アシュレイの目の前でレティを殺すことにある。
アシュレイがレティに惚れているという情報が王宮に入ったということか。
とても信じられないような話だが、勇者と王女を結婚させるためには何でもするということらしい。そこまでして勇者の血を王家に残したいというのか。
ここまで話を聞ければもう十分だ。
レティを殺そうとしたのは王宮、そして依頼を受けたのが闇ギルドという組織。
何もしていない、きっと見たこともない村娘を自分たちのためだけに、わざわざ勇者の前で見せしめのように殺そうとした。
誰が誰の妹に手を出したのか思い知るがいい。
周辺一帯を覆うように練り上げた魔力を一気に発動させる。ここまで時間を稼いでくれた勇者には少しだけ感謝しよう。
想定していない方向からの魔法ほどその効果は高い。それが攻撃魔法でないのなら尚更だ。
「ダークネススリープ……」
地中に展開した魔法陣は百を超える。眠りに落ちるまで何度でも起動し直してやる。
練り上げられた暗黒魔法が地中から溢れ出し濃密で目で見えるほどに揺らめいていて、数歩先が見通せないほどの霧に包まれている。
まだまだ魔力量は魔王だった時の数分の一に過ぎないが、魔力濃度はその当時と比べても遜色はない。
量をスタミナと表現するならば、濃度は魔法の質の高さ、そして完成度に直結する。つまり一般的な初級魔法相当であるダークネススリープであっても僕の扱う魔法の場合その効果はかなり高い。聖女にも効いていたし、これだけ魔力を練り込んでいれば勇者にも決まる可能性はあるだろう。
「な、何だこの霧は……」
「おいっ、ね、寝てんじゃねぇ……よ」
魔力耐性の少ない者から順番に倒れていく。ピース、レティ、小刀使いの男と順を追うように眠り倒れていく。
そうして残されたのは、二刀流のリーダーセプターと勇者アシュレイのみ。そのセプターも膝をつき最早抗いようのない眠りに対抗する術はない。
それはもちろん勇者アシュレイも同じ。最後まで残ったのはさすが勇者と言うべきか。
「な、なんだ、この魔法は……。奴らの仕業ではないのか……。レ、レティさんを安全な場所……に……」
最後の力を振り絞るように這っていき、眠るレティに近づこうとする勇者。傷を負っていたことでその痛みにより魔法のかかりが悪かったのだろう。
それでもここまでだ。もちろんレティに触らせるつもりはない。追加の魔法陣が動きはじめると勇者も抗うことはできず深い眠りへと落ちていった。
さて、どうしよう。
全員眠らせたのでレティもピースも安全といえば安全だ。だが、しばらくしてやってくる聖女がこの状況を見てどう思うのか。
目が覚めた勇者やレティに話を聞いたとしても説明できないだろう。戦闘の最中に不意に睡魔に襲われたとか第三勢力がいることを認めてしまうようなものだ。
最近どうもこういう出来事が多発している気がしないでもない。何かいい方法はないだろうか。
まだ絶望するには早い。僕ならきっと乗り切れるはず。
そんな時だった。朗報は聖女のそばにいたリタから届いた念話だった。
『ご主人様、聖女と一緒に森に向かっておりますが大丈夫でしょうか?』
これはテイムしているモンスターとの繋がりにより心の中での会話を可能にしてくれる。
『リタ、聖女よりも早くここまで来れるか?』
『はい。スピードなら聖女に負けませんし、森は私の庭です』
『よしっ、最速でこの場所まで来てくれ。可能なら聖女がここまで来るのを遅らせてくれると助かる。事情は追って説明する』
『かしこまりました』
僕の運はまだ残っていたらしい。神殿で聖女の祝福を受けたのが良かったのだろうか。
とりあえず全て神獣様のイベントにしてしまおう。そうすれば観光客向けにも受けがいいし、今後の神獣様人気にも繋がるはずだ。
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