第2話 ウィンターローズ荘の女中
ウィンターローズ荘はベリーズベリーの街のはずれにある。このあたりではいちばん広い敷地を持つお屋敷だ。
お屋敷の主人はベルヴィル卿という紳士だ。
ブリジッドはこのお屋敷に奉公に上がって半年になるが、まだ二度か三度、その姿をちらっと見ただけだ。黒い立派な髭を生やした、背の高い、ものしずかそうな男の人だった。
奥様はときどき女中頭のサラさんと離しておられるので旦那様よりは見かける機会は多いが、それでも、皿洗い女中がじかに奥様と話すことなどできるはずもない。
旦那様と奥様にはアイリスという名まえのお嬢様がいらっしゃる。いつも派手な服をお召しになって、高い声でお話しになる。いつも機嫌がよさそうで、笑顔でいらっしゃるけれど、ほんとうにいい人なのかどうかは、そばに寄ったこともないブリジッドにはわからない。お嬢様は、旦那様とは別の棟、女中部屋のある棟の隣に住んでおられる。
そして、このアイリスお嬢様の専属の女中が、いまブリジッドが追いかけているいじわるなメアリーなのだ。
ブリジッドは、ほんとうの名まえは、アン・ブリジッド・ブレンダンという。なぜ名まえがアンとブリジッドの二つあるのか、自分ではよく知らない。ともかくブリジッドは親からもおじいちゃんやおばあちゃんからもまわりの子からも「アン」と呼ばれて育った。
ところが、このお屋敷に奉公に来て、「アン」ではなく「ブリジッド」のほうで呼ばれることになってしまった。
なぜか?
このいじわるメアリーの妹で、同じアイリスお嬢様の専属の女中をしている女の子がアンという名まえだからだ。
呼ばれ慣れない「ブリジッド」の名で呼ばれて、最初のうちは自分のことだとわからず、何度も返事をしそこねた。そのおかげで、ブリジッドは、なまいきな子だと言われ、何度も泣いてなまいきでないことがわかると、今度は鈍い子とばかにされるようになった。
そのいじわるメアリーの妹のアンは何度か姿を見かけただけだ。派手な赤いドレスを着ていた。同じくらいの年ごろのはずなのに。
たしかに、姉と違って、物腰はおっとりしているようだったけれど。
そのいじわるメアリーは、相変わらずのこせこせした早足で丘を下り、芝生の縁をめぐって、小川のほうに下りていく。
ブリジッドは、そのメアリーの姿を見失わないように、しかし足音でメアリーに気づかれないように、間隔を空けてそのあとを追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます