捌 愛しき矛盾と零れ水

半妖は眺める

人の一体感と所有感を


ある田舎での事

吟遊詩人の居る所

洋琴を掻き鳴らし

歌で魅了する彼


人に執着せぬ私が

肩入れする人間


大舞台をやり遂げた彼は

愛する曲を歌い続けた

旋律は更に美しくなり

やがて状況に変化が見られた


彼は音楽を通じて人と交流し

歌う仲間が増えて行った

様々な楽器を目の当たりにし

皆は素晴らしい曲を奏でる


彼自身もそれらに憧れた

その反動なのだろうか

己の洋琴に劣等感を抱く


周囲の皆も助言した

「洋琴も良いが」

「六弦琴が合いそうだ」

「やってみると良い」


洋琴に愛着を持ち

手放すことは無かった

しかし、彼は決意し

六弦琴を手にした


直ぐに上手くはいかず

鬱々とする日々

反面、皆と同じになれる喜び

鬱と喜の波で揺れていた


同時に、大舞台にて周囲を

魅了した反響は大きく

様々な舞台に

誘われるようになった


だのに彼は

己の状況が良くなる度に

劣等感を引き起こす


振り切るように

六弦琴に打ち込んでは

出来ぬ己に落ち込み

そして焦る


慣れ親しんだ洋琴を弾き

己を慰めた後

また六弦琴に向かう

それの繰り返し


だからなのだろう


客観的に自分を理解し

自分より技術が遥かに劣り

故に憧れの視線を向け続ける

「半妖」を欲していた


私は理解した


彼が欲するのは

私「半妖」ではなく

「全肯定の言葉」


だからこそ私は


忠犬へと変化し

傍に座っては

励ましを送った


鳥へと変化し

近くに止まっては

下手な歌を披露した


補佐役へと変化し

頼まれ、隣に控えては

伝言を周知した


最も近く、最も遠い所に居続けた


憧れの人達へ近づく為の

彼の努力や活躍を見守り

実を結ぶ事を願った


願うしかできぬ


しかし次第に彼は

心身が疲弊していった


苛つきを滲ませ

優しさを求めるが

吐き捨てるように

私に向かって発した


「五月蝿い、黙れ」

「勘ぐるな」

「何も知らない癖に」

「お前に何が解る」


ああ、なんと

人間臭い事か


彼は、憧れの人達と

一体感を欲している

しかし思う様に事が運ぶのは

真の姿が醜い半妖なのだ


本当に欲しいのは

憧れの人達からの

賞賛の言葉


それを代わりに

半妖に求める


その違和感を聞き

是ではないと失望する


「欲しているのに」

「煩わしく思う」


なんという矛盾


理解している

人とはそういうもの

進化を求めれば

必ず起こる事


人とは可愛く愚かよ

だからこそ愛おしい


そう思うのに

そう解るのに


何故、私の両の眼からは

水が零れるのだろうか


まさか、私は

悲しく思っている?

何故だ?


いや、


己を理解できない

理解したくもない


理解したところで

何も無いのだろう


次へ行こう

次の世を眺めよう


この世界には

既に用はない

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