第20話 病床の朝
「おっはよー」
朝から元気のいい挨拶が聞こえてくる。
手に下げたバスケットには朝食用のパンとチーズ、魔法瓶に入ったポトフが入っている。入院しているシャルの朝飯だ。未だに自由に出歩くことが出来ない彼の代わりに、一日三食代わり番子に娼館に勤めている誰かが食事を運んで来てくれている。
「おはようございます、シェリーさん」
声の主は既にシャルの見知った顔だった。ステラと買い物をしていた際に、たまたま出会った女性だ。ステラと同い年か、少し下くらいの見た目の女性でシェリーと名乗っていたのを覚えている。
「おっ!わたしのことをちゃんと覚えてたんだ。関心関心、今日はこのシェリーちゃんがあなたの面倒を見てあげちゃうぞ」
ベッドテーブルに籠を乗せ、手慣れた動作で配膳をする。既に顔見知りであっただけに、親し気な様子で話しかけてくる。既に朝の身支度を済ませ、気怠い気分で二度寝に入ろうとしている時にやっと朝食が来た。正直、初対面での第一印象は良くない。そして今、さらに好感度は下がり続けている。
「今朝は随分と遅かったですね」
「おう!寝坊した。でもシャルさんは時間を持て余しているだろうし、朝ごはんが遅くても問題ないよね!暇つぶしに一緒にお喋りしよう」
この女とお喋りしたいことなど何もない。内心そう思いながらシャルは愛想笑いを続ける。
「お仕事は大丈夫ですか?オレの事はいいのでご自身のお時間を大事にしてください」
「いいって、いいて。そんな遠慮しないで、わたしが好きでシャルさんとお話したいんだから。ステラとはどこまで行ったの?いい娘だよね。彼女、大事にしてあげなきゃダメだよ」
会話をするだけでも正直、息が苦しくなるシャルにお構いなしに、喋りかけてくるシェリーに適当な相槌をうつ。
そして彼女がお喋りでシャルから聞き出したいことは、ステラとの関係性についてだと言うことが分かった。他人の恋路に興味深々なシェリーは、目下交際中のステラとの関係がどこまで進んでいるかだ。事情を知らない町の人たちからは、シャルの恋人はステラだと思われている。
「それでさー、やっぱり鍛えているからか凄くスタイルいいよね。おっぱいも大きいし、羨ましい。シャルさんはアレを好きに出来るんでしょう?やっぱりアレ、男の人は胸の大きさに惹かれたの?」
「まず誤解を解かせてもらいます。オレの恋人はステラ・アンブローシアではありません」
「またまたぁ、照れちゃって、そんな恥ずかしがって否定しなくても」
苛立つ男は恥ずかしげもなく告白する。
「彼女とは肉体関係があるセックスパートナーです。しかし、オレの恋人は別にいるし、その人とは婚約もしています」
シェリーの顔から一瞬で表情が無くなり、頬が引きつった。なおもシャルは言葉を続ける。
「ステラ・アンブローシアとオレが、単に性交渉をする間柄だからと言ってお互いに恋人同士だとか、恋愛感情があると思い込むのはやめてください」
ただれた関係を悪びれもせず、堂々と赤裸々に告白する男の開き直った態度に、シェリーは激高した。
「サイッテー!」
相手が病人であることも拘わらず、感情的なビンタが飛ぶ。
無抵抗に暴力を受け入れるシャルは、少しだけ困った顔で笑う。
「それで君は満足かな?まだ知りたければ馴れ初めや、初体験の感想まで話しましょうか?特に面白い話でもないと思いますけど」
心底軽蔑し切った目でシャルを睨みつけ、彼女は病室を出ていく。
熱を持って赤く脹れだした頬に痛みを感じながら、何故怒らせてしまったのだろうとシャルは疑問に思った。彼女が知りたがったことを教えてやったのに。
「やっぱり女の子と楽しくおしゃべりなんてオレには出来ないか。まぁ、中々いい顔が見れて好かったけど」
固くなったパンを冷めたスープに漬けて、食べ始める。
「不味い」
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