第19話 魔の山脈の遊牧民

 広大な山岳地に複数の軒のテントが張られている。その移動式住居は様々な立地にも容易に拠点が張れるように様々な工夫が凝らされた。質実剛健な造りは簡易要塞とでも言えそうな立派なものだ。それらは人間の持つ技術で作られたものではないことが一目で分かる。人間の持つ膂力では、その建材に使われる支柱一本すら持ち運ぶことが適わないからだ。

 「やっぱり鶏肉は軽すぎて肉を食べている気がしないわ。肉と言えば四つ足の動物じゃないとねぇー」

 魔の山脈に逃げ延びた魔王軍残党の一派を纏める酋長ロドミゴは少女を食客としてもてなしていた。

 「いやーごめんね、最初見た時てっきり強面の魔族だったから思わず襲っちゃって。ほら、あたしってば女の一人旅だし、種族的に何て言うか身の危険を感じざるを得なかったての?うん、いやそれが偏見だってのは分かったし、こっちから喧嘩吹っ掛けたのに逆にこんな歓待で持て成してもらっちゃっていやー、はははは。ごめん、居直り強盗でホント申し訳ないわ」

 人間から自分たちの種族が大変不名誉な偏見を持たれているのは知っているが、それが原因で彼女から襲撃を受け一騒動あったが、言葉が通じたため何とか誤解を解き、矛を収めて貰えた。

 「そう畏まらないでください。大した物もお出しできませんが、外の寒さを凌げる程度には温かいところです。むさ苦しいところですが、ごゆっくりしていってください」

 そう少女に語り掛けるのは人間の老婆だ。古めかしい神殿の修道服を着た老婆、シャルロッテ・スタングは少女を接待していた。

 「そう言えばさ。オークさんたちは一体何をしていたの?放牧している山羊の屠殺にあんな大げさな刃物なんていらないでしょう?軍事演習?決闘?それとも剣技の教練かしら?」

 「どれも正解だ。対人戦の訓練だ。俺たちは元々、兵隊だったからな」

 魔族に近い亜人、オーク。神代の戦争に邪神が善神の眷属であるエルフに対抗して作り出した戦闘種族だと伝えられる亜人種の一つだ。醜悪で屈強な肉体と残忍で狡猾な精神を持ち、敵対していたエルフをはじめ多くの亜人、人間たちに暴虐の限りを尽くす。神々が地上から隠れた後の世も現世に留まり、独立した種族として人外魔境の土地に集落を作って生き延びていた。彼らもエルフ同様に半ば伝説上の生き物として語られていたのも今は昔。魔の山脈の西側では50年前の魔王大戦に、魔王の軍勢に加わったことでオークが現在も人類に仇をなす存在として強烈に印象付けられた。

 「もともと兵隊ねぇ~。今は遊牧民でしょ?何でいまも行軍やら陣形を作って剣や槍の訓練なんてしているの?放牧と狩猟採取しながら交易を生業にしているって聞いていたけど。どっかの集落に戦争でも仕掛けるの?略奪?人攫いして人間のメスを子袋にでもするの?」

 「甚だしく誤解だ。俺たちはオークだ。人間が人間同士で惹かれ合い番うように、俺たちはオーク同士で愛し合い子を生すのが一般的だ。確かに一部の暴徒が人間の女性に落花狼藉を働いたことは事実だが。そう言った連中はあくまでも特殊性癖を拗らせたかなり珍しい奴だ。人間は他種族にも欲情する大分特殊な性癖を持つと良く聞くがお前もそう言った手合いか?」

 「あー、違う違う。人間ってさ、東側だと色んな外見の種類があるからさ。角や羽とか尻尾が生えてたり、耳の位置が違ったり、鱗や毛むくじゃらだったり目や肌の色が違うってのが珍しくないの。そう言う人たちは魔族って言ってね。魔物に近い人間なの。だから別種だと誤解されやすいんだけど。あたしみたいなただの人間と魔族の差異って、魂の形とオドの総量が違うってだけなんだ」

 「そうなのか。ではロッテのような人間が異常なのだな」

 「あらイヤだ。亜人と人間の外見的な差異なんて、魔族と人間の差に比べたら小さなものですよ」

 酋長のロドミゴと人間のシャルロッテは夫婦のように寄り添っている。その距離感はそのまま二人の関係性を示しているようだった。

 「あー、そうなんだ。シャルロッテさんとロドミゴさんはそういう関係なんだ」

 「お恥ずかしい。もう何十年も前のお話だけど、私はもともと宣教師でね。魔王に与したオークたちに神殿の教えを説いて離間工作を図っていたのよ。けど自分で色々、布教活動をしている内に、神殿の方針に疑問を持つようになってね。いつしか異端者として狙われるようになったの。それを助けてくれたのは皮肉も魔王軍のこの人だったってわけ」

 「50年も昔の話だ。そんなことは忘れたな」

 「何て言うか、壮絶なラブロマンスがあったのね」

 「俺たちが戦闘訓練をしていた理由は、ある魔族を暗殺するためだ。そのために選抜した戦士たちはお前に使い物にならなくされた訳だが」

 「ごめん!ホントごめん!一宿一飯の恩義に謝罪も兼ねて申し訳ないけど、あたしが代わりにその魔族を暗殺してあげようか?相手がどこの誰だか知らないけど、そんじょそこらの相手に遅れは取らないわよ」

 「何故、暗殺するか訊かないのか?」

 「所詮行きずりの相手よあたし。その辺の込み入った事情に踏み込んでも言い訳?」

 「他人の命を軽く扱うなんて随分と物騒な生き方をして来たお嬢さんなのね」

 「お前にとって面倒なことだろうが俺たちにとっては重要な要件だ。ちゃんと理解して行動して欲しい」

 「政治的な理由で暗殺を強行するのは無能がやる事って聞いたことがあるけど、あなた達は見た目に寄らずバカじゃなさそうね。興味が出たから聞いてあげるわ」

 「俺たちが暗殺しようとしている魔族は、魔族の裏切者と呼ばれている連中だ」

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