第18話 魔族とドラゴンの会話5 領主の悩み
「やあ、久しぶり。最近、顔を見なかったね」
「バグシャス様」
「久しぶりにその名を呼ばれたよ。昼間の君は相当忙しかったみたいだね」
「ええ、今年もつつがなく豊穣祭を催すための準備です。準備期間が短くなってしまったので、その分滞っていた業務をこなしておりました」
「楽しそうで何よりだよ。おかげで私は夜の間暇だった。ところで気づいているかい?君の町に厄介な連中が入って来たよ。魔術師とその奴隷の魔族だ」
「同胞が、それならば」
「止めておいた方が良いよ。その奴隷は混ざりものだ。きっと何かの実験で生み出されたのだろうね。彼女を君の同胞だとは思わない方が良い。アレは君らには救えない存在だ」
「……それは我々が判断することです」
「ふぅん、懲りないねぇ。流石に今度は笑えないことになりそうだから、困ったことが起きたら頼りなよ。耐火次第で力を貸そうじゃないか。君は私の大切な話し相手だからね」
「殿下の御心遣いには感謝しております。お手を煩わせない様、鋭意邁進する次第です」
「じゃあ、また。今度は上手くやれるといいね。おやすみ」
「おやすみなさいませ」
テンタクルワームズの討伐に町内のみならず、一報を知った官僚や側近たちは賑わった。王都にこの知らせを持って行けば、鉄道の施設事業を進めることができる。しかし、それと同時に新たな問題が生まれた。
「鉱山事業の就労者数が足りなくなった」
「魔素に耐性がある上、身体能力の高い元冒険者だからこそ、魔鉱石の採掘が上手くいっていたものを。まったく度し難い話だ」
鉄道運輸が可能になれば今まで以上に大規模な魔石、鉱石の販路が確保できる。しかし、領内の労働人口を鑑みれば、鉄道施設に従事する労働者を確保しようとすれば、魔鉱石採掘に裂ける労働者は不足する。今回の事件のお陰でエリンの町の治安問題は改善したがそれ以上に、今後の経済基盤を支える就労者数の問題が噴出した。魔鉱石の採掘からあぶれたならず者共に鉄道敷設に従事させる予定だったが、その予定は破綻した。
「さてまた外部から人材を呼ぶ込む必要はあるが、あまり神殿の価値観に染まった者たちを入れる訳にはいかんな」
しかし、宗教によって社会通念や道徳観念が形成されるものだ。神殿の教えを軽んずる者ばかりが集まると治安が乱れる。神殿の影響下が弱い地域で、社会規範を守る意識が根付いている他の領地から移民を誘致することが最良だろう。しかし、他の領地からエリンの町に移民を呼び込むにしても、裏で魔族と通じることを許容できる程度に、魔族への偏見や敵愾心がないことを条件するならおのずと数は絞られる。
「異教の信仰が残るマグラックスか、亜人の領主が治めるゼニセラスかだな」
どちらも一筋縄ではいかない。たとえ誘致が上手くいったとしても、入植してきた異文化圏の人口比率が増えることを鑑みれば、あらたな諸問題が発生することになるだろう。現状の打開策を打てば、更なる問題の種をばら撒くことになる。
「まったく人生とはままならないものだ」
ゼリエ公爵は公私で抱える問題についって一層頭を抱えることになった。奇しくもそれは自分の領地に隠れ潜むドラゴンが初めて発したこの国の言葉だった。それを知る者はどこにも居ない。
六頭立ての馬車は街道と進み王都を目指す。空に広がる暗雲は、さながら未来の波乱を予感させているかの様だった。
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