第15話 悋気、応変
事情を説明し終え、シャルは数日無断で家を空けた罰として締め出された。ジェーン女史の存在がなければお咎めなしでそのまま家に入って、自分の部屋でアデルと一緒に寝ていたかもしれないが。それはそれであの流れから困ったこと陥ることは目に見えていた。ある意味に助かったのかも知れない。
シャルは一人膝を抱えて星空を見上げていた。凍えながら夜を明かすのは、何年振りだったろうか。寒さがやり切れない寂しさを誘い、孤独なまどろみに沈んでいった。
星空は爛欄と燃えている。その輝きは酷く不吉に見えた。
朝露で目が覚めると、売り物の薪置き場となっていた空の馬屋に四頭の馬が繋がれ飼い葉を食んでいる。飼い葉や寝藁なんて用意があったかなぁと眠気の残る頭でぼんやり考えていると御者の男が挨拶をして来た。
「おはようございます、ハンガーさん」
冷え切った身体を起こして、馬の世話をしていた男と会話をする。既に何組もの冒険者の集団が魔物討伐のためエリンの町に来て、この廃業した酒宿にも宿泊していた冒険者がいたこと。寝藁や飼い葉、馬用のバケツやブラシ、替えの蹄鉄等諸々の品は皆昔の伝手のあるエステルが用意したこと。そしてそれらを使用していた冒険者たちは不帰の人になったこと。別段深い知り合いでもない若人の命が喪われたことに涙し、大げさなくらい嘆く。
どうでもいい。ただ死んだ奴はバカだと思う。死んだバカのせいで泣かされる人間は、何故悲しんでいるのだろう。赤の他人が何人死んだところで、何を悲しむ必要がある。その涙にいかほどの価値があると言うのだ。
自分の中に怒りに似た感情を覚え、朦朧とした意識の中で立ち眩みを覚え倒れた。心配する声が聞こえる。名前も知らない誰か。涙もろい人だ。家畜にやさしい人だ。馬たちが不安そうに嘶き、鼻づらを押し付けてくる。濡れた鼻が冷たくて気持ちいい。ああ、どうしてこんなに頭が痛いのだろう。胸が苦しいのだろう。怠い。何もしたく無くない。死にたい。
チャールズ・ハンガーは闇に飲まれた。
「38.7°C、完全に風邪ですね。念のため解熱剤を用意して置きます。くれぐれも安静に。肺がやられてはいけません。しばらくは温かくして沢山の水分を取って寝ていてください。あなたの様に体内魔力を消費しすぎて倒れると、病気にかかりやすくなるんですよ。怪我も治りにくくなる。オドとは生命力ですからね。どれだけ一時的に身体を強化し機能を向上させても、細胞や器官そのものが傷付けばそれを治すまでの時間はかかるし、蓄積した疲労を感じなくなっても無くなる訳ではない。言わばオドの使用は命の前借に過ぎません。便利な力だからと言って過信してはいけませんよ」
「はい」
擦れた声で返事をする。不快な熱に魘され、無気力で返事をするのも億劫だ。全身が茹だるように暑いのに、悪寒がする。マスク越しで息苦しい。頭痛と関節痛と胸焼けがする。鼻水も汗も不愉快だ。何一つ自分の身体がいう事も聞かない。生きている癖に何も出来ない。ただ苦しみだけがある。
「シャル、ごめんなさい」
「出ていけ」
お見舞いか、看病か、ただ様子を見に来ただけだろうか。分からない。風邪がうつるといけないから、そう言いたかったけど。声を出すのも辛く、現状への苛立ちから酷い言いざまになって言葉を吐いていた。
こうしてオレが寝ている間に、バカが何人死んでいくのだろうか。死ねばいい。死んで憐れまれて悲しませて、不幸を周囲に振り撒いて、そんな様を哂ってやろう。嘲笑って……。
くだらない。つまらない。わらえない。
度し難い。
眠れないまま、何も考えず、何も思わず、ただの屍のように横たわることにした。
何もしないことをしよう。
今はもう何もない。
「アハハハハハハハハハッ!本当に!本当に!バカなマネをしたね!君」
「面目次第もございません」
「いやいやいや、私に謝る必要は無いよ!うん、全然ない!むしろありがとう!久々に声を上げて笑わせてもらった!そうかそうか、風邪をひいて倒れるとはね!可愛いなぁ人間、脆くて儚くて、命の灯は短くて!ああ、本当に素晴らしい!短命種ってのは本当に、佳人薄命とは言うけれど、才に恵まれども力なく志なかばで病に斃れるとは。いやいや予想外、予想外!うん、これだから世の中は面白い。アレが死んだら教えてくれ。じゃあまた」
「お待ちください!あの人間は、チャールズ・ハンガーはあなたの眷属ではないのですかが、何故そう簡単にご自身の従僕をお見捨てになさるのですか?」
「えっ!?彼は私の従僕だったのかい?いつから?どこで?だれがそう決めた?」
「違う、のですか?」
「うん、そうだよ。それは君の間違いだ。死ねば娘は悲しむだろうが、身の回りの世話をする従僕は、新しいペットを飼ったようだし問題ないだろう。もし生活が乱れるようなら君が支援してくれよ。彼が死んだら、君にも責任の一端があるのだからね」
「実験は失敗だ!」
この一週間、ドラゴンの属性を持つ魔石の培養研究に心血を注ぎ、属性付与と結晶化した魔石の精製にすべてを費やした。凡俗の目なら誤魔化せるだろうが、結局は追い求めた成果は得られなかった。魔石は結晶化して大きくなれば属性を示す色がどんどん薄くなっていった。天然の魔石と比べれば、それはもう完全に劣化物以外の何物でもない
魔素の培養自体には成功しているにも関わらず、結晶化、物質化すれば不明な原因で属性を示す色は淡く変色してしまう。魔力需要を支える魔石、つまり人工的に精製された魔石は皆一様に無色透明だ。下手に属性があると、変換効率が悪くなる。だから魔鉱石から抽出した後で製錬し無属性に還元する必要があった。
さらに言えば無属性の魔素に代表的な四大属性やそれ以外の希少な属性を結晶化の際に付与する技術自体はすでにある。しかし、ドラゴンと言う種族の属性であることが原因なのかは、分からないが培養した魔素が結晶化すると色が褪せ、無属性の魔素に結晶化する際に属性を付与すると物質化せずにマナへと還る。
原因を特定するにはサンプルと試行錯誤のデータがまったく足りない。研究は暗礁に乗り上げた。
「はぁ、研究は一旦切り上げだ。虎徹、そちらの進捗はどうだ」
「うーん、ああ、うーん、何かね、ダメだね。師匠が倒れたからダメになっちゃった。寝る間も惜しんでワタシたちの稽古をつけてくれた師匠がね。作戦とかどんな風に戦えばいいとか、魔物についても色々教えてくれたんだけどね。町長が報酬ケチって怒らせて、帰っちゃってね。家にも帰らず、ずっと面倒を見てくれた所為でね。家族に浮気を疑われて、家から閉め出されたから、寒さで肺炎になったって。オドの使い過ぎが原因だって、これってワタシたちの所為だよね。謝りにいきたいけど、面会謝絶なんだってお見舞いもできないよ」
「お前の言っていることはまるで要領を得ないな。まず師匠とは誰だ」
暫く会話しないでいる内に大分知能が後退してないかと美咲の様子に違和感を覚え、パトリックは少しずつ話をかみ砕いていった。
当初、魔物退治のために協力してくれていたチャールズ・ハンガーは、美咲たちの戦闘能力不足を指摘し、戦力増強のために訓練を施したそうだ。更にパトリックの使い魔から得た情報から、魔物の正体をテンタクルワームと云う堕龍と呼ばれる種類であると看破した。そしてその生態や習性を美咲たちに教えた。討伐のために必要な作戦を立案し、装備や戦術を考え、美咲たちに対魔物戦の特訓を施した。特訓の終了後、女町長が訪ねて来て魔物討伐の依頼をしチャールズにも討伐に参加することを求めて来た。それまで義理で魔物討伐に協力していたチャールズは、魔物討伐の報酬で望みの品を得られないことが分かり、臍を曲げて帰宅したそうだ。チャールズの機嫌を取ろうとして女町長は、彼の家まで押しかけ、無断外泊をしていた彼は、何故か家人から不倫を疑われたそうだ。そして寒空の下、家から閉め出され風邪をひき急性肺炎で倒れて、ここ数日寝込んでいるそうだ。
「女町長が家に押しかけて何故、不倫を疑われるのかが全く理解できないが。まぁ、そんなこともあるのだろう。大人の事情は分からん!」
「うーん、何か町長、スッゴイエロい恰好で来ていたから、色仕掛けで師匠にいう事を利かせようとしてんだと思うよ」
「それで不倫を疑われたのか。災難だな。あんな地味でむさい女でも、その気になれば色気をだせるのか。思い切ったな。慣れないことをして裏目に出たのだろう。可哀そうに」
その後、エリンの町に辿り着いた冒険者集団の内何組かが、チャールズから対魔物戦の特訓を受けたアンドレ・コルサと言う元冒険者から、情報提供を受け魔物対策を打って魔物に挑んだがこれまでの連中同様、全滅していったらしい。
「対策を打った上で失敗したのは、単純に戦力不足なのか。作戦への理解不足が原因か。或いは作戦指揮が出来るのが作戦立案者だけの難しいものなのか。本人にしか再現不可能な戦術なのかは分からんな。それとも対策が不十分なのか。確かにチャールズ氏本人の見識がないとロクに分析も出来ないな」
「虎徹は、作戦に参加しなかったのか?」
「ワタシはパトくんの護衛だし、女の子だし。勝算の低い勝負でテンタクルワームって云う女の敵を正直相手にしたくないなぁ。アンドレさんも死んじゃったし。いよいよもって師匠が魔物討伐にいく理由も無いから、もう領主様や王国から正式な依頼が出て、上級の冒険者が出張ってくるしかないんじゃないかなぁ」
「そうか」
「このままだと町の豊穣祭も中止かな。引きこもりのパトくんの好い気晴らしになると思ったんだけどねぇ」
「会社には連絡して病欠を伝えておいたから」
扉を少しだけ開けた隙間から、顔を覗かせたステラは食事と着替えを差し入れて去って行った。あれ以来アデルの顔を見ていない。寂しい。会いたい。気怠いまだ何をする気も起きない。鈍った身体を持て余しながらも、伸びた無精ひげを撫でた。汲み置き桶の水で洗顔を済ませ、コップの水で朝のうがいを済ませ、何とか歯を磨く。寝ている間に誰かが水を変えてくれているようだ。いつでも綺麗な水で体を清められるのは、病人に対する配慮はありがたい。食欲は無いが無理して食べると胃が受け付けず吐き戻した。汚してしまったシーツを替え、不快な汗が冷たく身体を苛む。着替えをするだけで息がある。すっかり体力が無くなってしまった。またベッドに横になってもう寝よう。
もう何日人と会話をしていないのか。髭を剃るのにナイフが欲しい。そんなことを思いながらまた眠りにつく。
まるで人形のように精気が感じられない。まるでシャルの体調に引っ張ら得るようにアデルも気力を無くし、今まで器用に出来ていたことで失敗を重ねることが多くなった。シャルが無断外泊をしていたでも、そんなことは無かったというのに。あれだけ熱中していた服作りも途中で放り投げ、暗い顔のまま家事を手伝い、時間が余れば外に出て無理にシャルが行っていた薪割りや力仕事をやろうとする。無気力なのに何もしていないと、悪い方向に物事を考え不安になるのだろう。
「ありゃ危なっかしくて見ちゃいられないね」
「どうすればいいかな」
「どうすることも出来ないさ。シャルが元気になって仲直りでもしないと元には戻らないだろうよ。もとが明るい子だから、まるで太陽が消えたみたいだね」
「悋気嫉妬は女の常とは言うがね、あの娘は子供だ。シャルが自分に愛情を注いでいることは確かに感じているだろうけど。まぁ、アレはよくも悪くも普通の男だ。子供の前でいい大人であろうとしているし、甘やかしが過ぎるきらいがあるとは言えあの娘の健やかな成長を望んでいる。何より子供の体には興味が無い。アンタみたいに尻と胸がでかい女じゃなきゃアレが反応しないのさ」
「それは、よく分かっている」
「それがあの娘にとって何よりの不満なのさ。アイツは自分の親でも家族でもない。周りから主人と召使だと思われているが、そもそも使用人として雇っている訳でもない。本人たちは婚約者って言い張っている。多分実際にそうなんだろうけど。まぁ詳しい事情は分からないね。馴れ初めを訊く気にもなれないし、訊いても教えてくれないだろう」
「あの娘はシャルに女として見られないと愛情を独占出来ないと思い込んじまっている。男の下半身何て心とは関係ないのにね」
「そうなの!?」
「いや、アンタは……多分、愛されているよ。シャルがタメ口を利くのはアンタとアデルの二人だけだ。きっとその口の利き方が信頼の証なんだろ、本人がどういうつもりなのかは知らないけど」
「そっか、そうか、えへへへ」
あの男、責任を取ってくれる気はあるのだろうか。
「どうにかして、あの娘がそれに気づかないとね。何かいい切っ掛けがないもんかね。こう云うのは、人の口から言われても納得出来ないものなんだよ」
「おじいちゃんもそうだったの?」
「英雄色を好むって開き直ってたさ。まぁ貴族出身のクソ野郎だからね。妾を作ることに抵抗がないし、方々に行って女共に言い寄られるからいい気になって何人も現地妻と作ってたもんだよ。シャルもはじめてこの家に来た時は、てっきり隠し子が訪ねて来たのかと思ったくらいさ」
「シャルって若い頃のおじいちゃんに似ているの?」
「いいや、恰好がね。昔ジジイが若い頃の装備とまるっきり同じだったんだよ。聞けば魔の山脈の向こうの国で、弟子になったって」
「…………待って、シャルとおじいちゃん知り合いなの。弟子って何、シャル歳いくつなの?ワタシとそう変わらないくらいでしょ?ウソ」
「生きてるんだと、あのジジイ。向こうでこの国の言葉と法律、冒険の仕方のノウハウとか、色々知恵を付けてもらったと言っていたね」
「そうなんだ。シャルがおじいちゃんの弟子なんだ。何で全然教えてくれなかったの」
「アタシがアンタを冒険の旅に出したくなかったからさ。アイツはアンタが冒険に連れていけるくらい強かったら、連れ帰ってジジイに会わせてやってもいいと考えていたけど。不合格だってさ。諦めな。アタシもジジイに会いに行くのは諦めたさ」
「アデルは何者なの?」
「知らないよ。言ったろ、馴れ初めを訊く気にもなれないって。気になっちゃいるが、世の中には知らないでいいことがある。あの娘の出自はそういう類のものさ。アンタも気を付けな深入りしすぎると……いや、もう手遅れか」
「ごめん、おばあちゃん」
酒宿の外に見知らぬ男が聞き耳を立てていた。壁と扉、ガラス越しで通常なら音など漏れ聞こえるハズもないにも係わらず、男の耳にはその会話が鮮明に聞き取れ視えていた。
「これ以上の犠牲は看過できないとは言え、あの男を使うのは危険な賭けだな」
貴族の男は身分に似合わない真似をしてそう呟いた。普段の華美な礼服ではなく庶民らしい平服を着こみ、威厳を醸す口ひげを剃り落として印象がガラリと変えた。身分を偽るための変装だ。年老いた義母と立派に育った娘の姿を目に焼き付けながら、頭痛の種について考え始めた。
「どちらさまでしょうか?」
窓の前に立つと、目を開けたシャルが誰何を唱えた。
「ふむ、流石だな。モンシア・ベルモントの弟子を名乗るだけの事はある」
気配も音も完璧に消していたつもりだ。それでもなお、こちらの存在に気づいた。シャルは覚束ない足取りで、窓を開けて男を中へ招き入れる。
「ゼリエ公爵さま、出来れば玄関のドアから来訪していただけると助かります。窓から入られると、盗人かと警戒してしまいました」
「病床に就いて居ても口が達者だなぁ、シャルくん」
対面するのは三度目だ。初めて会った時は、まさかこんな関係になるなどとは考えられなかった。彼の口から父が生きていると聞いた際、どうせパロトンを募る詐欺師まがいの冒険者の類だと思ったからだ。モンシア・ベルモントが生存する証拠を見せられても、信用は出来なきなかった。ただエリン魔鉱石採掘場で働かせて欲しいと言う要望をきくことにした。何を考えているのか、何が目的かも分からない。怪しい男だが、脛に傷を持つ元冒険者たちの受け皿になっている企業でわざわざ働きたいというのなら、断る理由もない。そしてそれ以降会うこともないだろうと、高を括っていた。
その時は単に父との縁故を頼って金のために働き口を探し、辺境の地から流れて来た一労働者に過ぎないと判断した。それが今やどうだろう。義母の家に住み込みどこぞの貴族令嬢に仕えていると噂され、町に蔓延るマフィアを追い出し、攫われた家出娘を救い出す。再会した後でも、信用ならない人物という印象は消えない。それどころかその得体の知れなさはより怪しく思えている。
「今日はお見舞いを兼ねて、君が娘の事をどう思っているか、確かめる予定だったんだが。最早、悠長にお話をしている場合ではなくなった。国王が軍を動かそうとしている。君の出番だ。報酬は君の望み通りの物を用意しよう。グレンガの宝玉だ。口約束が信用できないなら、契約を書面で用意しよう。やってくれるね?」
正直、この男にはもう死んでもらっても構わないと思っている。お転婆な家出娘の意中の相手だと云うことだからではない。危険かどうか判断出来ない不確定要素だからだ。己の能力を隠し、市井に潜みながら大小様々な問題を解決していくことで、少しずつ影響力を増して行く。これは陰謀を廻らすための工作行為に他ならないからだ。この男自身にその自覚があるとは限らないが、背後には必ず何か目論む黒幕がいるハズだ。その正体を掴むまで泳がせておくべきかと思ったが、これ以上政敵に既得権益を切り崩す隙を与えるわけには行かない。未だ正体が見えない影を追うよりも目の前の脅威を払うことの方が優先される。
「この病人に戦えと」
「勿論、今の状態では無理だろう」
懐から液薬の入った小瓶を取り出す。以前、街角で娼婦から貰った小瓶と同じ形だ。しかし、その液体には依然見たもの以上に妖しい粘度を持った霊薬のようだった。
「これを飲めば君の問題は解決する。エリクサーと言う万能の回復薬の一種だ。飲みたまえ。期限はあと二日だ。今日一日回復にあてて、明日の内に魔物を討伐して欲しい。それ以上は待てない。これがグレンガの宝玉を君に渡す条件だ」
「承知しました。それに必要な装備は会社からお借りしますが、よろしいですか?社長」
「好きに使いたまえよ、必要経費として計上しよう」
「ありがとうございます」
十分に焚きつけた以上、最大限の支援は行う。ただ犬死されるのは望ましくない。理想は魔物との相討ちだ。病人を無理に戦場に担ぎ出す以上、それ相応の装備を整えさせなければ外道の誹りを免れない。
「健闘を祈っているよ」
エリクサーを一気飲みしたシャルは、青い顔のままベッドから立ち上がり犬の様な愛嬌の笑みを浮かべて言った。
「社長、時間が無いなら今すぐ準備をしましょう。必要な機材を揃えるには、社長の許可が必要です。命を賭すのでしたら、万全の準備を整えたいです!後まだ豊穣祭には間に合いますかね?」
「あ、ああ、おそらく。二日の内、魔物が居なくなるなら、スケージュールの調整範囲内だったハズだが……いや、それは町長や町の住民の意見も」
「じゃあ、今すぐ出発しましょう!これ以上何もせずに寝ていたら、今以上に具合が悪くなりそうです」
目に妄執の光が灯っているように爛々と輝き出す。何がそんなにグレンガの宝玉を彼に求めさせるのかは分からない。ゼリエ公爵は初めてシャルという男の剝き出しの感情を見た。それがどんな種類の欲望の発露であるかは分からない。
「今を逃せば、オレはアイツを殺せる機会を失う事になります」
ただその思いは自らの命さえ捨てさせる程の物なのだと理解した。
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