第11話 外堀が埋まっていた

結局、今朝の話し合いでシャルはステラと一緒に町へ買い出しに行くことになった。日の時間も短くなり、一日の活動時間が少なくなると一度に沢山の荷物を運べた方が、効率がいいという判断からだ。手荷物程度ならシャルが、一人いれば十分だと言ったがエステルがステラの目利きで品物を買ってくるように言って二人に買い物へ行かせた。

「次は何を買えばいいんだ?」

「アデルに練習用の縫い糸だな。生地は着れなくなったワタシの御下がりがあるから、それを仕立て治すためだ」

「着れない古着を取っておくなんて、物持ちが良いな」

「……思い出の品だったからな。手放せなかったんだ」

「あら、あなたたち奇遇ね」

「お屋敷の」

「そう言えばまだ名前を教えてなかったわね。シェリーと呼んでね。そちらの恋人さんが噂の人?」

「ああ、シャルだ。恋人、ではない」

「ふふ、でも毎晩同じ屋根の下で寝ているんでしょう。羨ましいわ」

「男女が毎日同じ屋根の下で寝ているからと言って、ふしだらな事をしているとは限りませんよ」

「もう照れちゃって!あら?浮かない顔だけど二日酔いかしら、疲れているの?」

「ええ、最近少し働き詰めだったもので」

「なのに恋人のお買い物に付き合ってくれるなんて優しいのね」

「違います」

「謙遜しないの!元気が出るように、これをあげるわ。元気になり過ぎても困るから、ご使用は計画的に」

悪戯な笑みを作って、ステラに小瓶を渡して去っていくシェリー。ステラは手渡された小瓶のラベルの文字に目を細め、顔を近づけて眺めている。文字を読み終え、それがどう云ったモノであるか理解すると急に赤面し、シャルへ振り向く。

「その、コレは、違うんだ。いや、すまないな。はは、何を考えているのやらハハハっ」

「人の話を聞かない女だな。お前が謝る事でもない。誤解は早めに解いておいた方が良いぞ」


「いらっしゃいませ。今日はどんなご用ですか、チャールズさん」

すっかり顔見知りになった仕立て屋の旦那さん。彼はシャルをチャールズと呼ぶこの町唯一の人物だ。

「いくつか縫い糸を見せて貰いたいのですが。品定めは彼女が行います」

「どうぞこちらへ、ご案内いたします」

「チャールズさん、気軽な装いもよくお似合いですね」

「ありがとうございます。着心地の好い生地の略礼服はどうにも窮屈でしてね。こちらの装いの方が気楽なんですよ」

「その気持ち良く分かります。わたしも服飾を扱う手前、店では礼服を着こんでいますが。工房や店の奥では気楽な恰好をしていますよ。アナタも高貴な方にお仕えする以上、従者としての見栄え保つため大変な苦労をされているのでしょう」

「ええ、まぁ」

「これから年頃を迎えるお嬢様の身の回りも、奥方がいれば安心ですね」

「彼女はそうした関係ではありません」

「ですが近くそうなるのでしょう。従者の伴侶となるという事は同じ主を頂くことです。最初は人に仕えたことのない女性から、従者としての誇りや心得について理解を得ることは難しいでしょう。しかし、愛があれば必ず障害を乗り越えられるハズです。いつかは良き妻の存在が忠義を支える内助の功となることでしょう」

コイツも人の話を聞かない。

ウンザリだ。

いっその事全部、町ごと焼き払ってしまおうか。

「またのお越しをお待ちしております」

「毎度御贔屓に」

ステラがいくつかの縫い糸を選び終え買い終わった時にはすっかり夕日は西の彼方へ沈んでいた。すっかり日の出ている時間は短くなって、吹く風も冷たく乾いたものへ変わっていた。夜の帳の下、苛立ちから歩みが早くなる。歩幅を合わせる気が無くなった男の背を追うように、ステラはその後を付いていく。無言のまま進み続け、市街を出て郊外に入る。

「オイ待て!明かりも持たずこの暗闇の中どこへ行くつもりだ?」

「家に帰るのだろう?お前こそ何を言っている」

街灯の明かりが届かない暗闇の先に進もうとするシャルは、不思議そうな顔でステラを見詰めた。彼女の顔には不安と恐怖が浮かんでいる。何か理解できない不気味なモノを見るような目だった。

「ぐずるなら置いていくぞ。オレは直ぐにでも帰りたい」

「普通の人は暗闇の中を歩けない。あなたはどうして、そんな迷いのない足取りで進めるんだ?」

その質問を受けて一瞬、シャルの目が泳いだが指を差して夜空を見上げる。

「星明りが有るだろう。実際に目の前が暗闇に閉ざされている訳じゃない。普段、採掘現場でこれくらい暗闇は慣れているからな。夜目は利く方だ」

「そう、なのか」

納得したような、まだ何か言いたげな様子で立ち済んだままだ。だから、手を握って無理にでも歩き出させる。柔らかな女性の掌の感触と細い冷たい指が、自分の中で苛立ちをもどかしい気分へ変えた。不平不満を抱えているのがバカらしい。どうして周りに遠慮して自分が歯痒い思いをしなけばならないのだ。

「行くぞ!遅くなると、アデルが心配する」

「あ、ああ」

しばらく無言のまま暗闇を歩き続けると、まるで世界に二人だけしか人が居ないような錯覚に陥る。

「シャル、寒くないか」

「別に」

「ワタシの手は冷たいだろう」

「そうだな」

「おまえは最近、ずっと苛ついているな。それはワタシの所為か?」

「ああ」

「なぁシャル」

「今ここには和太氏とお前の二人きりだ。何が起きても誰にもバレない。ここで起きたことは二人だけの秘密にしよう」

背中から腕を回された。温かい息が耳にかかる。背中越しに柔らかな感触が押し付けられ、形を変えていく。先端の感触まで布越しに伝えてくるように、上擦りされた。そこを覆っていたハズの布地はズレて下に捲れて、隠さなければいけない場所は寒空の下で露わになっているだろう。耳朶をうつ息遣いがやけに艶めかしい。

「お願い」

それが止めだった。引き金を引かれた銃のように、取り返しがつかなくと分かっていても弾丸が飛び出せばもうどうしようもない。劣情は硬く身を起こし、振り返れば上気した頬を赤く色付かせその時を待ち構えているステラがいた。

「あの夜に出来なかったことをしたい」

目を閉じても、暗闇の中に浮かぶ白い肌と淡く色づいたソレは鮮明に瞼に焼き付いていた。痛いほどに血液が熱く滾り屹立した反応は自分の意思ではもうどうにも出来ない。

「そのままじゃ、家には帰れないよ」

星空に煌きを映したその目は、ひどく蠱惑的だった。気が付けば唇はもうそこまで迫っている。その指は怪しい手つきでベルトを外していく。

「全部、ワタシの所為にしていいから」


気が付けばそこには、既にその肉を貪り尽くしていた自分がいた。


「お帰りなさい、シャル、ステラ」

「ただいまアデル」

出迎えた瞬間にいきなり抱き上げられ、ちょっと苦しいくらいに抱締められた。普段は力加減を間違えたりしないシャルが、こうしたスキンシップを取るときは嫌なことがあった時だ。今朝、焦っているという弱音をシャルが零した。けれど、危ないことを、何とかしようとする様子は無くて、単に冬籠りの準備をしているだけだ。一週間前、シャルとステラが出会った時、他の人と同じように丁寧な言葉遣いとしていたのに、次にあった時はステラに対しぞんざいな言葉で喋るようになった。一緒に死線を潜り抜け、距離感が近くなったとおもっていたけど。どうにも違うようだ。そしてシャルはステラと極力同じ場所に居ない様に屋外や部屋に入り浸ることが多かった。その上今のように、ステラの前で見せびらかすように世話を焼き、わたしの機嫌をとるように褒めそやし、触れ合ってくる。

こうした状況が最近ずっと続いていた。何より事情を知っているらしいエステルおばあさんの態度が、最近やけによそよそしい。

「ねぇシャル?」

「どうしたアデル、縫い糸ならステラが持っているよ」

「シャル、目を見て応えて」

「あなた、浮気した?」

「したのね」

「エッチはことしたの?」

「してません」

「ウソ、目を見て言って」

「具体的に何をしたの、お父さんとお母さんがやるようなこと?」

「あの二人はそんこと、しているけど。確かにしているけど!アデル、君は」

「わたしに同じことが出来る?」

「出来ません」

即答だった。

「そう」

「ステラ、シャルに何をされたか応えて」

「アデル、止しなさい!」

「エステルおばあさんは黙ってて。これはわたしたち三人の問題なの。二階の部屋に行きましょう。シャル、このまま連れて行って」

「はい」


「あの年でどんな教育を受けたら、あんなに胆が据わった子になるんだい?」


シャルの部屋のベッドに腰を掛けるアデルは、何も言われずとも床に正座するシャルと、その態度に倣うステラの両名を真っ直ぐに見据えた。

頬を紅潮させ耳まで真っ赤に染まったステラは、もじもじと膝をこすり合わせたり、指を組んで親指を合わせたり離したり、瞬きを繰り返し、興奮気味に深呼吸をしたりと挙動不審だ。明らかに尋常な様子ではない。

シャルは俎上の鯉のように大人しい。腹を切る覚悟を持ったモノノフのようだった。どんな沙汰でも受け入れる心の準備は万端だった。きっと切り落とせと言われればそうする。

三人の話し合いと言う名の尋問会は、アデルのステラへの質問から始まり、シャルの弁明という性教育を経て夜半まで続いた。そうして夜は更けていく。

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