第4話  あくる朝にて


「それでお前らはガキと女にコテンパンに伸されてオメオメと帰ってきたってか?」

所詮は数合わせの三下だが、まがりなりにも組織の一員だ。組織のエンブレムを持つ人間が舐められた真似をされれば報復しなければならない。アウトローは力が法だ。暴力を背景にした組織のメンツは力を示すことで権威を示し、人に恐れを抱かせ命令を効かせる。

「あ、相手は女でも普通じゃねぇんだ!見慣れない冒険者だった。多分、アレは魔術だ。何が何だか分からない内に、泥酔したみたいに足腰立たなくされたんだよ」

「こっちだってそうだ!何もない所から火の玉が出て来て爆発したんだ!」

「このご時世に冒険者と魔術か」

「呪文詠唱も、杖などの魔導具も無しで魔術を使えるレベルの奴がいるかね?」

「どうするディル?本当に魔術かどうかは置いておくとして。冒険者がおれ達のシノギを嗅ぎ付けて来たとなれば厄介だぜ」

「喧嘩にしろ、揉め事にしろ、てめぇらのケジメはてめぇらでケリ付けるのが筋ってモンだが、コイツラには荷がカチすぎるな」

「これからシノギの手を広げようと云う矢先だというのに」

「掟破りになるが仕方がないか。今回は特別だ。お前らのカタキを討ってやろう」




デートには御洒落をする。それは鉄則だ。でもあの人はもともと服を着なくても平気な人だから、普段着の衣服も最低限しか持っていない。その所為でちゃんとしたデートをしたことがない。

恥ずかしいという感情が無いのか、天気が悪い日や、服を汚した日なんかは平気で裸で過ごす。暑かったり寒かったりするから、裸でいるのは好きじゃないと言っていた。けれど服を着ていると服に汗や垢、埃で汚れ臭いが付くから嫌いだと言う。汚れた服を洗濯するのも面倒だから、衛生状態と保つためにあえて服を着てないのだと。旅をしていた間は、飲み水の確保も大変だったからあの人の言い分を飲んでいた。人の町に住む家を手に入れて水の心配が無くなってからは、人の目を気にするように注意して服を着てくれるようになった。

あの人はわたしがお願いすれば、嫌な事でも言うことを利いてくれる。

どんな願い事でも叶えてくれる。

だけどデートをするための御洒落着すら持ってない。昨日は着ている服のせいで揉め事を起こされたから、また服を着るのを嫌がるかもしれない。

「いや、流石に今日は女性のまだからね。ちゃんと服を着ているよ」

「本当?」

アデルは二階のベランダに冷たい洗濯物を物干し竿に干しながら、シャルの様子を伺う。

「本当だよ。昨夜は変態と呼ばれてしまったからね。無用な誤解を受けるのはごめんだ」

屋根の上でトンカチを振るシャルの姿は見えないが、今朝はちゃんと服を着ているらしい。早朝の時間帯は寒いから、きっとちゃんと服を着てくれているだろう。

「おはよう、金槌のお陰で目が覚めたよ。なにもこんな朝っぱらに大工仕事なんてしなくてもいいだろう。いつ材料を用意したんだい」

二階の天窓を覗くエステルは怪訝な顔で問う。

「野営道具で使えそうな資材があったので、それを使っています。雨漏りの箇所が分かっていますから。薪を加工した木材で傷んでいる個所を補強して、破れたテントの防水布を楔で張り付けて処置をしました。あとはスキマを樹脂で固めて完了です」

「いいのかい使っちまって?貴重な旅の道具だろうに」

「構いませんよ、道具は使う機会が無ければ意味がありませんから」

「使い捨てることは無いだろうに」

「テントは人の住居になるためにあるんです。こうして人に使い続けられるなら本望でしょう」

「そうかい、アンタがいいならアタシから言うことは無いよ」

「ところでウチのバカ孫はまだ寝ているのかい?」

「長旅でお疲れなのでしょう。そっとしておいてあげましょう」

「アンタがうるさくしておいて何を言っているんだい。そろそろ朝飯にしよう、アデル起こして来てくれるかい?」

「はい」

空になった洗濯バスケットを抱えて、冷たくなった指を触って悪戯な笑みを浮かべる。

未だにカーテンを開けていない薄暗い部屋のベッドには、毛皮の毛布に包まれ綿のシーツと布団の上に無防備に寝ている女の身体がある。あの人と違って寝るときも最低限服を着る習慣のある人のようだ。

「ステラさん、起きてください。いつまで寝ているんですか」

柑橘類の香りに艶めかしい肌を露わにした背中、うなじのラインで短く切りそろえられた髪、しなやかに鍛えられた筋肉に女性らしく発達した骨格にふくよかな脂肪が乗っている。何一つとっても自分とは比べ物にならない。成熟した女の肉体美がそこにあった。

「あなただけですよ。こんな時間まで働かずに寝過ごしているの」

カーテンを開けると、呻く様な寝息を上げて寝返りを打つ。毛布がズレ床に落ち、大きく伸びた太腿から足先までを伸ばすと、上体を猫のようにくねらせる。仰向けになると布地から零れ落ちそうなたわわな実りが、これ見よがしに形を変えて揺れ動いた。

心なしか女の顔もどこか勝ち誇った表情に見える。これはダメだ。まったくもってダメダメだ。あの人には近づけられない。この女は絶対にあの人にとって悪い刺激を与えるに決まっている。

「起きてください。さもないと悪戯しちゃいます」

可愛らしい相貌をしかめるアデルは遂に決意した。呼吸に合わせて上下する腹の上に馬乗りになり、洗濯で冷たく悴んだ指先を二つの巨峰へ直に潜り込ませる。

「ひゅあう」

嬌声と驚声が一緒くたに上がる。爽やかな朝の空に色めいた叫び声が響き渡った。

混乱に目を覚ましたステラは一瞬、昨晩の男の姿を思い浮かべた。年頃の男女が一つ屋根の下。それを警戒しなかった。自身の落ち度を今更になって後悔して……。目の間に居るのが見目麗しい少女であることに気づき絶句した。

「目は、覚めましたか」

対面に居座る乳房に冷たい両手を乗せた少女は、責めるように尋ねる。

「あっ、えっと、おはよう」

「すぐに服を着て食堂に降りてきてください。みんな待ちかねていますよ」

冷たく澄んだ青い瞳は、侮蔑を含んだ視線をステラから反らし部屋から去っていた。

「ワタシ、何かあの子に嫌われている」

人見知りをする子にしては大胆なことを仕掛けてくる。やり場のないモヤモヤした気分で上着を羽織って少女の後を追った。



「すっかりスープが冷めてしまいましたね」

「年頃の女の身だしなみには時間がかかるんだよ」

「シャル、先に食べて先に出ましょう」

「別に約束した訳じゃないからお出かけはいいけど。ご飯はできるだけみんなで食べるべきだって教えてもらったよ、アデル」

「アンタのその、国の習慣は親から躾けられたものなのかい?」

「さぁ、誰からかは自分でも覚えていません。物心ついた時には親はもう居ませんでしたから」

「つまらないことを訊いちまったね。飯にしよう」

「「「いただきます」」」


「あの野郎、ワタシを置いていきやがったな」

「バカ娘、アンタが鈍間の寝坊助だからだよ。とっとも片づけな」

「どうして!?ワタシがディル一味を追ってアイツがその手がかりを持っているんだぞ。アイツがワタシを手伝うのが道理だろう。何故ワタシを抜けモノにする?!」

「あの二人はあの二人の事情で動いているんだ。アンタに協力するなんて一言も言ってないよ。勝手にするって言ったじゃないか」

「信じられない!何なんだ、あの男!」

「この町に流れ着いてくるような余所者はみんな脛に傷持つロクデナシサ。善人面した子連れの若い男なんて、怪しすぎて笑えてくるよ。アンタも気を付けな、悪人じゃないが明らかに普通じゃない。どこの国のどんな身分に居たか知らないが、とんでもねぇ厄介ごと抱えた大馬鹿野郎だろうよ」

「おばあちゃんはどうしてそんな男に下宿人にしたの?」

「さてね、どっかのバカが身寄りのない年寄りを放っぽって、出てったせいじゃないかい」


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