閑話 魔族とドラゴンの会話1

街灯の明かりも消え失せ、夜も更け前の深夜。町中は寝静まり、客はもう全員帰った。遊戯部屋のベッドメイキングも終わった無人の娼館の一室には、ジェーンと名を名乗った夢魔が一人佇んでいた。しかし、彼女の姿は人モノではない。昆虫の触覚が頭から生え、背中には無数の細かい柔毛に覆われた2対の翅を広げていた。

草木も眠る深夜の時間、それはジェーンにとって一日の内で唯一人間の擬態を解いて本性を晒すことが出来る憩いのひとときだった。今この時までは。

窓から星明りが差し込んでいたにも関わらず、部屋には夜の帳よりも暗く深い闇が覆っている。大きな影が外からちっぽけな存在を包み込むように覆っていた。

《こんばんは、夜分遅くに失礼する》

姿は見えない。ただ言葉が闇の中から聞こえる。

《何分私は人目を憚る身分な者でね、姿を見せずに話す無礼も重ねて許して欲しい》

声が何処からか聞こえてくる。音源は判然としない。まるで闇そのものが耳元で囁いているとしか思えなかった。

《我が名はバグシャス。竜玉を求めし者なり。貴女の名前を教えてくれないか?》

強大な力を持った存在相応の尊大さや傲慢さを感じさせない、不似合いな若い男の声だ。声の主はただ名前だけを知りたいわけではないと分かった。ワタシが何者であるのか、その出自や正体について訊きたいが、ドラゴンはちっぽけなワタシに遠慮して言葉を選んでいる。それが単に若いドラゴンの未熟さからの立ち振る舞いなのか、本当にワタシの存在に気を付か言っているのかは分からない。

「ジェーン・パンド・ラピス。地竜グレンガに捧げられた人間の生贄にして、その慈悲により魔性の命を授かり生きながらえた夢魔です」

《人から魔族になったか》

「はい」

暗闇が身じろぎしたように見えた。影が騒めき、戸惑いがちに言葉を紡ぎ出した。

《今のその姿、その命に、後悔はないか》

「……」

どう答えればいいのか思案している間に、若いドラゴンは無言の回答と受け取った様だった。

《非礼を詫びよう。すまない不躾な質問をした。今晩は挨拶に来ただけだ。私はしばらくグレンガの土地に厄介になる。君は同胞の忘れ形見だ。借款料代わりに私が君の望みを一つ叶えてあげよう》

「バグシャス様、それでは一つお願いがあります」


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