第3話 二人の冒険者の夕飯 事件の始まり
「こんなクソ田舎なのに随分と賑わっている」
生意気そうな小柄な少年が不機嫌そうに呟いた。
屋台が物珍しいので観察していただけなのだが。屋台のオヤジが何を勘違いしたのか、一本やるから他所へ行ってくれと肉の串焼きを寄こしてきた。金の無い物乞いのガキだとでも思ったのだろう。しかしまぁ、食い物に罪は無い。肉を咥え一気に串を引き抜いた。尖った八重歯は、獰猛な肉食獣を思わせる。少年が肉を頬張って食べる姿はとても様になっていた。鋭い目付きは猛禽類を思わせる。肉汁が口の端から垂れ、頬張った肉を咀嚼し終える。舌に感じる甘辛い肉の旨味を引き立たせる味付けと、香辛料の辛さが肉の柔らかさを程よく引き締め絶妙な脂が味覚と嗅覚にハーモニーを広げる。噛む度に肉が解れ、甘辛い旨味と刺激的な辛さ心地いい歯触りが唾液を分泌させより食用を促進させる。少年の居の中に肉を収めた後はもう、先ほどの不機嫌さなど何処かへ失せていた。
「美味い。この肉串あと10本よこせ!」
口は素直だが顔は無表情のままだった。屋台の店主は子供の小遣いとは思えない大金を出されたことに驚きつつも、注文通りに品物を渡す。無表情は相変わらずだが、心なしか少年の瞳は満足気に輝き、その屋台を後にする。
彼の近くには保護者らしき大人の姿は見当たらない。子供が一人夜の繁華街を出歩くのは不用心にも程がある。治安の悪化が懸念されるこの町で、大金を持ち歩く。そんな無防備な子供がいて、襲われない理由はない。夜のグレンガの町の治安はそれ程悪いのだ。
「オイ坊主!美味そうなモン抱えてんるじゃねーか」
「おつかいかい?偉いねぇボク」
「なんだ、お前ら。肉が食いたいなら、そこの店で買え。これは全部オレの物だ。恵んでやる理由は無い」
町のゴロツキ、おそらく恰好から魔石探掘の出稼ぎ労働者だろうか。食い詰めた冒険者くずれや山賊、盗賊の類が多くと聞く。どいつもこいつも似たり寄ったりな貧民窟で見かけるような仕立ての悪い麻と木綿のシャツに、羊毛の襤褸ズボン、縄のベルト代わりに巻いた小汚い連中だった。この恰好の不衛生さが、どうにも底辺階級の労働者らしい。魔鉱石の探掘をしているなら、毎日のように身体を洗浄されているハズだ。ここまで食欲を減退させる体臭を放つとは考えにくい。おそらくは、問題を起こして首になったか、あまりの重労働を苦に逃げ出した浮浪者だろう。
「舐めた口を利くんじゃねぇぞ小僧!」
「世間知らずなお坊ちゃんよう、ちっとは礼儀ってものを知らねえのか!」
目の前のこの子供の姿を弱者と決めてかかって、金品食料を奪う気なのだろう。もしかしたら以前から恐喝で糊口を凌いでいたのか口かも知れない。
少年が男たちに向ける眼光は子供のものとは思えない程冷めている。その不思議な瞳の目の色に、男たちは痛い程の侮蔑を感じる。人の不幸もしないで、そんな眼差しで人を見る子供に怒りを覚えずにはいられない。脅しのためではなく、殺意を持ってナイフを引き抜いた。公衆の面前だろうが構うものか、切っ先を突きつけ自分たちの感じた侮辱に、恐怖思い知らせねばと、己を鼓舞して視線を振り払わずにはいられなかった。だが、それは少年にとってとるに足らない反応だった。
「惨めなものだ」
串に塗られたタレを未練がましく舐め、少年は魔力をこめて術式を発動させた。呪文の詠唱も、術式の魔法陣もなく、魔力の触媒となる杖もない。ただ無造作に、世界の法則を曲げる魔術を行使する。
何もない場所で空気が爆ぜ、炎が広がり、煙が噴き出す。爆音と熱が圧力となって二人の男たちを吹き飛ばす。
大の大人が吹き飛ばされ辺りは騒然となるが、その原因となった少年は我関さずと無視を決め込み何食わぬ顔で露天のフードコーナーへ向かう。
瞬にも満たない間に灼熱の炎が生み出され、その熱量が運動エネルギーへ転換され小規模な爆発を伴った推力として顕現させる。並みの魔術師では、到底できないような高等術式を組み合わせて、非殺傷用に手加減をした魔術を発動させたのだ。
魔法や魔術に造形のある人間がその場にいれば、その事実に驚嘆し少年に畏敬の念を覚え、魔導研究機関や王国宮廷魔術師への勧誘を始めただろう。
火元になった少年に対し、周囲の人間が誰も声をかけたりしないのはおそらく自身に認識疎外の幻術でも使用しているのだろう。
「町では無用な騒ぎを起こすなと言ったろ、パトリック」
「ふん!ならオマエがパシレば良かっただろう、虎徹」
露店の食卓に席を取っていたのは身の丈程の大刀を背負った長身の女性だった。彼女の名前は虎徹・鷲宮・美咲。癖のない真っ直ぐな長髪を左右でおさげに括り、最近流行りだしたデニム生地の上着を羽織る少女剣士だ。彼女の対面に座った少年、パトリック・シャスツール、彼は今年若干10歳にして一等級魔術師に認められた神童だ。
この二人はエルストル王国フェリス王より勅令を下された期待の新米冒険者だ。
「こんな人の多い所に、本当にドラゴンなんていると思う?」
「知らん!だが可能性は大いにある」
グレンガ鉱山、その名はかつてこの地に巣食っていたドラゴンの名から取ったものだ。魔素の濃度が高い魔石が産出される鉱山には、ドランゴンが住処にしていた痕跡が多く発見される。魔素の集中した土地にドラゴンが住まうのか、ドラゴンが居たから魔素の集中するのか不明だが。強大なドラゴンが存在した土地として王国内でいま最も有名な土地がこの場所だった。
「バグシャスの名をかたるドラゴンが、宝玉とやらを求めているなら。グレンガ鉱山の天然の魔素結晶を狙う可能性は高い」
フェリス国王の相談役、宮廷魔術師筆頭、賢者トルトル曰く、ドラゴンの存在自体が周辺のマナの循環環境に著しい偏重を起こすことがあり、それが長期間に及び高濃度に堪り続け、高純度のマナが結晶化した魔石が現れることがあると言う。その魔石を宝玉と呼ぶそうだと。
「ドラゴンの癖に人の言葉を喋って、騎士の誇りや家畜についての知識もある。ヨナさんの旅団を壊滅させた実力といい。どう考えてもただの魔物の範疇に納まる存在じゃないねぇ。まさに伝説級だ!」
一般的に神話や伝説に語られるような強大な力を持ったドラゴンは現代には存在しない。はるか遠き神々の時代から人の時代へと世界が変わっていく中で、ドラゴンは夢現の狭間に隠れてしまったと伝えられている。現世に留まったドラゴンもいるという伝説もあるが。
「まさか神代のソレが出て来たとは考え難い。その子孫、マチュリティ級の個体が現れたと考えるのが妥当だろうな」
多くの魔物は年を経るごとに自然界からマナを得て、体内にオドとして溜め込む力を増し、より強い魔力を使って強くなる。その成長度合いをランク付けし、脅威度を測ることが出来ると考えられている。マチュルティ級とは成熟したばかりの若いドラゴンの成長度合いを表すランク付けだ。ただし、ドラゴンは種類によって気性や加齢による成長度合い等多くの点で他の魔物と異なるため、脅威度を表すのにさしてあてにならない指標だ。そもそもデータ量自体が少ない。統計的にあてにならないが、それでもないよりはマシな指標だ。
「ふーん、つまり種族ぐるみで隠遁しているドラゴンの中で、好奇心旺盛な跳ねっ返りが現世に出て来たって感じなのかしら」
「宮廷魔術師のジジババ共の推測だが。俺もその希望的観測が事実であって欲しいと思っている。無鉄砲な若いドラゴンが興味本位で現世に飛び出し、夢現の狭間への帰り方が分からず、かつての同胞の痕跡を辿り帰還方法を探している。王国軍と交戦したのも単に、ドラゴンが情報収集のために人里に立ち寄ったのを、住民たちが襲撃と誤解した所為だと騎士団は判断しているそうだ」
別の意見もあるがな、と前置きしパトリックは続ける。
「何よりあれだけ大暴れをしているにも関わらず村人には死者が出ていない。家畜にさえ被害が出ていないのは王国の歴史上、ドラゴンが引き起こした事件の中では前代未聞の出来事だそうだ。戦った兵士たちには気の毒な事だが、宮廷魔術師のジジイババア共は、アレと盟約を結び友誼を結びたいのだとさ」
「迷子のドラゴンか。帰り方が分からないなんて、まるでワタシみたい」
それでも国内にドラゴンと云う脅威が野放しにされている以上、国家としてはドラゴンの脅威に対応する戦力を整える必要がある。そのため騎士団の再編成や軍の強化ため、国の内外でお偉方は忙殺されている。そんな事情もあって、現状は若手の二人に当面のドラゴン対策が任されることになった。
「その間抜けを見つけ出すのもオレたちの仕事だ。見つけ出せないにせよ。言葉が通じるドラゴンと交渉する材料として宝玉とやらを見つけ出すのもな」
「ワタシは戦闘向きであっても。探索向きじゃなくない?」
「人材不足だ。仕方がない。このご時世、まともに現役冒険者をやっている酔狂なヤツは少ない。オレやお前のように特別な事情でも持たない限りは」
「案外この町に居るかもだよ。例えば魔石探掘している探索が得意な元冒険者とか、特別な事情を抱えて未だに冒険者稼業を続けている酔狂者とかがさ」
「そんな都合のいい連中がいたら、是非仲間に加えたいものだ」
夜は深くなる。しかし、人々は街灯に照らされる町でいまだ眠らずに動き続けていた。それは魔に怯える暗闇の時代から、闇を払いのけた光の時代になったことを象徴しているかのようだった。
夕食はポークビーンズと青菜の温サラダ、不揃いなジャガイモ多めのポトフ、ライ麦パンと焼いたチーズ、ビールと葡萄ジュースだった。ポトフは懐かしい祖母の手料理だったが、ポークビーンズは初めて食べる料理だった。トマトは数年前からエルスト王国で栽培されるようになった外界から流入してきた野菜らしい。赤い見た目の食べ物は一見して、辛いモノと言う先入観があったが、それを払拭される新鮮な体験だった。
「多少癖があるけど、美味しい」
「大豆もトマトもここの家庭菜園で育てた物です。お口に合ってよかった」
「おまえが育てたのか?」
「わたしとおばあさんが一緒に育てたの」
「そうなんだ」
どうにもアデルはステラに対する当たりがきつく、激昂気味だったステラも初対面で不機嫌な子供の態度に戸惑い躊躇いがちになっていた。
「先ずはディル・ブリックスと言う人物について、教えてもらいたいのですが?」
「……その前に、先ほどの非礼を詫びよう。チャールズ」
「シャルと呼んでください。その方が呼ばれ慣れていますので」
「すまない、シャル」
アデルの視線は更に重いモノへ変わって、二人の会話を見守っている。どうにも不器用な若人たちの様子に本日何度目かのため息を呑み込みエステルは、食後の皿を片付け始めた。
「ディル・ブリックス、兜割りのディル。一応は実力のある名うての冒険者だったが、現在は小さなマフィア、アルマファルコ・ファミリーのボスだ。冒険者時代から狡猾で卑劣な手口で様々な揉め事を解決していたトラブルシューターで、裏社会ともつながっていると王都でも噂されていた。このエリンの町でかつての冒険者仲間と裏社会のコネを活用して、各地の再開発区の立ち退き屋として暗躍している、らしい。現にヤツのパーティのシンボルマークいやエンブレムをあしらった衣服を着たゴロツキ共が繁華街で何度か問題を起こしていた」
「なる程、先ずは再開発予定地の商店に親切に接して、手下を使って嫌がらせなどの問題を起こさせ、頼らざる得ない状況を作る。そして問題を解決する形で信頼を得る。その後も裏で事故や事件を起こし、商店が評判を落として経営不振に陥った所で融資や新事業の提案などを行い徐々に店主から土地や建物の権利を奪っていく。悪党の常套手段ですね」
「……理解が早くて助かる」
間抜けな男だと云う第一印象に反して、察しが良く口も達者なことが以外だった。
「シャル、あんた常識知らずの癖に世間知らずじゃないみたいだね」
「これも教育の賜物ですよ。アデル、お代わりはいるかい?」
「いただきます」
「ところでステラ、あんたがシャルをそのディルとか言う男と間違えた理由は何だい?人相が似ていたのかい?」
「いいや、髪色や肌は似てはいるが。近くで見ると顔立ちは別物だな。体格、背格好は同じくらいだから服装が似ていると遠目だと間違えても仕方あるまい。何よりディルとその仲間たちは皆同じエンブレムを服や体に刻んでいる。その服の胸元にもあるだろう」
仕立ての悪い麻と木綿のシャツには、鶏冠を持つ鷹の紋章が確かに縫い着けられている。
「キツツキ」
「エボシクマタカだよ、そんな嘴の曲がったキツツキが居るもんかい」
「トサカのあるキツツキも紋章には使われないだろう」
「ないのですか」
「もう一度問おう、貴様は何者だ?何故ディルのエンブレムを身に着けている」
「この服は借り物です。採掘場で手持ちの着替えがないので、裸で町に帰ろうとしたところ止められまして」
「バカなのか貴様」
「変態じゃないか」
「違いますよ、オレはただ服を着ていなくても平気なだけです」
「見せられる方は平気じゃない。恥を知れ貴様」
「やっぱり常識知らずだね、アンタ」
「まぁいい、その言い訳は認めてやる。代わりに貴様はディル一党の悪巧みを暴き捕まえる協力をしろ」
「勝手に話を進めるんじゃないよ。この酒場はとっくに廃業しているが、それでも貸部屋にはシャルとアデルが居る。アンタらが他所へ出て行ってくれれば、アタシは一人で心置きなく店を手放せるってもんだ。何も裏社会だのマフィアだとかの危ない連中に係わることはない。どの道アタシはもう齢だ。隠居のいい切っ掛けが出来ただけさ」
「シャル、エステルおばあさんとこのお家が無くなっちゃうの?」
「……いつかお別れする日は必ず来るよ。それを先延ばしにする事はできるけど」
「まだエステルおばあさんと一緒にいたい。エステルおばあさんも独りは淋しいよ」
「小娘が我が儘を言ってんじゃないよ、聞き分けな」
「ごめんなさいエステルさん、オレの存在意義はアデルのためにある。だからあなたの言い分も聞かずにアデルの意思を優先します」
「本当に勝手な奴らだ。こんな連中に囲まれてアタシャ不幸だよ、まったく度し難い」
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