case18.的野桃子の罪〜後ろ向きに検討します〜
一度起こってしまったことはもう消えない。
どれだけ同情されても、哀憐の情を向けられても。過去は変えられないのだ。
それならばあたしは全てを受け止めて前に進むしかない。そこに救いなどないと知っていても。
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いつもいつもテキトーなんだもん。ほんとにあたしのこと好きなのかな?って不安になるよ。
今日だって「家で遊ぼーぜ」ってそっちから誘ったくせに。いざ家に着けば「やっべー!ツレと約束してたの忘れてたわ」とかなんとか言って、あたしを一人残して友達に会いに行くんだよ?!
ありえないし!!!
そりゃ「ツレには謝ってすぐ帰ってくるから!とりあえずこの前借りた金返さなきゃいけねーんだよ」なんて言われちゃ、引き留めることもできないんだけど。
そんなこんなで、あたしは彼氏の部屋に一人、暇を持て余してるわけだ。すぐ帰ってくるから、って言っときながら、そんなわけないの知ってるんだからね。あたしの彼氏はいつも友達優先で、あたしは二の次。まぁ、だけど、誰にでも優しくて友達が多いところがいいな、って好きになったんだけど。
スマホをぽちぽち触るのも飽きてきた頃、階段を上る音が聞こえてきた。
なにが"すぐ帰ってくるから!"よ。もう1時間近く放ったらかしなんですけど?!
と、少しでも早く文句を言ってやろうと扉を勢いよく開けた。なんなら開けながら、口は既に「おっそい!!」と文句を垂れ流していたわけだ。
「え?……ごめん?」
「……あっ!ま、間違えましたぁ!」
ごめんなさいごめんなさい、と深く頭を下げるあたしを見て、彼氏のお兄さんは「ぷっ!」と可笑しさに耐えられず吹き出した。
「なに?また待ちぼうけ?」
「はい……友達のとこに行くって……」
シュンと肩を落としたあたしに同情したのだろうか。お兄さんは「そうだ!めっちゃ美味しいスイーツ食べない?今日もらったんだよ」と、あたしの肩を優しく叩いた。
彼氏の2つ上のお兄さんは驚くほど大人だ。初めて会った時は、たった2歳の差でこんなに違うものなの?!、と本当に驚いた。
あたしと彼氏も2年後にはこんな風になってるのかなぁ、と思いを馳せてみたけれど、全然想像できなくて、素質の問題だと諦めたことが懐かしい。
美味しいスイーツに釣られてお兄さんと一緒にリビングへ行ったあたしは、促されるまま椅子に座った。
お兄さんは手際良く紅茶を淹れたり、オシャレなお皿に美味しそうなスイーツを乗せたりしている。あれって今人気のお店のだよね、とチラリと見えたショップ袋で思い出す。ふわふわのパンケーキに、色々な味のクリームやフルーツがサンドされているやつだ。
「それって有名なお店のお菓子ですよね?」
「そうそう、やっぱり女の子は知ってるんだねぇ」
「聞いたことあるだけで、食べたことないです!」
「そうなんだ?それなら丁度良かった。たくさんもらったからさ」
口元に薄っすらと笑みを浮かべたまま、あたしの目の前に紅茶とパンケーキサンドを置いたお兄さんは、どうしてかあたしの横の椅子に腰を下ろした。恋人や家族のような距離感に少しドキドキしてしまう。モテるお兄さんが何の気なしにする行為に慌ててしまうことがこれまた子供っぽくて、あたしはなんて事ないふりをした。
「わ、おいしそう!いただきまーす」
元気良く言い過ぎて、これじゃあ不自然だったかな?、と盗み見たお兄さんはそんなあたしを微笑ましく見つめている。……これは親戚の子供を見る目だ。
あたしがパンケーキサンドを食べ終えた頃、お兄さんは「陸、遅いね」と溜息を吐いた。いつもいつも彼女を待たせる弟に呆れているのだろう。
「どこの友達に会いに行ってるんでしょう?あたしもう帰ろうかな……」
「そうだね、もう暗くなってきちゃうしね。……あ、」
ふふ、と小さな声を出しながら、お兄さんの視線があたしの口元を捉える。それが恥ずかしくって思わず俯いたあたしに「こっち向いて。ほら、クリーム付いてるよ」と、優しい声が降ってきた。
……!恥ずかしい、恥ずかしい!ほんとに小学生みたいじゃん!と、慌てて口元を拭ったあたしに、お兄さんはまた笑みを漏らす。
「違うよ、ここ、」
と、言いながらお兄さんの顔が近づいてきて……えっ……今、な、舐めた?
突然のことに頭が追いつかない。だけど唾液で濡れてひんやりとした肌が、お兄さんの口から覗く赤い舌先が、現実だと教えてくれている。
「美味しいね」
「…………っ、あたし、帰ります!」
「あれ、怒った?俺が舐めたの嫌だった?」
「い、嫌に決まってます!!!」
「そっかぁ、ごめんね。桃子ちゃんがあまりにも可愛いくて、あまりにも可哀想だから、つい」
全く悪びれていない様子で反省の言葉を口にしたお兄さんは、へらりと笑って見せた。
その笑顔になんだか馬鹿にされてる気になって、あたしは悔しくって、彼氏に蔑ろにされた事実も悲しいやら腹立たしいやらで。「かわいそうじゃないです!」と声を荒げて抗議した。
そんな感情剥き出しなあたしを見ても、お兄さんはまだ全然余裕。笑顔を崩さない。
「可哀想だよ〜。だって陸ってば、浮気相手のところに行ってるよ?」
「……?え?」
「あ〜、その顔は信じてないな?でも本当だよ。俺も会ったことあるし。なんなら桃子ちゃんの方が浮気相手だったりしてぇ?」
嘘つかないで!、と怒るとこでしょ?と思うあたしと。やっぱりそうなんだ、と変に冷静になってるあたしが思考を乱す。ぐわんぐわんと目の前が揺れて、あれ、あたしなんでこんな律儀にひたすら陸のこと待ってんだろ……。あたしってほんとに"かわいそう"な奴じゃん。
「酷いよねぇ?陸は本当に酷い。こんな可愛いくて良い子の桃子ちゃん裏切ってさぁ。可哀想、桃子ちゃん、可哀想」
何度も何度もかわいそうだと囁かれて、まるで暗示をかけられているみたい。
あたしかわいそう。大好きな彼氏に裏切られて。今日までの時間も今までの思い出も全部かわいそう。
「ね、俺がこんな可哀想な桃子ちゃんのこと慰めてあげよっか?」
「え?なぐさめる?」
「そうそう、ほら、こんなに泣いちゃって、ほーんと可哀想で、すっごい可愛い」
恍惚とした瞳に蒸気した頬。お兄さんはにっこりと笑みを深くして、あたしにキスをした。
「……んっ、や、だめ、やめてください……」
「んー?なにがやめて?桃子ちゃんの顔、もうトロットロ。もっと慰めて、って言ってる」
ほんと?あたしそんな顔してるのかな?
あー、もう考えるのしんどい。もういっか、だってあたしかわいそうなんだもん。
そんなあたしを慰めてくれる、って、やっぱりお兄さんって良い人だぁ。
「あー、なんでこんなに可愛いんだろ。ほんと可愛い。気持ちいーね、浮気セックス」
「うっ、あっ、あぁっ、きもち、い」
「ねぇ?今ごろ、陸も浮気セックスしてるかなぁ?してるかもねぇ?」
やだやだ、それは言わないで、とあたしが頭を振れば、お兄さんは何より楽しそうに笑って腰の動きを速くした。
彼氏の家のリビングのソファで、彼氏のお兄さんと浮気セックス。AVじゃん……とどこかで冷静なあたしがあざ笑う。
「俺さぁ、可哀想な女の子が大好きでさぁ」
「んっ、あっ、あー、イクっ、いきそ、」
「んー?イッていいよ。で、だから桃子ちゃんがいっつも陸に振り回されてるの見てたの」
「イクっ、イクっ、や、もうやだ、やだ、」
「ね、やだね。何回もイクのしんどいもんね。でね、そんな可哀想な桃子ちゃんとセックスしたいなって」
「んー、っ、くるし、あっ、あん、」
「やっぱ思った通り、泣きながら感じてるの、ほんと可哀想でたまんなく可愛い。あー、俺もいきそ」
「イッてください、イッて、あたしもまたいきそ、」
「でもイク前に一個、教えとかなきゃいけなくて」
「っ、?あっ、なに?」
お兄さんは気持ちいいのがなくならないように、腰の動きは止めずにあたしに囁いた。時折赤い舌先で耳の縁や耳たぶをいじめながら、耳元でゆっくりと丁寧に、あたしを一層苦しめる真実を。嬉しそうに、楽しそうに。
「陸、浮気してないよ。今も友達んとこいってる。陸のこと裏切って兄貴とやっちゃうなんて、桃子ちゃんサイテーだ」
「えっ、あっ、なに?やだやだ、やだ、抜いてっ、あっ、んーっ、」
「ほら、可哀想な陸に謝んなきゃ、ごめんなさいって、浮気セックスしてごめんなさいって」
「やっ、りくぅ、ごめんなさ、うっ、イクっ」
「あー、俺もイク、」
頭が追いつかない。ボーッとしてるのは快感の余韻か、それとも現実逃避か。
茫然自失のあたしをよそに、お兄さんはテキパキと後片付けをしてちゃっかり服まで着直している。
「……ひどい、なんであんなウソ……」
「えー、酷いかな?普通、彼氏が浮気してるからってだけで、その兄貴とセックスしたりしないと思うけど?」
それを言われてしまえばもう何も言い返せない。
どれだけお兄さんを憎もうが責めようが、あたしも同罪。同じ穴の狢。
「……そんな……あたし陸になんて言えば、」
「なんも言わなくていいよ。桃子ちゃんはこれからも、陸には内緒で俺とセックスするんだよ?」
「むりっ、そんなの無理です!だって、そんなの陸が、」
「ね?かわいそうだね?」
惨めで不憫なものを見るお兄さんの瞳には、可哀想なあたしが映っていた。
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