case9.手嶋あゆみの罪〜純粋な好奇心には道徳がない〜

 ワタシが最近知ったこと。




 いち、若さはそれだけで価値があるということ。


 に、誰の頭の中も煩悩まみれだということ。


 さん、憧れていた先輩も結局男だったということ。





 たしか、小学生のときに偉人の名言を調べようって授業をしたんだ。その時ワタシは何を調べたんだっけ?




 初めはただの興味本位。なんとなく知った音声投稿サイトでみんなやってたから。楽しそうだと思ったのだ。試験勉強のストレスでムラムラしてたし。

 自慰行為の音声をスマホで録音して投稿する。そのサイトではそういったものがいくつもあった。もっとすごい人だと、その……セ、……行為中の声とかも投稿してたし。

 恥じらいもあって控えめにしすぎただろうか。視聴者数が全く伸びない。うーん、どうせ投稿するならたくさんの人に聞いてほしい。と、これは承認欲求。

 どうすればたくさんの人に注目してもらえるかな、って考えて。自己紹介欄に"現役女子○生"って書いた。伏字にしたのは、このサイトが建前上は未成年禁止を謳っていたからだ。

 そしたらワタシの狙い通り、視聴者数がグッと増えたのだ。やっぱり女子高生ブランドは伊達じゃない。


 求められたら応えたくなる。一定のファン?と呼んでも差し支えない人もついた頃、その中の一人から『動画投稿はしないの?』とメッセージがきた。

 初めは、絶対やだ、って思った。怖いし。だけど、ちょっと興味もあった。単なる好奇心だ。


 いつだって第一歩が一番難しい。踏み出してしまえばあとは簡単。勝手に足が前へ前へと進んでいくのだ。


 最初は自室のカーテンを背景に撮った。場所バレしないように、細心の注意を払った。バストアップだけを映して、下着の上から柔らかく触るだけだった。

 次にブラを取った。乳首が綺麗って褒めてもらえて最高に興奮した。下も見せてよって言われたから、パンツをチラッと見せた。その中も見たいって言われて、それはダメって言ったけれど、次のお楽しみにね、とも言った。


 楽しかった。こんな大勢の人に求められてるなんて、ワタシってすごい、って自分の価値が高まった気になる。

 もちろん、ここまで、というラインは決めてて、それを越えなければセーフだと思ってた。


 顔を見せてと言われていたけど、それだけは絶対に無理だと断ってた。さすがのワタシでもそれがどれだけ危ないことか分かる。だけど、もっとやらしいことしたい。危ないことしたい。そう思ってるのも本音だった。


 ワタシの一番の強みってなんだろ、って考えたときに、やっぱり女子高生ブランドかな?って思った。一度それで簡単に成功してるもんだから、次も成功する自信があった。

 よくよく考えて、若さなんていずれ確実に失うものが一番の強みってなんなの?、と思うけれど。だけど、いずれ失ってしまうからこそ、持ってるうちに使ってしまいたかったのかもしれない。


『学校でオナニーします』


 なんてパワーワードだろう、と思う。みんなも同じで、過去最高に興奮してくれた。し、閲覧者もすごかった。

 放課後の校内で隠れてする自慰行為は、背徳そのものだった。微かに聞こえる運動部の声がBGMのようで、上靴と廊下が擦れる音がワタシの神経を麻痺させた。今自分がどれぐらいの声を出して、どんな顔をしているのか分からない。ただ一心不乱に快楽だけを求めていた。気持ち良すぎて頭がおかしくなる、なんて、漫画なんかのフィクションの世界だけだと思ってた。





 彼は爽やかで毒気のない笑顔をワタシに見せた。


「手嶋さんって、見かけによらず変態なんだね」


 驚いたよ、とまた笑みを深くした彼に言いたい。それはワタシのセリフだと思う。まさか学年一賢い、次期生徒会長の国見くんの口から"変態"なんて言葉が出るなんて。ワタシが驚いたよ。


「変態?なんのこと?」

「惚けないでよ。これ、この前の。気持ちよさそうだったね」


 国見くんに呼び出されたときは、烏滸がましくも「まさか告白?」だなんて思ってしまったのだ。だけど実際は"脅迫"だ。

 国見くんは、この前のワタシの自慰行為音声がバッチリ録音されたものをチラつかせながら、「欲求不満なら俺に付き合ってよ」と頬を緩めた。すっきりとしている彼の瞼が、綺麗な三日月を描く。キツネみたい、と能天気な言葉が浮かんだ。




 彼ほどの人なら、わざわざワタシに声をかけなくても、彼女の一人や二人すぐにできそうなのに、と思ってた。だって、そっちの方が可愛い子と楽しくエッチできそうじゃん?と。

 だけど実際に体を重ねてみて分かった。このエッチは、本命とはできないな、と。


「手嶋さん、処女だったの?」

「?あ、そうだね。びっくりした?」

「うん。驚いた」


 驚いた、と言った国見くんは、その事実を知ってなお、腰の動きを緩めることはなかった。ただ自分の快楽のためだけにワタシの体を使っている。しているのはエッチだが、これは確実に国見くんの自慰行為だ。

 国見くんのするエッチは、処女のワタシにも異常だと分かった。だって彼は今、女装をしてワタシとしているのだから。

 彼が動くたびに、彼の履くスカートがワタシの肌をくすぐるように刺激する。ピッタリとしたニットは彼の華奢な体にとても似合っている。

 ワタシの髪よりも長いウィッグの揺れを見つめながら、ゾクゾクと駆け上がってくる背徳に溺れた。



 国見くんとは所謂ヤリ友になった。学校では以前と変わらず顔見知り程度の仲だ。だけどワタシは知っている。彼の隠したい部分を。恐らくこの場の中で知っているのはワタシだけだ。

 そして彼も知っている。ワタシの隠していた部分を。彼だけが知って、そして共有しているのだ。



 そんなある日、国見くんがふと「なんかもっと楽しいことしたいな」とこぼした。楽しいこと?彼は今の環境に満足していないのだろうか。もし、彼の性癖をワタシ以上に理解してくれる人が現れたら?……ワタシは一人だ。今さらそんなの耐えられる自信はなかった。なんでもしたい。彼が望むなら。ワタシが捨てられないために。



「手嶋さんって、好きな人いないの?」

「好きな人?憧れてる先輩ならいるけど……」




 先輩を夜の公園に呼び出した。なにも知らない先輩はソワソワと「突然どうした?」と惚けたふりをする。夜の公園に呼び出すなんて、用件はだいたい一つだ。


「先輩、ワタシ……好きなんです、先輩のこと。付き合ってくれませんか?」

「……いや、気持ちは嬉しいんだけど。手嶋のこと、そんなふうに見たことなくて、」


 これでもだめですか?、と先輩に近づいて、先輩の手をワタシの胸へと持っていった。


「付き合えなくてもいいんです……ただ、先輩の好きなときに呼び出して」

「いや……そんなこと、手嶋に悪いよ」


 と言いながら、先輩の手が無意識にワタシの胸を優しく揉む。ワタシの手を先輩の手から離しても、磁石でくっついたように胸から離れない手を見て、思わず笑ってしまった。もちろん心の中でだ。


 

 好きなときに呼び出して、と言っておきながら、最初に先輩のことを呼び出したのはワタシだった。


「せんぱいの好きにして」


 と、抱きつけば、あとは流れに身を任せるだけだ。かたり、と備え付けのクローゼットから音がしたのは、ワタシの気のせいではないだろう。見てる。国見くんが見てる。そう思うだけで、薬をしたみたいに脳みそがドロドロに溶けた。


 先輩と可愛いエッチをした後は国見くんと本性剥き出しのセックスをした。


 先輩が帰った後、ワタシが再び自室へ戻ってくると、クローゼットから出てきた国見くんは最高に興奮していた。

 それは国見くんが履いているミニスカートを押し上げるように勃起しているそれのお陰で、一目瞭然だ。


 ワタシたちは言葉も交わさぬまま一心不乱に唇を合わせた。今日の彼のウィッグはボブカットだ。かわいい。本物の女の子としてるみたい。

 だけどワタシを押し倒す力は紛れもなく男のそれで。そんなことにまた興奮する。


「はぁ、手嶋さん、ほんと最高。もう手嶋さん以上の人には出会えないかも」


 国見くんにそう褒められるだけで、嬉しくてイッてしまいそうになる。




「ねぇ、次はどんなことしようか?」

「俺が実際に見てる前で、先輩とセックスしてよ」

「楽しそう!けど、先輩が勃つかな?」

「あぁー、見られてたら勃たないって人いるもんな。じゃあ、ネットで探そう」

「女子高生に見られながら、女子高生とセックスしませんか?って?いいね!すぐに人決まりそう」

「募集殺到してやばいことになりそうだけどな!」


 動画投稿はもうしていない。それよりも夢中になれることを見つけたから。

 だけど国見くんが、して、と言えば、再びするだろう。




 あ、そうだ。思い出した。小学生のときに授業でやった偉人の名言。ワタシは『好奇心』の名言を調べたんだ。


 どれよりもワタシの心に刺さったのは、三島由紀夫の『仮面の告白』の一節だ。


 "好奇心には道徳がないのである。もしかするとそれは人間のもちうるもっとも不徳な欲望かもしれない。"


 ワタシはワタシの好奇心に殺される。

 

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