第73話 髪飾り(1)



拙作を読み進めていただき、有難うございます。

《第72話》リリアナを見送るリュシアンのくだり

加筆と修正をいたしました。


リュシアンの『娘』について、ご理解をいただけましたら幸いです。

(尚、今後ジャクリーンが登場する予定はありません)



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「忌み子だなんて。ろくな生き方をしてこなかったんじゃないかしら?」


黙りこんでいた口を唐突に開き、イレーヌ王女が最初に発した言葉だった。

私は王女のすぐあとに続くようにして、雪肌の上をゆっくりと歩いている。


私たちふたりの後ろには——会話が聞こえない程度の距離を保って——二人の騎士が二頭の馬とともに、白い雪を煤黒く汚すように足跡を付けていた。


「親に与えられた、姿のお陰で。それでもあなたの場合、伯爵家に生まれたのはせめてもの救いだったわね。もしも生まれ落ちたのが平民の家なら、もうとっくに王都を追いだされていたわよ。そうならないよう、あなたの存在を守ってくれたご両親に感謝をすることね」


——両親に、感謝。


「わたくしも……いつも全力でわたくしの身を守ってくださる父には、とても感謝をしているのよ。もう口も聞いてはくれないけれど」


もちろん感謝はしている、亡くなったお母様には特に。


けれどお父様は……。

背中のあざが疼いて、私は自分の両腕をそっと抱きしめた。


「セルビア国王妃のわたくしが、何故モリスの離宮に留まっているのか。その理由を知りたい?」


「……ぇ」

「わたくしも、あなたと同じ——の、犠牲になったの」


刹那、イレーヌ王女の瞳にかなしみの色を見た気がした。


「あなたにだって、覚えがあるはずよ? 自ら望まずに持って生まれた『負の性質』は、子供にはどうしようもないものよ? それによって、憐れな子供は、他人に蔑まれたり、大切なものを失ったりする——わたくしたちのように」


——わたくしたちのように。


私は忌み子として、他人どころか親兄弟からも蔑まれ続けてきた。

こんなにも美しく、聡明だと言われるイレーヌ王女に、人から蔑まれるような『負の性質』があるようには見えないが……。


「わたくしの場合、だけじゃないけれど!」


王女の瞳から悲哀の色は消えていて、代わりに諦めにも似た、気だるげな表情を浮かべている。


「夫は亡くなりましたの。子供もいませんし、王妃の椅子は世継ぎを三人も産んだ夫のめかけに持っていかれましたわ。なので邪魔者のわたくしは隠居の身、ここでのんびり過ごしておりますのよ。どう? 気楽なものでしょう」


気楽なものと聞いて、言葉が出ない。

イレーヌ王女は本当に……そんなふうに思っているのだろうか?


一人きりで他国に嫁ぎ、唯一の頼りである夫の国王が亡くなって。妾に王妃の立場を奪われて——王宮を追い出されたようなものではないか。


ましてや王女の言う、持って生まれた『負の要素』があるとすれば尚更……周囲に味方もおらず、この離宮で心細い想いを重ねているのではなかろうか。


自分のせいじゃないのに。

こんな性質なんか、望んで生まれたわけじゃないのに。

人の噂にすさむ心、愛されない悲しみ、寂しさ、虚しさ。


状況は違っているかもしれないけれど、私にもわかるような気がします。


だけど私には、小さい頃からピアノがあった。

辛い時や寂しい時には、ピアノを弾けば心が落ち着いた。

ピアノに支えてもらっていた。


それに——優しいお母様がいた。エブリーヌ先生も。


私は恵まれている。

公爵のそばにいられる今だって、とてもとても幸せだ。


でも……イレーヌ王女は?

居場所を奪われ、離宮にひとりで身を置いて。


誰かに愛されているのだろうか?

大切にされているだろうか?

心から気にかけてくれる人は?

優しい言葉をかけてくれる人は、いるのだろうか……。



——強がっていても、本当は寂しいのですよね?



「ちょっと、何を泣いてるの!?」


困った。

ハンカチくらい持って来ればよかった。

こらえても溢れてくる涙を両手で拭う。イレーヌ王女の前で泣くなんて! 失礼だと思われて、不敬に問われてしまうかも……。


リュシアンの心配も間違ってはいない。

と言うか、本当に何か失礼をしでかさないうちに、早く帰りたい……!


「あなたまさか……わたくしの事を、だとでも?」


広げた扇子で口元を隠し、飴色のを細めて、王女はつぶやくように言う。





《続・髪飾り(2)》

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