第60話 そこにある真実(2)


(続ー1)



「はい……屋敷の家令たちの間で囁かれていましたから」

「そうか、それは参ったな。良い言われ方をされていなかったろう? あの日の私を君に見られたら、嫌われてしまいそうだ」


瞳のかげりは消え、冗談めかして穏やかに笑っているけれど、家令たちが口を揃えて『狼公爵は今にも剣を引き抜くかと思うほどの激昂を背負っていた』とまで言うからには、お父様との間で尋常でないがあったはずだ。


「先代のランカスター公爵様と私の父ケグルルット伯爵は、時々お酒を酌み交わすほど懇意の仲でした。なのにあの日、伯爵は親友の御子息、ディートフリート様をそれほどに怒らせてしまうような事をしたのですか? 伯爵との間に、何が……」


「今の君だから、話そうか」


ピアノの長椅子の私の隣に公爵が腰をかける。

そして、ちょっとよ、と前置いた。


「父は裏切りを受けたのだ、ケグルルット伯爵に。国王の命を受けて父の暗殺を首謀したのがケグルルットだ。リュシアンとともに掴んだその事実を、あの日ケグルルットに突きつけてやった。国王からの命には逆らえなかったと、下手な言い訳をしてでも父の墓前に頭を下げて欲しかった。だが奴は素知らぬ顔をして、父を愚かだと言い捨てた。簡単に人を信用する父は……愚かだと」


「……」

往年の友人でさえも私利私欲のために平然と裏切る。いかにもあのお父様——ケグルルット伯爵の所業だと切に思う。

それにしても暗殺の首謀だなんて……! まがいなりにも父親だ。私と血が繋がったあのひとは、とうとうそこまで堕ちたのか。


「父の不遇の死で母は精神を病み、妹を道づれにして命を絶った。何も知らされずに私が戦場で、国王のために剣をかざしていた時にだ。そして——」


公爵が言葉を詰まらせる。私が覗き込むと、ふ、と息をついた。


「家族三人の、死の理由——父の暗殺の起因を作ったのは、この私なんだ」


冗談にもならない話だろう?

自嘲するように片方の手のひらで顔を覆い、公爵は薄く微笑わらった。


「私が国王寵愛の王女との縁組を棒に振ったことで、王女の面子メンツを潰した私を国王は戦場に送り込んだ。すぐに死ぬと思っていたのが三度の激戦にもかかわらず生き続けたものだから、国王の苛立ちは私の父であるランカスター家の家督に向けられてしまったんだ」


「そんなことって……」


「これは戦場で多くの命を殺めた報いだと己を戒めることで、どうにか正気を保つことができた。この命を自ら絶とうと言う想いに、幾度駆られたか知れない。だが私が自ら家督を断ったところで、父や母の無念が晴れるわけではないからね。あぁ……すっかり意気込んで、長い話をした。溜め込んだものを吐き出したら、スッキリしたよ!」


茫然と見上げる私の隣で、公爵はン——と両腕を宙に伸ばす。


「……あの……どんな言葉をおかけすればいいのか、わからなくて。でも……ケグルルット伯爵のこと……本当に、ごめんなさい」

「君が謝ることではないよ。あぁゴメン! 君の演奏を聴くはずが変な方向に行ってしまったね。今のは全部忘れていいよ」


忘れられるはずがない。


「あなたがあの屋敷で、伯爵にそんな思いをさせられている時に……私は何も知らず、悠長にピアノを弾いていたのですね……」


「リリアナ———」


警戒するような、緊張をはらんだ低い声。

なぜ公爵が急変したのかわからないまま、私は小さく首をかしげる。


「?」

「あの日……私が伯爵の屋敷に出向いた日、ピアノを弾いていたのは君か?」


「ぇ……、ぁ、はい」


「メイドはエレノアだと言ったが」

「妹は外出していましたから」


「それは、確かか……?! あの日に聴いた音は——リリアナ、君が——」


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