第57話 その先に起こること(2)



(続ー1)



編みぐるみを愛おしげに見つめる私の目の前に、ぱさりと置かれたもの——。

乳白色の羽織りは灯りの下でほのかな光沢を放ち、手に取ればするりと滑らかに落ちる。羽織の下から、繊細なレースがふんだんに使われた藤色の薄い夜着が現れた。


「リリアナ様は無自覚が過ぎるのです。純粋無垢で無邪気なのはリリアナ様の魅力ですが、旦那様のお相手としての『自覚』もそろそろ必要ですよ?さぁ、いつ旦那様がお見えになるかわかりません。お支度を急ぎましょう!」


無理からに席を立たされ、衣裳部屋に連れて行かれれば、ユリスが用意した『特選お泊まりセット』なるものに着替えさせられた。



——レースのせいで、胸元の風通しが良すぎるのですが?!



『人質』から『婚約者』の扱いになって、公爵が積極的で——。

ユリスは無自覚だと言うけれど、私だってこれでもいっぱしの大人だから、宵の時間に男性が部屋を訪ねてくることの意味だってわかるのよ?


だけどあれほど照れ屋の公爵だもの。

まさか、に進むことなんて——。


「ユリス、キャミソールだなんて、困るわ……だって私には……」


カーテンの外で待つユリスに見えないよう気遣いながら、姿見すがたみ越しに見遣れば——剥き出しの肩と背中にあるあざが見事に露出している。



『公爵にさらすわけにはいきません』



リュシアンが言ったことは間違っていない。もしも“そういうこと“になれば、公爵にこの身体を見られてしまうのだ。

ユリスには着替える様子を見せた事がないものだから、痣のことを知らずに気遣ってくれたのね。その気持ちを、無碍むげにはしたくない……。


「私には、ちょっと……すぎやしないかしら」


咄嗟とっさに誤魔化していた。痣のことをユリスに打ち明ける勇気はまだ持てない。


「宵の女は大胆なくらいがちょうど良いのです、これでも保守的なほどです」


(このレベルで?!)


「そ、そんなものなの……」

「就寝前ですもの。旦那様だって、ナイトガウンやバスローブで来られるのでは?」


「ナイトガウン……バス、ローブ」


胸元がはだけたバスローブを羽織り、濡れ髪を無造作に掻き上げる公爵の姿が容易に想像できてしまって頬が火を吹いた。



——…その先にある、公爵とふたりで過ごす時間なんて……いったいどうなるの?!



それにこんなに開け透けな夜着を身に付けたまま公爵に会うなんて。もうただそれだけで恥ずかしい!


「ユリス、私っっ、心臓が持たない……」

「なにもご心配をなさらずに。リリアナ様は、旦那様に身も心もゆだねていれば良いのです」


さすがはユリス、な年上女性の貫禄。



でもっ……“そんなこと“になれば、私の心臓、本当に壊れちゃいます!



「リリアナ様、ファイトですよ!」

いつもの謎の応援を残して勇み足のユリスが退室してしまえば、静けさが部屋全体の空気を支配する。

ひどく手持ち無沙汰で……着慣れないものを身につけているせいなのか、この先に起こる事の予測がつかないからなのか……ふわふわして落ち着かない。


羽織りの腰紐をぎゅっと締め直していれば、



———トン、トン



控えめに扉を叩く二度の音のあとに、鼓膜をくすぐる甘い声。


「リリアナ、遅くなってすまない。まだ起きているか?」


私は——気を抜けばスルリとすぐにはだけてしまう、薄い羽織りの胸元をもう一度両手で掻き抱き、居住まいを正した。



「……はい……起きています。ディートフリート様……っ」




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