第50話 亡きエリアルの思い出
「…——リリアナ様、平気ですか?」
ノアおばあさまの声で我に返る。
私ったら、ぼうっとして。
「平気ですっ、ごめんなさい!お料理が冷めちゃいますね……」
「リリアナ。もう全て済んだ事だ、君が気にする事じゃない。食事を続けよう」
動揺してるの、気付かれちゃいました。
「は……い」
ツ、とナイフとフォークを構えるも。
——ウサギ、なんですよね?
“じびえ“というのは、地場に息づく鳥や獣を猟で仕留め、人間が食材としていただくものだそう。
雪山で熊などを狩る猟師はマタギと呼ばれ、肉や内蔵をはじめ毛皮や骨までを無駄にせず、敬意を持って使い切る。
ノアおじいさまからそんなお話を聞いて、『命をいただく』というのは本来そういう事なのだと納得した。
「どうかご無理なさらずに。お苦手でしたら、ラムも用意しておりますから」
——ウサギも羊も、私にとっては同じですがっ。
牛肉や鶏肉は食べるのに、羊やウサギはダメだとか……おかしいですね。
生き物の命をいただくのに、選り好みしてはいけないような気がした。
「いいえ、いただきます」
ノアおばあさまの料理の腕前がすばらしいのもあって、食べてみればメインはもちろん、どの料理もとても美味しいのだった。
昼食のあと、「地元の事業主を訪ねる」と言う公爵を待つあいだ、暖かな暖炉を囲んでミントティーが出された。
ノアおばあさまお手製のクッションが背中に心地良く、薪の上でパチパチと踊る炎を眺めていると眠くなってしまいそう!
「……お膝掛けをどうぞ」
ノアおばあさまが藤色の毛糸で編まれたブランケットを掛けてくれる。
「これも、おばあさまのお手製ですか?」
「ええ。もう何十年も前にこしらえた古いものですが。以前、先代のランカスター公爵様がご家族……と言っても、あれはもう坊っちゃまが出征なさった後でしたが……こちらに寄られたときは、エリアルお嬢様のお膝元をあたためておりましたよ」
「エリアル、お嬢様?」
「小さな手を……今、リリアナ様がなさっているように、膝掛けの下に仕舞って。『あったかーい!』って。それはもう無邪気で愛らしくて。まだあんなにお小さい方でしたのに……亡くなったとお聞きした時はもう、私たちもショックで……」
公爵の、妹さん。
ピアノの上にあった絵姿の中で公爵に肩を抱かれていたのは、きっとその子だ。
—— 亡くなった私の母と妹が大切にしていた菜園でね。
ハーブを植えて叱られたとき、公爵がそう言っていた。
「公爵夫人とお嬢様は……どうして亡くなられたのですか?流行病、とか……??」
私の質問にノアおばあさまが目を丸くする。
そうか!
公爵の『婚約者』だと名乗る私が公爵の家族のことをよく知らないのも、おかしいですよね?!
「あ……そのっ。ディートフリート様は、あまりご自身のことをお話にならないので。ご家族のことも……っ」
おばあさまが、余計なことしたといわんばかりに指先で口元を押さえている。
「——そうでしたか。なにぶん複雑なご事情がおありですから、大切なリリアナ様だからこそ、お話になるのを躊躇われたのかも知れませんね」
「大切な……」
いいえ、違うんです。
公爵にとって私は部外者だから、話す必要がないだけなんです。
『複雑なご事情』があるなら……尚更ですよね。
「先代の公爵様のご訃報は、ケグルルットの屋敷にいた時に聞いておりました。ケグルルット伯爵家とランカスター公爵家は古くから懇意の仲で、生前の公爵様とお父様は互いの屋敷を行き来して、よくお酒を酌み交わしていましたから」
一度だけ、公爵家を継いだディートフリート様が——ケグルルット伯爵(お父様)を訪ねて屋敷に来た事があった。
家令たちがコソコソと、訝しげな顔をしながら話していた——『
「烏滸がましいことですが……。お小さい頃から良く知っていて、私たちふたりにとっては孫のようなものです。ディートフリート坊っちゃまには、ご家族様のぶんもお幸せになって頂きたいですからね。この
ノアおばあさまの瞳がどこか潤んで見えるのは、揺れる炎のせいかしら。
そこにマグカップを持ってやってきたシモンおじいさまが、肘掛け椅子に腰を下ろしながら「うむ?」とこちらを見遣った。
「年寄りはどうも、涙もろくなっていかんな……ノアや。ほら、ホットチョコレートだよ」
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