第47話 *ディートフリート視点*



…——困っている。



意味もなく君を目で追ってしまう自分に。

視線が合えば心が揺らいで、平静を装おうとするせいで不機嫌な顔をしてしまう自分に。


馬車での出来事は想定外だった。


正面に人を乗せたことなど無かったから、考えが及ばなかったんだ。

事故のようなものとはいえ、君を……胸に抱いたなんて。

さすがに動揺がおもてに出て、自分でもそれがわかるから……書類で顔を隠すなど子供じみた行動に出てしまった。


君は変に思ったろうか。きっと可笑しな男だと思っただろう。

リリアナを胸に抱いた。

ただそれだけの事なのに、面食らってしまった自分を恥じらって誤魔化そうとすればするほど、本来の自分じゃ居られなくなってしまうんだ。


これ以上、君を正面に置いておけないと思った。

もう一度同じことが起これば、君をそのまま抱きしめてしまいそうで。

そして「もう少しこのままでいて欲しい」と、願ってしまいそうで。


隣に君が座ると、今度は別のところで動揺した。


二人乗りの馬車というのはこんなに狭かったろうか!

コクリコクリと船を漕ぎ始めた君を、私に身を委ねる君を、どれほどと思ったか……君が知ることはないだろう。

額を委ねられればまた動揺して、その動揺を恥じる気持ちと、「好き」なのだから仕方がないと妙に納得している自分がいたんだ。


そうなんだ、

…——


もっとわかりやすく言えば「可愛い」ということ。


時々遠慮がちに見せる笑顔が、表情が。

君の小さな仕草が、いちいち愛らしい。


それに桜色、あれは本当に良く似合っている。

モリスに発つ前に書庫室で会ったとき、私が選んだ桜色のコートと同じ色の服を君が着ていたのが嬉しかった。

以前、私が「その色が似合う」と言ったのを覚えていてくれたのだろうか……なんて、身勝手な期待をしてしまう。


その所為せいで彼女の額を私の胸に寄せた。

「愛らしいな」

「似合っている」

意気地なしの私は躊躇ためらってしまう。

戦場で前に出る事を誰よりも躊躇ためらわなかった私がだ。




「——初めまして、リリアナと申します」

隣に立った君がうつむいているのは気付いている。


半ば強引に馬車の外に連れ出した。

君が抱える鬱屈の事を、私なりに理解はしているんだ。

リュシアンが(頼んでもいないのに)詳細に調べ上げた君のには、ざっと目を通していたから。


鬱屈があるからこそ、顔を上げて欲しい。

君は、君にしかない魅力を知って、鬱屈を克服して欲しい。

もしも君を傷つける輩が現れたら、

私が全力で君を守る。


リリアナ。

これは言葉遊びでも、揶揄からかいでもなければ冗談でもない。

私の本音なんだ。


いつか本当に君を、そんなふうに呼べたら———。

「愛らしい妻だろう」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る