第46話 ちゃんと見えていますか





粉雪が降るこの小さな町の——町と呼ぶより村に近い——入り口はこじんまりとしているが、ほんのり雪化粧をした石造りの外壁はおもむきがあり、町の中に続く一本道の所々に小さな家々が並んでいた。それぞれの家の軒下には花壇が作られ、寒さに強いマリンカの白い花が揺れている。


「——紹介しよう。彼女が先ほど話したリリアナ・ケググット伯爵令嬢だ」

「あら、こちらが坊っちゃまの?」


私は彼らの腰の辺りで視線を泳がせていた。できる事ならすっぽりとフードを被り、頭ごと隠してしまいたかった。


「リリアナ。彼らは古い友人でシモンとノア。モリスへ向かう道中にはいつもこの町に立ち寄って、彼らに食事を振舞ってもらっている。この町の町長夫妻だが、私たちの訪問を聞いて出迎えてくれたそうだ」


——では公爵が『名シェフ』と言っていたのは、お二人のうちのどちらかという事かしら?


「初めまして……リリアナでございます」


丁寧に挨拶をしたあとも、町長夫妻の顔色を見るのが怖くて目線を上げることができない。

人は嫌いな人間を前にすれば、瞳孔が縮まり冷たい印象になるそうだ。どんなに取り繕っても相手の目を見れば感じ取ってしまう。


「ご立派になられた坊ちゃまがお訪ねくださったと思ったら。こんなに愛らしい奥様までお連れいただいて。良い冥土のみやげが出来ましたわ」


——奥様……?


驚いて顔を上げれば、老齢のご夫婦がニコニコと穏やかで優しい笑顔を向けている。忌み子の私を見ても、驚いていないようです——…。

真っ白な長い髭を湛えた人の良さそうなシモンが、


「いや奥様ではないよ?まだ婚約者様だよ、ノア」


心の中で訴える、違いますっ。私、奥様でも婚約者でもありません。


「でも、もうすぐ奥様になるでしょう?どちらでも同じですよ」

「ふむ。そうじゃな、同じじゃな!」


お二人の“同じ“の基準がわかりませんっ。

ディートフリート様、否定しなくていいのですか!?


「愛らしい妻だろう?」


否定するどころか高度すぎる言って微笑んでいる。


「お似合いのお二人ですこと」


あの、ちゃんと見えてますか!


「リリアナはケグルルット家の箱入り娘なんだ。だから色々と見せてやりたい。私も久方ぶりだから、シモン、案内を頼めるか?」


否定もしなければ、私を箱入り娘だなんて。あってますけど……。(世間知らずはその通りです)


公爵の顔を何度も見上げるのだけど、機嫌が良さそうにご夫婦と会話を続けるばかりで、私と目を合わせようとしない。

公爵の奇行もですが、おとしを召した町長夫妻は私を見て驚くどころか……まるで孫でも見るような、とても優しい眼差しなんです。

ご年配の方であるほど、忌み子のことを良くご存知だと思うのですが……。


「では行こうか」


ようやく目を合わせてくれた公爵が、私の耳元に言葉を寄せる。


「……私と君の関係性が複雑で説明が面倒だから、旅のあいだ、君は私の婚約者だ」



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