第44話 照れている?


慌てて身体を起こし、自分の席に逃げ込んだ。

はぁぁ……ビックリした!!


呼吸を整えて顔を上げれば、公爵が何事もなかったような涼しい顔をして、床に散らばった書類を拾い上げている。


「ほっ、本当にすみません……」


私も近くにあった一枚を拾って手渡せば「ありがとう」と言って受け取る。バラバラになってしまった書類を膝の上でトントン整えて、そのまま自分の顔の前に持って行った。


「ん……? ディートフリート様??」


片手に持った書類で顔を隠したまま動かないので、心配になってしまう。


「平気ですか?」



——ややあって。


コホン! と小さく咳払いをしたあと、ようやく顔を見せた。


心なしか頬が赤く見える。

——公爵が、照れている?!


私を相手にまさか。

きっとお顔が赤くなるほど、私、重かったのですね。。。


「……この先も揺れるから隣においで。そっち側は危ない」


公爵は長い睫毛を伏せたまま書類を見つめている。

もうこれ以上は断れないみたいです。


お隣は、避けたかったのですけど……。


「わかりました」


おもむろに腰を上げて座れば、公爵の肩と私の頭がくっつくほどに近い。

というか、半分ほど重なっているのですが?!


「思ったよりも狭いな……」


この馬車は二人乗りですもの、当然ですっ。

横に並べば狭いって、ご自分の肩幅の広さをわかってなかったのですか??


「…———っ」

「そう無理をせずに力を抜けばいい、モリスまで持たないぞ」


とにかく前屈みになろうとする私を気遣ってくれている、だけどっっ。


「力を抜けばディートフリート様にもたれかかってしまいます!」

「狭いのだから気にしなくていい」

「でもっ……。私のアタマ、中身はあんまり入ってないですけど重いですよ?!」


「いいから」


グイッと頭を寄せられた。

公爵の手はすぐに離れたけれど——これではドキドキが止まらなくて、心臓が持ちませんっっっ!


馬車に揺られる道中が、こんなに大変だとは思いませんでした……。







二時間ほど馬車に揺られ続けた私たちは、モリスに向かう道中の小さな町に入っていく。


———あふぁ?!よく寝たわ。

緊張しすぎて疲れたし、馬車の揺れって眠気を誘うのね。むにゃむにゃ。


って、——……寝てる場合じゃなかったーーー!!


馬車の揺れが止まり、外の喧騒が窓ガラス越しに伝わった。


「リリアナ」


指先で頬をくすぐられ、目を開ければ自我が崩壊しそうになった。額に吐息がかかるほどの距離で「起きて」と囁かれたのだから。


ばっと身体を離せば、隣でまた何事もなかったように——…ふ、と息を吐きながら額に落ちた髪を掻き上げている。


「あ……の」


顔を向けてきた公爵が「よく眠っていた。よほど疲れていたのだな」と、目を細めて穏やかに微笑んだ。


緊張していたはずなのに寝てしまうなんて! 寝顔を見られたのも恥ずかしい……。

それに重い頭をずっと公爵の肩に預けていたのだから、きっと肩が凝りましたよね?

さっきの「ふ」は、お疲れの「ふ」ですよね??


……あとできちんと謝らなくては。はぁぁっ。。


「昼食を摂って少し休んで行こう。小さな町だが、ジビエ料理のがいる。リリアナは起きたばかりだが、外に出られるか?」


お店で食事だなんて。

お母様の生前、連れて行ってもらったきりだ。



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