第41話 あぁ…




ふあぁぁぁ〜〜〜っ


よく眠れたからか、大きなアクビが出てしまった。

窓辺から差し込む朝日が眩しい。時計を見れば……


「やだ、寝過ごしちゃった!」


急いでベッドから足を下ろす——カタンと音がして、白い箱が転がった。慌てて拾い、そっと胸に抱く。

昨日は琥珀菓子の箱を抱えたまま眠ってしまったようだ。大切なこの箱を落とすなんて!


それにしてもおかしい。

いつもならとっくにユリスが朝食を運び入れているはずだ。それに今日はモリスの湖畔に出発する日!


かすかに馬のいななきが聴こえ、窓の下を見遣れば一輌の馬車がロータリーを発つところだった。客人だろうか。だけど見送りの家令はひとりもいない。


「こんな早朝に……?」


ノックの音がして「リリアナ様、お待たせをして申し訳ございません!」少し慌てた様子のユリスが朝食の乗ったトレイを運んできた。


「おはようユリス。あなたが遅れるなんて珍しいわね、何かあったの?さっき馬車が出て行ったようだけれど、誰が来ていたの」

「さ、さぁ……どなたでしょう」


ん——?!

ユリスが何だかおかしいのだけど。


「あなたの遅刻に何か関係があるの?」

「いいえ!! ございません」


あきらかに落ち着きを失っているし、頬を紅く火照らせている。

……ますます怪しい、わかりやすいのよユリスは。(私もわかりやすいですけれど……)


「そんな事よりも! リリアナ様こそまだ夜着のままではありませんか?! 昼までにはモリスへ出発するのです。私もお手伝いしますから、お支度をいたしましょう」


何だか上手くごまかされた感じだけれど、まぁ良いわ、お客様なんて私には関係ないのだし。


「ひとりで平気よ」

「今日から旦那様との『特別な休日』が始まるのですよ?! このユリスが手塩にかけてお仕上げいたしますから」


大袈裟ね……。

公爵と一緒に出かけるからって、何もそんなに張り切らなくても。

とは言え、久しぶりに城の外に出られるのだと思えば心が躍った。


しかも湖畔の別荘とな! きっとこれまでの人生で見たこともない、素敵なところに違いない。


——公爵に褒めてもらったあのワンピースを着て行こう。与えていただいたお衣装はほとんど白だけれど、は淡い桜色で……こんな私でも『似合っている』とおっしゃってくださったから。





持ち物は昨日のうちにすべて鞄に詰めてある、着替えと髪結いが済めば出発までの時間を持て余した。


そうだ、本を持って行こう……!

美しいと聞くモリスの湖畔で好きな本が読めたら、こんな素敵なことはないもの。(公爵も……湖畔で本を読まれたりするのかしら?)


ふたりで穏やかに過ごす様子を胸に描けば、つい頬が緩んでしまう。書庫室に向かうため、廊下に出てみれば——…


しんと静まりかえり、この時間は花を生けたり掃除をしたりしているメイドが一人も見当たらない。


「しばらく公爵も不在だし、皆んな休暇でももらったのかしら?」


そうかと思えば少し離れたところに数人のメイドがいて、何やら皆ではしゃいでいるようにも見える。


「——よ! あっちに行かれたわ、書庫室のほう!!」


皆んなで何をしているの?

気になって後ろをこっそり追いかける、ちょうど私の行きたい場所——書庫室の扉のそばには、十人ほどのメイドの人だかりが出来ていた。


皆が息をひそめて——静かに書庫室の中の様子を伺っている。

私も彼女たちの後ろに立ち、すぐ前にいた人の後頭部に声をかけてみた。


「ねぇ、何を見ているの?」


振り返ったメイドはロゼッタ。ハーブ園でも時々私を手伝ってくれる気立ての良い子だ。


——…ヒィッ!!!


私の顔を見た途端、まるで恐ろしいものにでも出くわしたような声をあげる。


「り、リリアナ様っっっ」


叫ぼうとする口を自ら塞いで私を凝視するも、ロゼッタの声を聞いた他のメイドたちが一斉にこちらを振り返り、皆がそろって豆鉄砲を喰らったような顔をした。


そしてザザッと私に道を開けてくれる。

忘れそうだけど私、書庫室に用があるのでした。


「あら……有難う。でも皆んなでどうしたの?こんなところに群がって。いったい何を見ていたの」


私の問いかけにメイドたちは所在なげに顔を見合わせる。


「だ……旦那様が、」

「書庫室に、ディートフリート様がおられるの?」


ロゼッタが前に出て頭を下げた。


「申し訳ございませんリリアナ様……! 私たち、ので」


失礼いたします! と全員が次々と頭を下げながら、そそくさと場を去ってしまった。


「まだ見ていない……」


……って、どういうこと?! だって公爵でしょう??


疑問に思いながらも、いつもと同じように開け放たれた書庫室の扉を抜ける。メイドたちの言葉通りなら公爵がどこかにいるはずだ。


ふっと、背中にその気配がして。


「リリアナ、君も本を取りに来たのか」


もうすっかり聴き馴染んだ声が耳に届いた。いつも優しく私の心を包んでくれる——…あぁ……この声がとても好き!


ユリスがゆわえてくれた、髪を揺らして振り返る。


「ディートフリート様っ」


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