第40話 そのお髭、なんとかしてくださいっ



ティーカップを手にした公爵が私に顔を向ける。

膝に腕を立てているので、お顔がとても近い!


「ディートフリート様は素敵です。ほがらかでとても優しい方です。皆さんにわかってもらうためにも、まずはお髭と髪を整えてみませんか?」


そうすれば堂々と街を歩けるだろうし、社交会だって開けるようになるかも知れない。


「男性はも大事です。街を歩いても、もう『狼公爵』だなんて呼ばれないように、まずは髪とお髭を整えて……あっ、の事なら、そんなにお気になさらなくても!見た目がどうこうよりも、その人のだと思いますしっ」


たたみかける私の言葉を、公爵はぽかんとしながら聞いている。


「顔、立ち……」

「はいっ!ディートフリート様はご自分のお顔立ちに自信がなくて、髪とお髭で隠しているのでしょう?」


グフッッ!!

豪快に咳込んだ公爵は、飲みかけた紅茶を噴き出しかけた。


「へ……私、何かおかしな事を言ったでしょうか?」


公爵はナプキンで口元を拭きながら「すまない」と謝るも、ふんふん笑って。

小さく「君という人は」とつぶやいて、そのあとも唇に拳をあてながら目を閉じて。込み上げる何かをこらえているようだ。


私はただ目を丸くするしかない。


「ああ……そうだな、人は見かけが重要ではないと思う、君の言う通りだ。私の面立ちの事を心配してくれたのなら、礼を言うよ」


言葉を紡ぎながらも、まだクツクツと喉の奥を鳴らしている。


「そ、そんなに笑うところでしょうか……」

「人は見かけでないが、男は清潔感だと言ったな。リリアナ……君はこの私を見て、清潔感があると思えるか?」


公爵は、伸びきった髪の奥の瞳をじっと私に向けた。


「しょ、正直に申し上げても、良いのでしょうか……?」

「ああ勿論だ。正直に、ハッキリ言ってくれ」


「では、ハッキリ申し上げればっ。ディートフリート様の髪は伸び過ぎています。整ったお髭はきれいですが、ただの無精は汚らしいです。清潔感どころか、不潔にすら見えます!」


いくらなんでも、ちょっと言いすぎちゃったかな?私の言葉で、もしも公爵を傷つけていたら。。。



ややあって———。


「……汚ならしいとは、参ったな」


公爵は伸びた無精髭をざらりと撫でた。


「リリアナにそこまで言われては、何とかしなければならないな?」


「は、——はい!」


なんとかしようと思ってくださって、良かった。

是非、なんとかしてくださいっ。


「安心してください、私、ディートフリート様が、驚きませんから……!」







『誰にも好かれない、存在自体が忌み嫌われる私とは違います』


お茶の時間を過ごしたあと、一人きりになった執務室で。

公爵が想いを巡らせていたのを、部屋で琥珀菓子をうっとり眺める私は知るよしもない。


「——私が君を、『好きだ』と言ってもか?」


額に手のひらを当ててうなだれる公爵は、呆れたように自嘲する。


「確かにこの風貌は、愛を語れるものではないな」


家族を亡くした悲しみに溺れ、戦場から戻った自室の窓辺にはいつも、『ウルフ公爵』と呼ばれる白椿城の当主、ランカスター公爵の姿があった。


公爵は窓際に立ち、ガラス越しに映る顔を気怠げに見つめ、問いかける。


「なぁ、ディートフリート——そろそろ戻るか、に」



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